第6話 海の上に建つ家 2日目
トダユイが見つからないまま2日目になった。
昨日はあれから、家の中、あるいは暗くなるまで海を見ていたがトダユイは見つからなかった。
僕が釣りなんてしていなければ…
昨日まで煩わしいと思っていたあのしゃべり方も今となっては懐かしく感じる。
確かにトダユイのイメージは変わった。清楚で可憐なイメージから欲望に忠実で身勝手な存在へと。でも彼女は僕を邪険にすることはなかった。この物件で一緒に滞在する同居人として接してくれた。(一瞬だけだったけど)
あとは印象が変わったとはいえ、やはり憧れだったあのトダユイが近くにいるのだ。今の印象がどうであれ、彼女のこれまでの活動が変わることはない。テレビで見たあの素晴らしい演技を僕は尊敬したんだ。
そんな彼女を助けられるのは僕しかいない。だから必死にならないわけにはいかなかった。
僕は朝日が差し始めた室内でベッドに座った。そういえば、こんな地下空間にも昼夜があるんだとぼんやり思った。
思考を切り替え、今回の物件の違和感について考えてみる。
何かあっただろうか?そもそも海の上に石油プラットフォームのように建っている事自体が違和感なのだが、家の特別性という意味では普通の家だった。いや、普通ではなかった。キッチンはなく、風呂もない、ちぐはぐな印象を抱いていた。
そう、言うなら家としては半分の機能しかない。"半分"…つまりどこかにもう半分があるということなのだろうか。だとしたらそれはどこに、いや、どうやったら全部になるのか。なにかスイッチのようなものがあれば…
そうだ、呼び鈴だ!考えてみればおかしかった。そもそも僕たちしか居ない上に、絶海の孤島のよう場所だ。呼び鈴が必要になるとは思えない。
そう思い立つや僕は玄関に急ぎ、呼び鈴を押した。
すると呼び鈴とは思えないような「ガゴォン」という音を立て、次いでアナウンスのような声が聞こえてくる。
「タイザイモードヲカイジョシマス。オクナイニハイッテクダサイ」
やっぱりどんぴしゃだった。僕はすぐに玄関に入り事の成り行きを見守る。
しばらく家が動き、唐突に動きが止まった。
「イドウモードにセンイシマシタ」
その言葉を合図に玄関を開けると、そこは"玄関"ではなかった。
扉の向こうにもう半分の家が広がっていた。
すぐ右手の扉は風呂になっており、そこからキッチン、ダイニングと続き、一番奥に運転席のような操縦桿が並ぶ空間が見えた。
そちらに向かって歩いてみる。すると途中の右手の水槽から「バンバン」と叩くような音が聞こえた。
トダユイが水槽の中に入っていた。何か懸命に喋っているが、聞こえなかった。防音になっているのだろうか。
僕は水槽の脇に非常用水槽開閉ボタンがあるのを見つけたのでボタンを押すと水槽のガラス面がゆっくりと上がっていった。
「助かったー!ウスイ―ありがとう!」
という懐かしのトダユイ節が聞こえてくる。
「無事で僕も安心しました。何があったんですか?」と聞いてみる。
「いやさートイレが終わったらゴウンゴウンとか窓の外から聞こえてきたから、窓の外見たわけ。そしたら、なんか煙突みたいのがこっちに突き出してたから、隠し通路発見!と思って、思い切って飛び込んだら、この水槽?みたいなのに閉じ込められちゃって。外に出れないし、叩いてもびくともしないからしゃーなしにしばらく寝てたら、なんかすんごい振動で持ち上がる感覚があったから目覚めちゃって、んで気づいたらウスイがいたから必死にバンバンしてたわけよ。」
「なるほど。煙突のようなところに入って水槽に出たんだとすれば、それは魚を取り込むためのものだったのかもしれないですね。」
「あーしもそれ思ったよ。ちょっと魚臭かったし」
「向こうに操縦桿のようなものもありますし、もしかしたらこの家は漁船のような機能が付いた家なのかもしれないですね。とりあえず操縦桿の方に行ってみましょう。」
「うす」
操縦桿の方に向かい、機器類を見てみる。
ソナーのような液晶や細かいボタン類が並んでおり、正直何が何だか分からない。
「あ、なんかマニュアルがあるよ、どれどれ」
そう言うとトダユイは脇にあった冊子を読み込んでいく
「ふむふむ、なんかー自動漁獲モードのボタンがあってそれ押すと全部やってくれるらしいよ?」
トダユイは右の方に手を伸ばすと
「これかな」と言って、呼び鈴のようなボタンを押した。
また呼び鈴かよ。
「ジドウギョカクモードニイコウシマス」
というアナウンスと共に、また家が揺れ始める。
「わ、ね、見てすごいよ!」
トダユイが脇の窓に張り付いて外を見ている。
僕も見てみると、ホバークラフトというのだろうかクッションのようなものが「プシュー」という音と共に下から出てきて膨らんでいく。膨らみ切ると下に車輪がついているのだろうか海の方に向かって移動を開始する。
「ってこれ落下するじゃん!」
「きゃーーー」
20Mほどの高さから「家」がダイブした。
ザブンという音と共に海に着水し、そのまま海の上を全速力で走り始める。
「なにこれ楽しい!」トダユイははしゃいでいる。
機器類のソナーらしきものに反応があり、
「サカナヲケンチシマシタ、ギョカクシマス」
という音声と共に水槽に大量の水と魚が入り込んだ
水槽のガラスはトダユイ救出の際に開けっ放しにしていたはずだが、どうやら漁獲モード以降の際に閉まっていたらしい。
「おーお魚!」
どんどんと魚が追加されていく、イワシや鯵といった小魚からカツオやマグロといった大型の魚も入ってきた。
「魚の取り出し方が分からないですね」
トダユイを救出した際の「非常用水槽開閉ボタン」を押せば水びだしになってしまうだろう。
「さっきのマニュアルに載ってそうだよ」
ぺらぺらとマニュアルをめくっていく
「んーとね…おー!キッチンに魚自動調理なんていうウルトラハイテクボタンがあるっぽい。あーしの魚裁きの腕の見せ所だったけど、ここはこの機能に任せてみるか」
なるほど、キッチンが"こちら側"についているのはそういう理由だったのか。
キッチンの魚グリルの横にボタンが付いており、どうやらそれが「魚自動調理ボタン」のようだった。
「…あーしらが食いたいのは刺身なんだけど、これ焼き魚になっちまうんじゃね?」
「いえ、紛らわしいですけどこのボタンを押した場合には刺身にしてくれるみたいですよ。」
そう言うと僕はボタンを押した。
するとロボットアームのようなものが水槽に突き出し、カツオを捕まえると、隣のキッチンに魚を移し、鮮やかな手腕で刺身に仕立て上げた。
「刺身できたー!」
早速食べてみると、とんでもなくおいしかった。
「おいしー!!白飯も食べたい!」
トダユイははしゃぎっぱなしだ。
キッチン脇にある炊飯器を開けると米が炊いた状態で入っていた。
いつから保温してたんだと思いつつ、トダユイに続いて僕も食べてみると炊き立てのようにおいしかった。
「「サイコー!」」カツオの刺身に白米はもう無敵である。
食を楽しんでいるといつの間にか家の移動が終わっていた。
「ジドウギョカクモードカイジョシマス」
アナウンスが流れたので外を見てみると、柱の真下に来ていた。
上からでは見えなかったがどうやら柱の周りは停泊場になっているようでそこに家がつながれていた。
目の前にエレベータが見える。
「さーて!ご飯も堪能したし。次に行きますか」
そう言うとトダユイはさっさとエレベータに住民票をスキャンさせる。
僕は改めて家の全容を見てみた。
形は縦長の長方形でホバークラフトが付いており、キャンピングカーならぬキャンピングボートの様相を呈していた。
なるほど、これが縦に2段になっていたのか。つまり石油プラットフォームもどきである上の土台は、家の下部分を丸ごと隠すような形になっていたわけだ。相変わらず意地が悪いな。
「ウスイー早く―」
トダユイがエレベータ内で待っていた
「今行きます!」
僕もエレベータに乗り込んだ。
「海の家に建つ家、ご滞在いただきありがとうございます。当物件は、株式会社ナチュラルライフ様と漁業組合様合同出資の物件であり、『漁船になる家』がコンセプトです。本物件の特徴としては、陸上での滞在を目的とした「滞在モード」漁獲を目的とした「漁獲モード」に家が変形し、漁業ライフを楽しむことができる家となっております。本物件は自動での漁獲や自動での魚調理ができる機能を搭載しておりますが、自動化への懸念により、このSHP展示の物件となりました。また、家が初期設置されておりました石油プラットもどきの設備に関しては、株式会社デコイモドキ様提供の設備となっておりました」
「いやーなかなかに楽しい家だったね!水槽に入ったのはごめんだったけど。てか、あそこで自動調理と押したら死んでたんじゃね?コワ!」
「面白い家ではありましたね。やっぱり自動化は怖いと思いますよ」
「まあねーまあでも助かって何よりだったわ。改めてあんがとねウスイー」
肩をバンバンと叩かれる。
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