第10話 殺人鬼の住む家 4日目

「嘘…だろう」


 カザキリが死んでしまった。

 あんなにも鮮やかに、あんなにも余裕たっぷりだった彼女がこの世にもういない。


 信じられなかった。しかし目の前の彼女、あるいは彼女だったものから体温は感じられない。間違いなく死んでいた。


「おいおい嘘だろう。あいつ死んじまったのかよ」

「まあ、なんということ」

「風切さん…」


 騒ぎを聞きつけたのか人が集まってきているようだ。


 探偵の助手として、カザキリが行ったように鮮やかに推理を組み立てる必要がある。頭を動かしこの状況を打開しなければならない。分かってはいるが頭が働かなかった。



「おい、薄井っつたか、こっちを見ろや」


 気づいたら新井さんが僕の肩を両手でつかんで正面から僕を見据えていた。


 その目は真剣で僕を罵倒したり少なくとも暴力的な意思がないことを感じ取れる。


「お前が呆然とするのもわかる。だがな滞在者が俺とお前しかいない以上、俺たちでもう解くしかねえだろ。しっかりしろよ」


 そうだ、こうなった以上はもう、僕自身が謎を解くしかない。


「まずは、そうだなここだと人目もある俺の部屋に行こうや。おいお前ら!カザキリの死体に触んじゃねえぞ!あとで俺と薄井で確認するんだからよ」


 そう言うと新井さんは僕の腕を取って部屋へと連行した。



「さて、どうだ、少しは頭が冴えたか?」


「はい、何とか」


 新井さんの部屋でお互い椅子に座り、向かい合っていた。


「正直あのカザキリが死んだっていうのはやっぱり信じられねえ。あいつは強引だが、推理物の探偵そのままで、あいつがいれば犯人当ても余裕でこなせるから正直俺の出番はねえと思ってたよ。まさかこんなことになるとはな」


「そうですね。同じ思いです。今にも『私が死んだと思った?』なんて言いながら出てくるんじゃないかと思っています」

「そうだよな。…それでお前最初この家に来た時からカザキリとは一緒だったんだろ、何つうか、推理のコツとか、犯人のヒントみてえなのは聞いてねえのかよ?」


 新井さんに言われて思い返してみる。

 そういえばカザキリは最後に言葉を交わした際、犯人当てではなく、他の物件と同様、物件の特異性を探せと言っていた。


 カザキリの遺言に従って、僕は改めてこの家の特異性を考えてみる。

 まず、この物件は他の物件と違い、家の外というものが存在しなかった。そこから導き出せることは何だろう。


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【家の外がない理由 ~薄井健太の考察~】

①滞在者に家の外に出られると困ることがある。

②家の外観を知られると露呈してしまう秘密がある

====================


 考えられるのは上記の2つだった。


①は正直その内容については思いつかない。強いて言うなら催涙ガスによる犯人側からの攻撃が多いからその退路を防ぐためだろうか。まてよ、そもそもこの催涙ガスは一体どこにあるもの何だろう?少なくとも2日目に尋問を行った倉庫にはなかった。一旦心にとどめておこう。


②の方が可能性としては高い。例えば我々が1階だと思っていたところが、実は4階だったとか。見取り図上には明らかに乗っていない部屋が外からだと分かるとか。


 そういえば1階から2階へ続く螺旋階段がやけに長かったような気がする。


「おい、ずいぶん考え込んでいるようだけど何か思い当たる節はあるのかよ?」

「ええ、新井さん、僕が確認したいことは2つです。

 ①催涙ガススプレーの出どころ

 ②1階と②階の間にある部屋の確認

 屋敷を一緒に散策してみませんか?」


「おいおい、物件の謎を探ろうとしてるっぽいが、犯人当ての方はいいのかよ?普通こういう時ってのは各関係者のアリバイとかを確認するもんだぜ」


「そっちは大丈夫です。僕の考えが正しければさっき言った確認事項が分かれば自ずとわかるはずですから。ですが、その前に今日は一旦ひと眠りしましょうたたき起こされたので眠くなってしまいました」


「のんきなペースだな、まあお前がカザキリ並みの推理を発揮してくれるんなら俺は文句を言わないけどよ」

 そう言うと僕は部屋に戻った。部屋で僕はカザキリのことを思い少しだけ泣き、そして思考を整理し始めた。



「空き部屋の鍵ですか?」


 翌朝、新井と共に、ホールにいた北山を捕まえて鍵を確認する。


「この屋敷のマスターキーは私の方で持っておりますので開けることは可能ですが」

「すみません、王外さんとカザキリさんを殺した犯人を見つけるために必要なんです。貸していただけないでしょうか」


「ええ、そういうことでございましたら」

そう言うと北山はマスターキーを貸してくれた。

「ありがとうございます」



鍵を開けて空き部屋に入ってみる。


「おいおい何もねえじゃねえか」


 そこは家具1つ置かれていないまっさらな部屋だった。しかし手入れはしているのか床には埃1つ付いていなかった。


「いえ、僕が見たいのはあそこです。新井さん申し訳ないですが僕を肩車してくれませんか?」

「肩車のために呼んだのかよ…まあいいぜビリヤードで肩は鍛えられてっからな。ほらよ」


 そう言うと新井さんは僕を肩車してくれる。

 僕は目的の、通気口のハッチを開けると中に入り込んだ。


 案の定、通気口の中の埃は最近誰かが入ったような跡が付いていた。


 さて、問題はここからである。この部屋は王外さんの部屋と線対称に位置しているのでおそらく付きあたりはまた廊下の方につながっているのだろう。


 突き当りまで行ってみると廊下につながっていた。


 そこで僕は"ある方向"に空洞がないかを確認する。すると思った通りそこは空洞になっていた。僕は"その方向"に取っ手が付いてることを確認し押し開いた。


 "そこ"には"予想通りの空間"と"予想外の物"が置いてあった。

「これは!」その"予想外の物"に触れようとする。


 ガンッ


 すると鈍器のようなもので頭を殴られた。

「しまった」犯人がいたのか。

「ザンネンダガ、イマココニアルモノヲシラベラレルワケニハイカナイ」

その言葉を最後に僕は意識を手放した。





「おい!大丈夫かよ」

 新井さんの声で意識が覚める。


 気づいたら僕は1階の右側の廊下の床に突っ伏していた。


「はい、大丈夫です」


 何とか上体を起こすと頭を確認する。意識に問題はないようだ。


 にしても僕を殴った人物はなぜ"あの部屋"に監禁しておかなかったのだろう。これでは僕が言いふらしてしまうではないか。


「それで、何か分かったのか?」

「はい、もうすべてが分かりました。北山さんに言って、皆さんに食堂に集まってもらいましょう」


 カザキリ、僕もなってやるよ探偵に。



「夜分遅くにすみません。皆さんをお呼び立てしてしまって」


 食堂には、新井、向島、湧川、山田、坂井、榎田、田辺優、田辺秋、若井、北山

の全員が揃っていた。


 全員初日と同様会食の席に座っている。執事の面々は着席を辞去したため脇の方に立っていた。


「皆さんを集めたのは他でもありません、この一連の殺人事件の真相、それが分かったからです」


口々に「まあ」「本当か!」「なんと」とざわめきが聞こえる。


「それではまず…」


 ギイィ


 その時、食堂の扉を開く音が響いた。



「上出来よ、薄井健太」



 風を切るような声が聞こえた。



「でも、ここからは私のターンよ」



 そう言うと風切舞が颯爽と復活した。

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