ボランティアする風紀委員長
16.家の手伝い
太陽の光がレースのカーテン越しにリビングを照らす。
リビングの一角には、黒い漆塗りの仏壇が置かれていた。
仏壇の中央には母さんの遺影が、生前の母がいつも見せていた柔らかい笑みを浮かべている。
線香の煙がゆらゆらと天井へ昇っていく。
テレビの消えた部屋は、不思議なほど静かだった。
俺は仏壇の前に正座し、掌を合わせる。
「それじゃあ母さん、行ってきます」
我が家で日常的に見られるの朝の風景。
父さんは一足先に家を出た。
今日は土曜日。いつもの家の仕事の手伝いの日だ。
いつもは俺も父さんと一緒にお店に向かうのだが、今日は待ち合わせ相手がいるから、俺はしばらく家で待機していた。
「お邪魔します」
家のチャイムが鳴った後、扉の開く音と白石さんの不安げな声が玄関から聞こえてきた。
「おはよう、白石さん」
「あっ、あの……おはようございますっ。槇原君」
「うん。……なんか緊張してる?」
「ししし、してるに決まってるじゃないですか。初めて槇原君のお家に来たんですから」
「あはは。そうだっけ」
「あ、あの……これ、つまらないものですが」
「え、いいよ。そんなに気を遣わないでよ」
「そんなわけにはいきません。……是非、ご両親と頂いてください」
「……うん。わかった。ありがとう」
白石さんのお土産を受け取った俺は、一旦キッチンに行き、お土産を置いておいた。その後、念の為、リビングに寄り、仏壇の扉を閉めた。
「さ、それじゃあ行こうか」
「は、はい!」
今日、白石さんを我が家に招いたのは、先日の中間テストの罰ゲームを実行するため。
ただ罰ゲームの実行場所は我が家ではなかった。
ここから五分程歩いた先にある、父さんが経営する喫茶店。
「ここだよ」
「はい……!」
古びた木製のドアを押すと、鈴の軽やかな音がチリンと鳴った。
外の蒸し暑さとは打って変わって、店内にはほのかに冷えた空気と、深く香ばしいコーヒーの香りが漂っている。
「父さん、白石さんを連れてきたよ」
「はあい」
カウンターで新聞を読んでいた父が立ち上がって、白石さんに会釈をした。
「どうも、今日はお手伝いありがとうね」
「い、いえっ、こちらこそ、今日は迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
先日の中間テストで勝負に勝った俺は、白石さんに今日一日、ウチの喫茶店のお手伝いを頼んでいた。
「こんなに可愛い娘を連れてくるなんて、君も中々、隅に置けないね」
「あはは。そういう勘繰りは嫌われるからやめたほうがいいよ」
「相変わらずこの子はふとした拍子に鋭い切れ味の言葉を放つなぁ! あははっ!」
ただ、今回の喫茶店のお手伝いを頼むに当たって、俺は白石さんが了承してくれるのか少しばかり心配していた。
ウチの高校は校則でアルバイトが禁止。
風紀委員長という立場の白石さんが、俺なんかとの罰ゲームのためだけに、校則違反をするとは思えなかったのだ。
『大丈夫ですよ?』
しかし、いざ白石さんに喫茶店の手伝いを頼んでみると、意外とすんなり了承してくれた。
『ウチの高校、校則でアルバイト禁止だよね?』
『はい。だから、給料を出さなければいいんです』
『……え』
『ボランティアという体なら、誰もあたしの行為を咎めることは出来ません』
こういう時、白石さんは本当に狡猾だよなぁ、と思う。勿論、有り難いんだけどね。
「それじゃあ白石さん、向こうで制服に着替えてきてくれる?」
そんな回想に浸っていると、父が白石さんに喫茶店の制服を渡していた。
……少し違和感を覚えた。
ウチの喫茶店は昼下がりは俺達二人では仕事が回らない程度に混むものの、基本的には個人経営のほそぼそとしたお店。
これまで、女性従業員を雇ったこともなかったはずなのに……あの制服は一体、どこから出てきたんだ?
「……あの、着てきました」
しばらくして、白石さんが戻ってきた。
白のブラウス、黒のロングスカート、そして、白色のカフェエプロンという出で立ちだった。
「これ、槇原君の趣味ですか?」
白石さんは恥ずかしそうに頬を染めて俯き、尋ねてきた。
「……えっ、なんで?」
「だって、モノトーンな配色、お好きでしたよね?」
……そうだけども。
実際、白石さんに似合っていることも相まって、だいぶ見惚れてましたけどもっ。
それでも、これだけはハッキリしてる!
「僕の趣味だよ〜」
「そう。親子で趣味は似るんだよ!」
「……じゃあ、似合ってないですか?」
「馬鹿言っちゃあいけない! とりあえずっ! 写真撮らせてもらってもいいかい!」
俺はポケットからスマホを出して、記念にと白石さんのウエイトレス写真を50枚ほど撮らせてもらった。
「あはは。若いねぇ〜」
父は後ろで満足そうに笑っていた。
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