第20話 授業開始
朝礼。
教室の通路側、一番後ろの席が僕の席だ。隣の席にはラントが座っている。
ヒマリはラントの列(通路側から二番目)の一番前に座っていた。背筋が伸びきった綺麗な姿勢だ。
ハルマン副校長が教壇に立ち、黒板になにやら書き連ねた。
――――――――――――――
1位ホリー=パラソン
2位アルマ=カードニック
3位ヒマリ=ランファー
4位……。
――――――――――――――
順位と、クラスの生徒の名前がセットで書かれている。
なんの順位だろうか。
全ての生徒の名前を書き終えると、ハルマン副校長はこっちを向いた。
「入学前に試験した魔術練度、魔術知識の合計点の順位だ。これは恒例でね。我が校では一番初めにクラス順位を見せることになっている。己の立ち位置を知り、今日からの授業に取り組むように」
上位の人間は今の順位を
「嘘……私が、3位?」
クラス内、18人の中で、一番結果に落胆していたのは下位の人間ではなく、第3位のヒマリだった。
「先生! なにかの間違いではないでしょうか!」
「いいや、残念ながら正確な順位だよ」
ヒマリは立ち上がり、クラス内を見渡す。
「ホリー=パラソン! アルマ=カードニック! 誰、顔を見せなさい!」
上位2名の名前だ。
返事をする声はなし。
ヒマリの怒りの形相にビビったから名乗り出ないのか、いや、それともまさか――
「ホリーとアルマはここには居ない。彼らは不登校者だ。入学式にも出ていない」
「は……?」
ハルマン副校長の台詞に驚いたのはヒマリだけではない。
全員が同じことを思ったはずだ。自分は、不登校者に負けたのか、と。
「お笑いだよねー。このクラスのトップツーは不登校の問題児2人なんだからね」
ハルマン副校長はケラケラと笑う。
「〈ユンフェルノダーツ〉では実力がものを言う。実力のない人間はどれだけ素行が良かろうと、平然と落ちこぼれる。――120名だ。この数字がなにかわかるかね? ギャネット」
「……昨日の退学者の数、でしょうか」
「うんうん、すでにその情報を仕入れていたか。そう、昨日のレクリエーションで3クラスが退学処分となった。彼らが本来クラス校舎として使うはずだった場所はもう図書館に改造されることが決まった。君たちも、あと一歩でそうなっていた。緊張感を忘れるな、研鑽を怠るな。しがみつけよ、夢を掴むその時まで」
ハルマン副校長はそう言い残して教壇を降り、扉に向かう。
ハルマン副校長は教室を出ていく直前、僕に目配せをした。
わかってるさ。
意地でもしがみついてやる。死刑を殺すためにも、落ちこぼれてたまるか。
「シャルル……お前、大丈夫か?」
ラントが心配そうな目をしている。
「お前、ビリじゃん。心配だぜ」
「ラントだって19位……下から二番目だよ」
「……よし、真面目に授業受けるか」
僕とラントは目を合わせて頷いた。
◆
一時間目 魔術基礎Ⅰ
担当は皺の目立つお婆さん、メルディム先生だ。
「我々生物の体には無数の精霊が住んでいます。人は
初耳です、先生。
「しかし、私はこの魔力、魔術という呼び方は好みません。正確には魔力とは精霊の数を示すのですから
この先生の前では魔力は霊数、魔術は精霊術と呼んだ方がよさそうだな。
「古代より、どうやって体内の精霊に指示を出すか、それが課題となっていました。ここで問題です。精霊術が使い始められた初期、“第一世代”と呼ばれる世代では、どのようにして精霊に指示を出していたでしょうか。ミス・モニカ。答えてみなさい」
「はい。“第一世代”では命令文となる呪符を手書きし、指示を出していました」
「エクセレント。正解です。呪符に
「はい! 第二世代は言葉で精霊に指示を出していました。これを詠唱と呼びます!」
「エクセレント。正解です。現代、“第三世代”である我々は、第一世代と第二世代の合わせ技で精霊術を使っています。第一世代は呪符を書くのに手間がかかり、発動までに時間を
第一世代は速度に劣り、威力に優れた。
第二世代は威力に劣り、速度に優れた。
第三世代はどちらもカバーした完成形です。第二世代の詠唱により、呪符を刻む精霊術を発動する。その呪符を用いて、第一世代と同レベルの精霊術を発動させる。それが、第三世代です」
難しい話だな……。
呪符を刻むぐらいなら威力が低くても問題ない、だから詠唱で呪符を刻む。
その呪符から魔術を発動させる。なんとなくはわかった。
ならば、魔法陣はなんだ?
魔術を使う時、詠唱で呪符と共に魔法陣を道具に刻む。魔法陣にもなにか役割があるはずだ。
その説明を、メルディム先生は忘れてなかった。
「第三世代で現れた新しい要素、それが魔法陣です。魔法陣は循環の意味を持ちます。魔法陣は全て円形で描かれていますね? この円の上を精霊が走っていると考えてください。杖や剣に呪符と魔法陣を刻み、同時に魔法陣に自身の精霊を送り込む。魔法陣の上を走る精霊は目の前の呪符を見て、精霊術を発動させる。精霊術を発動させる
頭の処理が完全に追いつかなくなった。復習を重ねて理解するしかないな。
「くかぁー」
ラントなんかはとっくに理解を諦め、熟睡している。さっきの真面目宣言はなんだったのか。
◆
二時間目 魔術実習Ⅰ
第8修練場(ビャッコ舎に一番近い修練場)。
芝生の地面、周囲は壁に囲まれている。
どこかソワソワしているクラスの面々、教室という箱から放たれたから楽しくなる気持ちはわかる。一限目が窮屈過ぎたからな……。
「諸君、おはよう」
僕の心は深く沈んだ。
ヒマリと、ラントの顔も沈んだ。
現れた実習の先生は、黒いマントを羽織った男だった。
教務室で僕が顎を砕いた男だ。顎はすっかり治っているようで、傷一つなく、滑舌もしっかりしている。
「ままま、マジかよ……」
「落ち着いて。まだあの件は誰にもバレてないんだから。表情に出しちゃダメだよ」
黒マントの教師――ガラドゥーンは真っすぐと、僕の元へ歩いてきた。
「シャル~ル、アンリィ、サンソォン。私の顔に、見覚えは?」
「会うのは二度目ですね。実技試験以来です」
「……そうか。では改めて、よろしく頼もう」
ガラドゥーンは握手を求め、右手を出して来た。
僕は差し出された右手を握る。
「……っ!?」
「うぅむ」
僕がガラドゥーンの手を握ると、ガラドゥーンはさらに上から左手で僕の手を覆った。
両手で僕の手を撫でまわす。気持ちが悪い。
「ン~? この拳の感触。確かに覚えがあるのだがなぁ……」
「……気のせいですよ。離れていただけませんか?」
ガラドゥーンは僕の耳元に唇を寄せ、小声で話す。
「隠す必要はない。あの1件について、私がなにか言うことはない。なぜなら私が君を退学に追い込むことは私にとって不利益なことだからだ」
「……どういう意味ですか?」
「私は君に期待しているのだ。君という人間がこの学園でなにを成すのか非常に興味がある。哀れな執行人よ」
ガラドゥーンは僕から手を放し、皆の前に戻った。
「それでは授業を始めよう。今日、私が教授するのは初級魔術の“フレーミー”。火炎を生む魔術だ。ただし、その前に教えておくことがある。我が校に合格した諸君にとっては常識と呼べる話だが、お付き合い願いたい。現代の魔術とは、道具に魔導印を刻み、魔導具を作り上げ、魔導具を用いて発動させるもの。扱う際の注意点として、魔導印を刻む物体により魔術の発動形が変わるというものがある。例えば、杖に“フレーミー”を宿したら、炎はどういう形で出てくるかね? ヒマリ=ランファー、答えてみたまえ」
「杖を振ると、杖の先から炎の球が射出されます」
「正解だ。杖の性質は“射出・付与”である。【フレーミー】」
ガラドゥーンは杖に呪符と魔法陣を刻む。
ガラドゥーンが杖を振ると、杖の先から炎の球が現れ、発射された。
「ちなみに、魔法陣の輝きがその魔導具の残弾を示す。これはあと5回も振れば光を無くし、刻まれた魔導印も消え去るだろう」
僕は小声でラントに聞く。
「……ねぇラント、魔導印ってなに?」
「……魔法陣と呪符をセットにした呼び方だよ」
「列車などに刻まれているような永劫的に消えない魔導印を“エーヴィヒカイト”、こうして即席で作り上げる使い捨て魔導印を“アオゲンブリック”と呼ぶ。ラント=テイラー、次の問題だ」
ガラドゥーンは短剣を出す。
いきなり出た刃物に、クラスの……特に女子は怯えた。
「これに“フレーミー”を刻むとどうなるかね?」
「短剣の性質は“斬撃”。なので振ると炎の斬撃が出ます」
「正解だ」
ラントが答えられているところを見るに、いまやっていることは常識的なことなんだろう。
ガラドゥーンが短剣を振ると、炎の斬撃が出た。
武器種によって、魔術の発動形が変わるのか。面白いな……僕の洗礼術も杖に宿して使うと射出されるのかな。
「このように同じ魔術でも宿す器によって形は変わるわけだ。では最後に、これだ」
ガラドゥーンはゴム製の塊を出し、それに口を付け、ふーっと空気を送り込んだ。
風船だ。ガラドゥーンは風船を掲げる。
「風船に“フレーミー”を使うと、どうなる。シャルル=アンリ・サンソン。答えてみたまえ」
試すような目つきで、ガラドゥーンは聞いてきた。
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