第5話 海の上に建つ家 1日目
「薄井健太様、転居の手続きが整いましたのでカウンターまでお越しください」
アナウンスで目が覚めた。
何度か目を覚ました記憶があるけど。随分と眠った気がする。時計を見ると朝の6時だった。
仮眠室を薄っすらと確認したが、トダユイはどうやらもういないらしい。扉を開けて受付に出る。
正装に身を包んだ(というか普通に白の可愛らしいワンピースを着た)トダユイがベンチに座っていた。脇にはピンク色の大型のキャリーバッグがある。他には誰もいなかった。
「よ!フツメン。」
昨日と同じノリで話しかけてくる。
「お、おはようございます」
挨拶もそこそこに受付に向かった。
「薄井健太様、ですね。こちら住民票の更新が終わりましたのでお渡しします。」
住民票を受けると次のように書かれていた。
====================
住所:海の上に建つ家
滞在可能日数:2日
====================
「海の上に建つ家っしょ?あーしと同じ。つーかお前、薄井っていうのな、フツメンだしまさにウスイーって感じ」
全国の薄井さんが怒るぞ。
「口が悪いですね。トダユイさんもテレビでの姿は全部演技だったんですね」
「そだよーん」
そういうと早速住民票をエレベータにスキャンさせていた。
「演技派女優なんで。ということでよろしくお願いいたしますわ」
やってきたエレベータに乗り込みながらそう言うと、艶やかに笑って見せた。
やれやれ退屈はしなそうだけど2日間うまく過ごせていけるだろうか。僕も住民票を読み込みエレベータに乗り込む。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
しばらくエレベータに乗り、扉が開いた。
ザザーン
と海の音が聞こえた。
海の上に建つ家の名の通りエレベータから降りた周りは海だった。
イメージとしては石油プラットフォームで、ヘリが離着地区出来そうな空母の甲板めいた場所に建っており海面までは目測20メートルほど、4本の柱で平面を支えているようであった。
柱には梯子のようなものも付いておらず、つまりは海に落ちたら2度とこちらには戻って来れそうもなかった。
そんな甲板の上に電光掲示板があり転居条件が書かれていた。
転居条件:滞在している間に魚の刺身を食べること
滞在可能日数:2日
「げ!魚の刺身持ってこればよかった」
僕も同じことを後悔した。
「家は多分あれですかね?」
僕が指さしたのは前方にある屋根付きの建物だった
「あれしかなくねー」
そもそもグラウンド並みの広さしかない平面に屋根付きの建物が1つあるだけである。これで海の家に建つ家でなかったら何なのだろうか。
家には玄関があり、扉の脇に呼び鈴が付いていた。
「はーめんどくさ、もうこれ引き籠り一択じゃね?」
トダユイはそういうと家に入っていく。当然僕も現状できることは思いつかないので家の中に入っていく。
中は狭かった。「田舎の十字路に建つ家」の半分ほどの大きさ。
トダユイは奥にあるベッドへと迷わず向かってそのままダイブした。
「そういえばトダユイさんの1回目の滞在場所はどんな場所だったんですか?」
「あーしは『舞台裏の宿直室』ってところが家で、『審査員を魅了しろ』とかいうのが条件だったんだけど、舞台と家の中にあるメイク道具使って普通にメイクしたら、3日目に審査員が魅了されましたみたいな案内が出てて転居できたんだよね。今思えば、ベッドの快眠ぶりが半端なかったのとアロマとかで、家の中がいい匂いしてたから、その辺の美容効果が売りの家だったんだって。てかエレベーターでそんなようなこと言ってたし。あーしにとってはボーナスステージみたいなもんだったわ」
「へーそれは良かったですね。僕なんかは…」
「それよか、寝てばっかだったから腹減った」
そう言うと、急に起き上がり、入り口近くにある冷蔵庫の方に向かって行った。
満足に喋らせてもくれないのか…
冷蔵庫の中は皮肉なことに並みの魚より高価そうな牛肉のステーキと思われるものが大量に入っている
「へー結構食料はあんじゃん。つーかこん中に牛と見せかけて魚の刺身混じってんじゃね?」
「その可能性もなくはないけど、それだと簡単すぎる気が」
「んじゃ牛肉餌に魚釣ってくださいってか?あーしは普通に食っちまうけどね。」
そう言うとステーキをレンジで温め始める。
僕はその間に家の探索を始めた。
5分後
それにしてもどことなくちぐはぐな印象を抱かせる家である。
まず、トイレはあるが風呂やシャワーは無かった。そして前回あったリビング用のテーブルはあるがダイニング用のテーブルはない、そして冷蔵庫、電子レンジはあるがガスコンロがなかったのである。
外も確認したが少なくとも現時点まで脅威となるような動物は現れなかった。ただ海の中は流石に覗き見ることしかできなかったので、中に何がいるかは分からない。
トダユイはと言うと、インスタ映えなどと言いながら、レンチンしたステーキに綺麗にソースを盛り付け、無骨な地面が映らないように、かつ海だけは見えるように、撮影していた。
登録済みのインスタの新着通知をみると、"いつもの"清純派の顔をしたトダユイが、「滞在4日目!優雅な海でランチ♩」というコメントと共に、さっき僕が直で見た景色をアップしていた。
撮影が終わると食い過ぎたのか、「ちよっとトイレ」などと言ってトイレに篭ってしまった。僕のトダユイのイメージが…
さて、やることが無くなってしまったので、本格的に攻略を考える。まず、トダユイが言ったように、ステーキを餌に魚を釣るのはありだと思ったが、釣り糸がない。
家にあるものの中で最長の物はトイレットペーパーだが耐久面で厳しいだろう。
次に考えたのは、布製の物を引き裂いて釣り糸にしようというものだった。ベッドのシーツを試しに破り、うまく長さを作ると海面になんとか届いた。リュックに入っている、ツルハシを針として釣りを始めてみるが待てども待てども魚はかからない。1時間ほど粘ったが全く持ってダメだった。
海の様子を見たいと思ったので、カーテンも破り、釣り糸をロープにして、海まで行ってみることを考える。ロープが破れてしまうことも考えると、トダユイの協力が必要だった。
未だトイレに篭っているトダユイを呼ぶため、トイレのドアをノックする。
コンコン
「トダユイさん、大丈夫ですか?」
返事はない。ステーキにヤバい物でも入っていたのか。でも僕も食べたけどなんともなかった。それにしても身じろぎ一つ聞こえなかった。
コンコン
「トダユイさん!」
もう一度声をかけてみる。
やはり返事は無かった。怒られるのを覚悟の上で、鍵を開けてトイレに入ることにした。
鍵は外から見ると棒が横になっていれば鍵がかかっている。縦なら空いている事を示すものだったので、財布から10円玉を取り出し、無理矢理鍵を開けた。
「入りますね」申し分程度に付け加える。
ドアを開けた。するとそこにはトダユイの姿が無かった。
窓が開いてのでそこから出たのだろうか?下を覗き込んでみる。
しかし、窓の外は絶壁になっており、海が見えるだけであった。
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