草むしりをしよう!

「え!? 今日もやってるの? まあまあ……本当にいつもゴメンね。……はい、オレンジジュース。お嬢ちゃん、好きだよね。ゴメンね~」


「いえいえ、お役に立てるなら何よりです。お気になさらず」


「あらまあ~! 今日もやってんのね。いいんだって! あなたばっか頑張らなくても」


「いえ、このくらいお手伝いさせてください。公園に雑草が多いと子供達が危ないですよね」


「お姉ちゃん、ありがと!」


「いいよ! その代わり遊ぶときケガには気をつけてね! まだ雑草残ってるから」


「うん!」


 日曜の朝八時。

 俺はなぜか傍らにデカい可燃ゴミ袋を置き、近所の公園の草むしりをしている。

 

 少し離れた所には、さっきから道行く近所のお婆さんや主婦の方とにこやかにやり取りしている魔王見習いのミヤ。

 そして、滑り台の下で無表情で草をむしっているのがその配下のマリ。

 

 何故か全く分からないがミヤは甚平。

 マリは相変わらずの赤いゴスロリドレス……ってか、公園で草むしりしてるゴスロリドレスって、シュールすぎて脳がバグりそうだ。


 いや、そんなのはまだいい。

 そもそも基本的な疑問だが……


「なあ、ミヤ。なんで俺たち……こんな事してるんだ」


「は? 愚か者めが! そんな事言わずとも分からぬか! それでも我の眷族か」


「いや、100年経っても分かりそうにないから聞いてる。お前そもそも悪の魔王の後継者になるべく、修行のためにこの世界にやってきたんだろ? なんで公園の雑草むしりして、感謝されまくってるんだ? 意味不明すぎるのと、暑さで頭がクラクラするんだよ……って、ひいい!?」


 しゃべってる途中で、いつの間にか隣に来ていたマリの右腕の針が俺の喉元に!


「図に乗るな下等生物。さっきから聞いてたら『お前』とか『意味不明すぎる』とか無礼千万。『お嬢様』か『皇女ミヤ様』だろうが。後、意味不明なのは同意するが、口にするのは不敬罪だ。処刑するぞ」


「マリ! 貴様まで……二人して我の闇にまみれた謀略を理解せぬのか! もういい、勝手にせえ! あっかんべろべろべ~」


 ミヤはそう言って舌を出すと、鉄棒周辺の草むしりを始めた。

 いや、理解できる奴なんてエスパーくらいだろ……


 そう思いながら、さっきのお婆さんから差し入れてもらったオレンジジュースを飲む。

 おお……旨い。

 マリも汗だくになりながら一本一気に飲み干した。

 いや、熱いなら着替えろよ。


 そう思ってると近くにワゴンが停まり、今度は近所のアパートに住むおじいちゃんが、ビニール袋に入った経口補水液数本とアイスクリームを持ってきた。


「いつもありがとな。でもここらで良いよ。後は自治会がやるから」


 そう言って笑顔で手渡すおじいちゃんにミヤは笑顔で首を振る。


「いいえ、この公園は大好きなのでやらせてください。みんなの笑顔見るの、楽しみなんです」


「ほんと、ありがとな。もうお嬢ちゃん見てるとほっとけないよ。こんな心の綺麗な子、見たこと無い……」


 そう言って何度も頭を下げながらお爺ちゃんは去って行った。


「……ふっ、愚かな。我の深淵のごとき暗闇も知らず。いずれその笑顔が絶望に代わると言うに……ぷぷ」


 そう言って両手で口を押さえて笑うミヤに俺は経口補水液を手渡しながら言う。


「え? これって実はすげえ悪事なの? どう見ても善意100パーセントのボランティアにしか思えなかったけど」


「ミヤ様……悔しいですが、私もその冥府の底より深きお考えを読み取れず……なにとぞご教示頂ければ」


 俺たちのどよんとした視線を受け、ミヤは表情を歪めながらあくどい笑み……のつもりの笑顔を浮かべた。


「全く、貴様らの浅知恵では分かるまい。では教えてやろう。我らがこうやって一見善意の行動を行う。すると……なにが起こっておる?」


「いや、みんなが感謝して、差し入れしてくれてるんだろ?」


「そうだ。これこそが我の狙い。……いいか。今は真夏で暑い盛り。熱中症警報も出ておる。そんな中で我らが草むしりをする事で、本来は涼しい自宅でくつろいでる奴らは……我らが気になるのじゃ」


「はあ。それがどう悪事に……愚考してみましたが、私にはさっぱり」


「たわけが! いいか、我らが気になることで、あやつらはゆっくり休めぬ。気になって差し入れをしておるからな。それは奴らの安息の時間を奪っておると言う事! ゆっくり休息できぬほど心身を蝕む物はあるまい。しかも! 差し入れによってあやつらの財産まで失われるし、酷暑の中動かねばならん。極めつけ! そのうちあやつらは我らを手伝うようになるぞ! そうすれば奴らの負担はさらに増す……名付けて『ゆでガエル作戦』我、天才!」


 俺は無言で経口補水液を飲んだ。

 マリも無言でまたもや一本飲み干した。

 経口補水液、あまり飲むと腎臓悪くするぞ……って、地の底の魔物だから関係ないか。

 ってか、太古の魔物って経口補水液飲むんだね。


「……ミヤ、それはそうとペンダントのメーター、確認したのか? たぶんヤバいことになってると思うんだが……」


「へえ!? しておらぬが、もう一時間近くたっておる。きっとうっすら赤程度にはなっておろう……へ?」


 ペンダントを見たミヤは、今にも泣き出しそうな顔で俺とマリを見る。

 ふむ、海のように綺麗な青だ。

 まさに善良な魂の印。


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 すっかり意気消沈したミヤとせっせと励ましているマリを見ながら、俺は差し入れしてもらったクロワッサンに、同じく差し入れしてもらったソフトクリームを乗せる。


 ふむ、良い出来だ。

 これこそ名古屋が日本に誇るスイーツ「シロ〇ワール」もどき。

 これこそもっと世に評価されるべき発明。


 俺は三人分のシロ〇ワールもどきの乗った皿と、またまた差し入れてもらったあず〇バーを三本持っていった。

 あず〇バーの箱には「いつもありがとね。おばちゃんも三人を見習って頑張るからね」とのメモも貼ってあった。

 悪の魔王って、見習われる物だっけ?


 俺はため息をつきながらソファに座ると、あず〇バーを取ろうとしたが……ない。

 あれ?


 不思議に思いながら顔を上げてみると、ミヤが無表情であず〇バーを二本交互にかじっていた。

 いやいやいや! それ、俺の!


 俺の抗議の視線に気付いたのか、ミヤはチラリとこちらを見るとニヤリと笑った。

 ぬおっ! やっぱわざとか。


「おい、ミヤ。それ俺のなんだけど」


「ふん。早くペンダントの事を教えぬからじゃ。べ~、だ! お前の物は全部我の!」


「あ、そ。じゃあこっちは俺が……」


 そう言うと、ミヤの目の前にあったシロ〇ワールを取ろうとしたが、その瞬間俺の手をマリが素早く掴んだ。


「間違うな。私はミヤ様のご意思で貴様と休戦しているに過ぎぬと言うことを」


 くっ……このゴスロリ女。


「ふん、そこまでして食べたいとは浅ましい奴よ。……そうじゃ」


 ミヤは急に意地悪い笑みを浮かべると、あず〇バーの棒の部分を足の指で挟み、俺の目の前に突き出した。


「ほれ、食ってみい。この屈辱を受けてなお食えるならば……やるぞよ」


 ぬ……ぬ。

 このクソガキ……人を馬鹿にするのも大概に……って、あれ?

 なんで……ドキドキしてる? あれ?


 俺は焦りのあまり表情を歪めると、俯いた。

 これは……マズい。

 なぜ……なぜだ。

 凄く……食べたい。

 あの足のアイス……を。


 いかん! 耐えろ。これをやったら……もう戻れない。


 唇を噛みしめて必死に耐える俺を見て、マリはポツリと言った。


「ミヤ様。ペンダントが……やや青色が薄れてきております」


「へえ!? ……ふおっ、まことじゃ! なんとなんと……ほうほう……マサト、貴様……苦しんでおるのか」


 そう言うと、ミヤは何かをひらめいたのか口を押さえてクスクス笑い出した。


「なるほどな。前も言ったが貴様と我は一蓮托生。そして……間違うな。お前は我にとってあくまで眷族。我のために身も心もむさぼり食われる存在。……ふっ、今度こそ貴様の苦しみ……頂く」


 そう言うとミヤは、再び足の指でアイスの棒を挟むと俺の前に突き出した。


「あれから考えたが、前回は言い方が甘すぎた。それゆえ逆効果だった。しかし、今度は間違わぬ。行動もセット。……ふふふ。マリ! マサトを押さえつけて床に転がせ!」


「御意」


 そう言うやいなや、マリは素早く俺を倒してミヤの足下に引きずった。

 いや……違うんだって……


「さて……今度こそ……悪夢を見せてやる。マリ、見ておれ。これこそが魔王」


 そう言うと、ミヤは足の指で挟んだアイスを寝転がった俺の口に押しつけた。


「ねえ、食べたいんじゃ無かったの? マサト……じゃなくて豚さん。口開けなさいよ。ほ~ら、あなたの大好きなエサだよ。……ふ~ん、あ、そ。そんなに食べたく無いんだ……あれ、この豚さんアイスがエサじゃなかったんだ」


 そう言うと、ミヤは冷ややかな笑みでアイスを取って皿に戻すと、履いていた靴下を脱いで俺の口元に垂らした。


「ごめんね。醜い豚さんはこっちの方がエサだったよね。……ほら、脱ぎたての靴下。食べたいんでしょ? 口開けて咥えなさいよ……ほら。はい、お口に付けてあげる……うわ! 汚れた靴下お口に付いてる! 脱ぎたての臭い靴下だよ……信じらんない!」


 からかう様な口調で話すミヤを見ながら、俺は必死に般若心経を脳内で唱え続けていた。

 ヤバいヤバい……耐えるんだ……無になれ。


 と、思っていた俺の頬をミヤの足の指が這い回った。


「靴下じゃダメ? ほんっとにダメな豚ね。じゃあこれはどう? ふふっ、信じらんない……女の子に裸足で顔触られて、ピクリとも動かないなんて……」


「ミヤ様、では私も……おい、下等生物。下等生物らしく私たちの足を舐めてみろ。できたら褒美に私たちの靴下をやる」


「だってさ~。ね、舐めるまで逃がしてあげないからね……可愛い子豚ちゃん」


 そう言ってクスクス笑うミヤの声を聞きながら、俺は頭に血が上りすぎて……


「……ぬ? おい、マサト! 貴様……鼻から血が。凄い量じゃ……おい、マズいぞマリ。拷問は中止じゃ! 早く手当を……マサト! マサト!」


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 次に目が覚めたとき、俺は柔らかく暖かい感触を後頭部に感じた。

 顔の上には、目を真っ赤にしたミヤが俺を見下ろしていた。


「すまん……すまんかった……まさか、あんな出血が生じるほどの傷を……脳内に与えておったとは。きっと顔を踏んだのがマズかったのじゃ。それとも、靴下で充分な呼吸が出来なかったことか……すま……ぬ」


 俺に顔にポタポタと涙が落ちてきた。

 ……えっと……ごめん。全然違う理由なんだけど。


「我が愚かじゃった。自らの眷族の身をここまで切り刻んで得る物など……ない。愚かな我を許しておくれ」


 いや……許すも何も……ってか……こいつ。


 俺はそっと手を伸ばすと、ミヤの頭を優しく撫でた。


「大丈夫だって、お前のせいじゃない。俺が勝手に気分を高ぶらせただけだ。お前は精一杯自分の役目を果たそうとしたんだろ?」


「でも……」


「お前は素晴らしい主になると思うよ。お前の望む形とは限らないかもだけど……俺は好きだよ」


「……へ?」


 一気に茹でたこのようになったミヤを見ながら俺は笑った。


「もう泣くなって。お前は俺のご主人様なんだろ?」


「……そう……じゃな。うん、そうじゃ。我は……」


「それに、さっきのは苦しんでたんじゃ無い。興奮して頭に血が上ったんだ。どこも傷ついてなんか無い。男の自然な現象みたいな物だよ。全然苦しんでもない。だからお前のせいじゃ……」


 そう言ったとき。

 それまで泣いていたミヤの目がぎょろん、と見開かれた。


「へ? おぬし……ケガでは……ないのか」


「え……いや……」


「ミヤ様。今、確認したのですがペンダント……青みが無くなっております。下等生物はかなり苦悩していたようですね。そして、たった今ハッキリ自分で言いました。『これはケガでは無い』と」


「と……言うことはマサト。貴様は苦しまず傷つかず、しかもペンダントも……ほう。これはこれは……」


 そう言うとミヤはニヤリと笑った。

 あ、こいつ普通にあくどい顔できるじゃん……

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