第9話 殺人鬼の住む家 3日目
結局昨日はそのまま部屋に戻り、何も起こらずに2日目は終わった。
カザキリが何か手を打ったのか、それとも王外殺しで殺人は終了したのか判断はつかない。
僕はせっかくの1日1回の回答権を使わないのはもったいないと思い、昨日の夜、未回答であることを確認すると、あてずっぽう(かつハズレであってくれという思い)で北山さんを指名したけれど、案の定ハズレだった。
それにしてもカザキリの態度がよく分からなかった。
なぜ謎が解けたのか、そして100歩譲って嘘を見破るなりで謎を解いたとして、自分が襲われない、あるいは攻撃を防げると明言したのはなぜなんだろう。
思考がぶっ飛びすぎていて正直付いて行ける気がしなかった。
朝、自室にある洗面所で顔を洗い、ホールの方に出ると何やらカザキリと北山が言い合いをしている。
「それじゃあ改めて確認だけれど、
回答⑤:複数人が殺人をしていた場合、片方を名指しすれば正解とみなされる。
回答⑥:犯人を指摘する装置が壊れていた場合、直ちに代替による指摘が可能になる。
回答⑦:犯人を指摘する装置が屋敷内に隠されているだけなど、普通の名指しはできないけれど、努力次第で指摘可能な状況の場合、原状復帰しない。
回答⑧:私が殺人をした場合、私を名指しすることで転居条件をクリアできる。
回答⑨:屋敷に来る前に殺人をしていた場合にその人を名指しすることで、転居条件をクリアできる。
回答⑩:指摘装置が正常であるかどうかは運営側が把握しており異常であれば直ちに検知できる。
でよかったかしら?」
「はいおっしゃる通りでございます」
「そう、ありがとう。」
「いえいえ」
カザキリがこっちに気づいて近づいてくる。
「ああ、いたのね薄井健太。あなたにも分かりやすく、改めて『殺人鬼の指摘』に関するルールを列挙しておくわ。
①:指摘はエレベータ脇にある装置のスイッチを押して『犯人は◯◯』といった形で答える。
②:指摘は1日1回まで。回答済みの場合ランプが赤く未回答の場合は緑に光る。
③:殺人が起こっていなくても殺人鬼を指摘できる。 (まあこれはもう無意味なルールね)
④:住民票を持っている人間以外は犯人を指摘できない。
⑤:複数人が殺人をしていた場合、片方を名指しすれば正解とみなされる。
⑥:犯人を指摘する装置が壊れていた場合、
直ちに代替による指摘が可能になる。
⑦:犯人を指摘する装置が屋敷内に隠されているだけなど、普通の名指しはできないけれど、
努力次第で指摘可能な状況の場合、原状復帰しない。
⑧:私が殺人をした場合、私を名指しすることで転居条件をクリアできる。
⑨:屋敷に来る前に殺人をしていた場合にその人を名指しすることで、転居条件をクリアできる。
⑩:指摘装置が正常であるかどうかは運営側が把握しており、異常であれば直ちに検知できる。」
カザキリは一息にそう言った。
「あとで紙に書いてあのバカにも渡しておくわ」
「ええと、カザキリさん」
「何かしら?」
「その、まさか殺人するつもりなんてことはないですよね?」
「そんなことするわけないでしょう。ちなみに薄井健太あなたもやらないでよね。つまらないから」
カザキリは気分を害したようだ。
「あと昨日北山さんを指摘したんですけど、ハズレでした」
「はー…あのねえ薄井健太」
「はい」
「もし犯人が"当たったら"どうするのよ。残りの滞在可能日数が全部没収になるのよ」
「ええ、でも犯人を当てた後でも居座り続ければいいんじゃないですか?」
「前滞在したところでそれをやろうとしたけど、無理やり転居させられたわ」
「あのバカ向けにもルールに書いておこうかしら
⑪指摘が正しかった場合その日中に転居しなければならない」
「なるほど、それでカザキリさんは最終日まで回答しないつもりなんですね」
「ええ、そうよ。私が朝一で回答して回答権を放棄させる手もあるけれど過去の殺人も有効である以上うかつに回答はできないし・・・待って」
そう言うとカザキリは一瞬沈黙して。
「北山、
質問⑪:別の日に同じ人物を犯人として指定しても有効?」
北山は間髪入れずに
「いいえ、誤回答や意図した妨害を防ぐために、回答⑪:指摘した人物は各日において別の人物としなければならないとしております」
「うん、じゃあやっぱりダメね
⑫別日に同一人物を犯人として指摘することはできない。ルールと回答のインデックスがズレちゃったじゃない!」
カザキリがよくわからないことを言っている。
「あとあなたに1つアドバイスよ。執事たちは、過去の殺人は知らないけれど少なくとも今回の事件においては全員犯人じゃないわ」
「え?なんでですか」
「その情報は今は開示できないわ。けど信じなさい。だけどまたあてずっぽうで答えられても困るから今日から装置を見張るわ」
「はあ」
「とりあえずルールを明文化してあのバカに渡したら動きがあるまで私は待機するわ。…あと時間的にそろそろ動きがあるはずよ」
そう言うとカザキリは自室に戻っていった。
昼、僕は考えていた。
確かにカザキリには行動力はある。推理小説でおなじみの会食をぶち壊し、尋問を実施し、叙述トリックとなるようなネタを潰した。あと指摘のルールを明らかにした。
しかし、本当は大したことないんじゃないか?ここまでの行動はまだ推理小説好きの行動派にできる行動である。
犯人当てに関しては、殺人を今からすることはないようだけど、例えば過去にカザキリ自身が殺人を犯していたこともありうる。
でも余裕な態度は、『過去の殺人』が有効だと知る"前"だった。あれは虚勢だったのだろうか、わざわざ回答権を放棄してまで張る虚勢なんてないと思うけど。
と、そんな風にカザキリのことをベッドで横になりながら考え続ける。
コンコン
僕の部屋の扉がノックされた。
「はい」と言って出ていこうとするが、これは推理小説でよくある扉を開いた瞬間殺されるパターンじゃないか?
思いとどまって声をあげた。
「どちらさまですか?」
「すみません、執事の田辺です。少しご相談したいことがありましてドアを開けてもよろしいでしょうか?」
声の感じから察するに田辺(妹)の方のようだ。
執事に犯人はいないってカザキリが言っていたっけ。信用するぞ。
「はい、大丈夫です」
田辺、優の方が入ってきた。
「突然すみません、部屋におりましたらこのような手紙が入っておりまして」
そう言って手紙を見せてくる。
==================
貴様の守護者である王外は倒れた。
次はお前の番だ、王外に仕える者よ皆息絶えるがよい。
==================
脅迫状と取れる文面が書かれていた。
「これは!風切さんには相談しましたか?」
「いえ、最初に相談しようとしたのですがあいにくと留守のようでして…」
「へえ、来たわね動きが」
カザキリがいつの間にか腕を組んで部屋の扉にもたれかかっている。どことなく楽しそうな雰囲気だ。
「カザキリさん!どこに行ってたんですか?」
「ちょっと探索にね。それより手紙を私にも見せてくれるかしら?」
そう言うとカザキリは返事も待たずに手紙を読み始める。
「ふーん、まあ定型文ね。じゃあとりあえずあなたたちの部屋がある1階に向かいましょうか」
僕たちは1階に向かった。しかし最初に上った時も思ったが、螺旋階段が長すぎる気がする。
階段を歩いている間、カザキリが独り言を漏らした。
「なるほど、あいつもしびれを切らして動き出したようね」
「そんなこと言って本当は何もわかってないんじゃないですか?」
思わず言い返すと、カザキリがふと足を止めた。
「心外ね、私をただの推理小説マニアか何かだとでも思っているのかしら?」
「そうですね、厳密には『行動力のある』、推理小説マニアですが、情報を開示していただかないと僕としては信用できません」
「やれやれね」
カザキリはそれっきり口をつぐんでしまった。
1階に辿り着き田辺さん達がいる部屋につながる廊下を開ける。
すると、廊下の突き当りに、仮面にマントを付けた正体不明の人物がいた。
「きゃあ!」
田辺さんが悲鳴を上げると、右手の王外さんの部屋がある方へ走っていく。
「来たわね。追いかけなさい」
カザキリが言った。
「言われなくても」
僕はダッシュした。
「断言してもいいわ、あなたは奴を見失う。推理小説の王道パターンね」
「カザキリさんは?」
背中越しに問う。
「私は奴を"捕まえるわ"」
そう言う割には足が1ミリも動いていない。意味不明だった。
僕は廊下を右に曲がった。
王外の部屋に入っていく仮面の人物を見つけると部屋に入った。
王外さんの部屋は広く、僕たちの部屋同様トイレとバスルームが扉で分かたれていた。ベッドが天蓋付きで高さもあるのでベッドの下や天蓋の上にも隠れられそうだ。
トイレ、バスルーム、ベッドの下、天蓋の上も見たが誰もいない。
念のため隠し通路がないかを確認するため壁と床下を丁寧にコンコンし空洞がないかを確認する。しかし何も見つけられなかった。
失意のままホールの方に戻ると、カザキリがさっきまで僕が追いかけていた、仮面にマントを付けた人物を羽交い絞めにしていた。その脇には田辺さんもいる。
「ほら人が来たわよ、正体がばれる前に去りなさい」
そう言うとカザキリは仮面の人物を逃がした。
「何やっているんですか!犯人かもしれないんですよ」
カザキリに向かって怒鳴ったが意に介さず言った。
「ほら、これで私の実力が分かったかしら?」
絶句してしまう。
仮面の人物は2階の方に走っていった。
「無駄に体力を使うのはやめなさい。次は”捕まえてあげないわよ”」
カザキリが言ったが意に介さず僕は仮面の人物を追いかけた。
結局僕は仮面の人物を見失ってしまった。
失意のままホールに戻ると。
「だから言ったでしょう」
とカザキリに言われる。返す言葉が見つからなかった。
「さて次は、田辺妹の部屋に向かいましょうか」
僕たちは田辺優の部屋に向かった。
「これからどうするんですか。」
「襲撃があるまで待つわ」
「じゃあ待っている間に教えてください。さっきの仮面の人物はどうやって捕まえたんですか」
「そうね、それくらいは教えてもいいわね。要は隠し通路よ」
「一応、壁は全部は調べましたけどそれらしいものはありませんでしたけど」
「壁じゃないわ、天井よ」
「え、でも天井に入れるようなところなんてありませんでしたよ」
「冷静に考えてみなさい、王外邸には窓がない。ということは空気を取り入れるための換気口がどこかにあるはず。それは壁に埋まっていたかしら?」
王外さんの部屋を思い出してみる。
「いえ、ありませんでした」
「でしょうね。私たちの部屋も同じ構造だったから。床はじゅうたんが敷かれているし、となると天井でしょう。なにか天井に届くようなものはなかった?例えば天蓋付きのベッドとか」
「まさに天蓋付きのベッドがありました。けど喚起口なんてなかったです。天蓋に誰も登っていませんでしたし
「天蓋の上に鏡が置いてあったらどうかしら、そこまでは見た?」
「そうか!確かに、確認してみます」
「今はやめて。"お客さん"が来たみたいだから」
そう言うと部屋に催涙スプレーのようなものが投げ込まれる。
しまった、また催涙ガスか、同じ手はないと読んでいた僕の読みは間違った。
結局、僕は…また…意識を…
「無駄よ」
「…っ!」
「探偵神盛り道具の一つ『最強上げ盛り♪マスク』よ」
そう言い放つカザキリはヒョウ柄のマスクを付けている。そしていつの間にか僕にも付けられていた。
「これを付けていれば、毒ガス催眠ガス、オールシャットアウトよ。同じ手は通じないわ」
シュッ、ガシャン
ガスに満ちた部屋で何かが当たったような音が聞こえた。足元を見るとボウガンの矢のようなものが落ちていた。
隣のカザキリが何かを蹴ったようなポーズで立っている。
「探偵神盛り道具の1つ、『WINソックス』よ。最強の防刃性を誇るわ」
そこはルーズソックスじゃないのかよ。名前勝ちしてるな。
「さて」
そういうとカザキリはガスに満ちている中を歩いていく。
「捕まえたわ、観念しなさい…田辺秋さん」
煙の中で仮面とマントを付けた人物が羽交い絞めにされている。
僕が仮面を取ると、確かにそこには田辺秋の顔があった。
「一応聞いておくけれど、どうしてこんなことをしたの?」
田辺優の部屋でカザキリがベッドに腰かけて姉妹を見下ろしていた。
田辺姉妹がバツの悪そうな顔をしてうなだれている。
姉の方が口を開いた
「ご主人様を殺した人物を探す探偵の推理力と行動力を確認したかったのです」
「ふーん…」
カザキリは何か考えているようだった。
「本当なんです…騙して申し訳なかったですけど、このボウガンだって…」
「いいわ、分かったから。不問に付すわ。このボウガンだって殺傷力のないものだと確認できているし。以後は何事もなかったかのように振舞いなさい」
そう言うと姉妹は駆け足で部屋から出ていった。
「彼女達は王外殺しの犯人じゃなかったんですね」
「言ったでしょう。執事に犯人はいないって」
「そうですね。でも残念でした」
「いえ、予想通りよ。冷静に考えてみて、例えば滞在者の中に世界陸上に出るような超人的に足の速い人物がいたとしたら、最初に仮面マントが現れた時点で捕まえてしまう可能性もあるでしょう?そして捕まえた人物こそが犯人であったなら、つまらないと思わないかしら?」
確かにそう思わないでもない。
「でも最初の仮面と今の人物が同一であったかなんてわからないんじゃないですか」
「いえ、断言してもいいわ。最初も彼女だったのよ。昨日屋敷探索をしたときに彼女の部屋にしか仮面マントがなかったから。それに言ったでしょう?"姉妹入れ替えトリックをするには彼女たちは顔も体格も違いすぎる”って」
そもそも妹の方も仮面マントを羽交い絞めにしていた時点で脇にいたわけだし。そこは疑っていない。絶対言いたかっただけだろ。
「最初に受付で言われたでしょう。これは誰にでも攻略可能だって。となるとそんな力技で解決するような"演出"にはなっていないのよ。いい、これまでの物件攻略を思い出して。攻略のためにはあくまでこの家の特異性を探すの。殺人鬼がいようと、そこは違わないわ」
まるでカザキリはもう答えを知っているかのような言い草だった。
そのあとは特に目立ったこともなく僕たちは一旦部屋に帰った。
部屋で天井を見ていると、思い出し王外さんの部屋に向かった。
王外さんの部屋で天蓋付きのベッドに登ってみる。カザキリの言った通り、天蓋の上には鏡があり、外すと、通気口があった。
通期口を覗いてみるとちょうど人一人分が入れるような高さがあり、人が張ったような跡に埃が拭き取られていた。明らかに誰かが最近通った様子だ。
2階に戻り、お礼を言おうとカザキリの部屋をノックしたが留守なのか出てくることはなかった。
夜、部屋で考え込んでいると
「うわあああ」
という声が聞こえ、僕は大急ぎで声がした方——ホールへと向かった。
階段を下り、ホールを見ると信じられない惨状が広がっていた。
犯人指摘装置そのスイッチを押した状態で、
風切舞が背中から包丁を刺され、死んでいた。
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