17.二人で回す喫茶店
「あ、いらっしゃいませー」
白石さんの撮影会は、開店したばかりのお店にやってきたお客様のせいで強制終了となった。
白石さんは、俺達がボーっとしている中、いの一番に接客に走っていた。
「二名様ですか? かしこまりました。こちらへどうぞ」
白石さんは笑顔でお客を空いている席へ誘導する。
「ご注文が決まった頃にまた伺います」
そして、お客に会釈をして、俺達の方へ戻ってきた。
「白石さん、なんだか接客に慣れてない?」
真っ先に浮かんだ疑問を、お客に聞こえる声で、俺は尋ねた。
「あはは。昨日、ちゃんと予習しておきました」
「おー」
俺と父さんは拍手した。
「ボランティアなのに予習だなんて、偉い子だねぇ、白石さんは」
「そうだろうそうだろう。俺の自慢の恋人さ」
俺は得意げに胸を張った。
「君は不愛想だから、度々お客さんと揉めているもんね」
「いやいや、俺から苦言を呈すことはないんだよ? ただ、向こうから一方的に怒鳴り散らしてくるんだ。恐ろしい限りだよ、まったく」
「……くすっ」
白石さんは微笑んだ。
「なんだか槇原君、いつもよりもフランクですね」
白石さんの発言に、俺は首を傾げた。自覚はなかった。
「お義父さんと、とても仲良しなんですね」
俺は少しだけ、今日、白石さんを喫茶店の手伝いに呼んだことを後悔し始めていた。
父さんとの関係を恋人に見せるのは、少しだけ恥ずかしい。
まあ、所謂反抗期というやつだ。
「じ、じゃあ、混むまでは白石さんに接客を任せても大丈夫?」
「はい。任せてくださいっ!」
「俺は注文された商品を作ってるから」
「……あれ、槇原君が作るんですか?」
「そうだよ。基本的には」
白石さんの視線が、父に注がれた。
「あはは。この子の方が、コーヒーを淹れるのが上手なんだ」
だから、ウチの喫茶店は俺が休みとなる土日以外は閑古鳥が鳴いている。
「じゃあ父さん、あっちで日経平均株価を追っているから」
「うん。任せた」
白石さんはしばらく呆気に取られた様子だった。
「白石さん、お客様が注文された飲み物教えてくれる?」
「……はっ」
白石さんは意識を取り戻したようだ。
用紙にメモしたドリンクを、読み上げた。
「はい。すぐ作るね」
「……あのあの、槇原君」
「何?」
てきぱき手を動かしながら、俺は尋ねた。
「こうして二人で喫茶店を回すのって……なんというんでしょう。すごくエモいです」
「白石さんもエモいとか言うんだねー」
淹れ終わったコーヒーを、俺はカウンターに置いた。
「じゃあ、持っていきます」
「うん」
「お待たせいたしましたー」
白石さんは笑顔でお客様にコーヒーを届けた。
しばらくお店の中は、入店してきた一組のお客様の雑談の声だけが響いた。
静かな店内。
控えめなお客様の笑い声。
スマホを弄る俺。
スマホを弄る俺をチラチラ見る白石さん。
「どうかした?」
俺は尋ねた。
途端、白石さんはそっぽを向いた。
「あの……いや、その……」
「……珍しいね。とりあえず暴走するところがある白石さんが、そこまで言いよどむだなんて」
「とりあえず暴走するは余計ですっ! ……ただ、その」
「?」
「あの、槇原君もエプロンをするんですね」
「え……?」
まあ、しているけど……?
「あの、あたしも槇原君の写真を撮ってもいいですか?」
……ああ、そういうこと。
「ヤダ」
「なんでっ!?」
なんでってそりゃあ……恥ずかしいし。
「ずるい。ずるいですよ槇原君! 自分ばっかりあたしの写真をたくさん撮って!」
「仕方がない。似合ってるんだから」
でも、俺は別にエプロン姿なんて似合ってない。
だから、俺の写真を白石さんが撮る必要はない。
「……頑なですね、槇原君」
「お互い様でしょ?」
「いいんですか、そんな態度で」
「……問題なし」
白石さんは頬を膨らませた。
そして、どこからか見覚えのあるオレンジ色の違反切符を取り出した。
「二枚目ですね」
「……」
渋々、俺はそれを受け取った。
受け取らなくてもよかったのかもしれないが……店内でひと悶着起こされるのも困るので、受け取るしかなかった。
「あと三枚。……えへへぇ」
「だらしない顔してるよ、白石さん」
……だらしない笑みを浮かべる白石さんを見ていると、いつもならほっこりするところだが、今日はそんな気分にはならなかった。
私生活でオレンジ色の違反切符を五枚切ったら赤色違反切符に昇格する。
赤色違反切符を切ったら、ハレンチなことをする。
そんなルールが施行されていた認識だが……まさか彼女、本当にそんなことをするつもりはないよな?
気が気ではなかった。
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