第9話:紋章の覚醒 『特殊型:ゲーム』

 死のうと決意してから、もう三ヶ月が経った。結局、僕は臆病で、死ぬことすらできなかった。


 外は夏。太陽が眩しく輝いているというのに、僕の部屋の中だけは時間が止まったように無機質だ。ボーッとスマホを眺める日々。意味もなく指を動かし、ただ流れていく画面を追っているだけ。


 通知は鳴らない。誰も来ない。いや、来るはずがない。僕を心配するやつなんて、一人もいないのだから。


 画面の向こうには、あの光たちが笑顔で映っている。夏祭りに行った写真、海で遊ぶ動画。

 光たちが水着で並んで笑っている写真もあった。……そこに、僕はいない。

 いつもなら、あの輪の中にいたはずなのに。。

 光の隣に、楽しそうに笑う五十嵐が。

 最初から、そこがあいつの居場所だったかのように。


「よし……今度こそ、死のう」


 声に出してみても、震えていた。

 情けない。でも、もう終わりにしたい。


 親父はこんな時ですら俺を見もしない。

 気にかける素振りさえない──いや、最初から興味なんてなかったんだろう。


 学校にも居場所はない。

 友達なんて幻みたいなものだった。

 大切な場所なんて、どこにも存在しなかったんだ。


 否定したところで、何かが変わるわけじゃない。何を言っても、誰も聞いちゃくれない。

 なら──無駄な抵抗なんてやめよう。

 全部を飲み込んで、終わりにすればいい。


「来世は……いい人生になりますように」


 そう祈るみたいに呟いて、僕はロープを結び、椅子を置いた。

 これで終わる。そう思っていた。


 ──コトン。


 足元に何かが転がってきた。

 視線を落とすと、それは小さな“鍵”だった。


 どこから落ちた? 僕の部屋にはそんなもの置いてなかったはずだ。

 銀色に鈍く光る古びた鍵。まるで俺を呼ぶようにそこにあった。


「……鍵?」


 ロープを握る手が、知らず緩む。

 死ぬはずだった僕の心に、ほんのわずかな引っかかりが生まれた。

 それは、偶然か──それとも必然か。


「これは……?」


 拾い上げた瞬間、手のひらに伝わる冷たい感触。

 普通の鍵じゃない。やけに重く、古びた装飾が施されている。


 あ──そうだ。思い出した。

 これ、親父から唯一もらった誕生日プレゼント。

「いつか役に立つ」なんて曖昧な言葉と一緒に渡されたものだ。

 けど結局、僕は使い方も分からずに机の奥にしまい込んでいた。


「……どうせ死ぬなら、最後くらい──」


 僕は鍵をじっと見つめた。

 死ぬ前の気まぐれ。未練なんてないはずなのに、なぜか胸がざわついた。


「これを……使ってみるか」


 そう思い、何もない空間に鍵を差し込んだ。

 すると、忽然と一枚のドアが現れた。そして僕は、そのドアをゆっくりと開いた。


 目の前に広がっていたのは、異様な空間だった。無数のブロックが規則的に組み合わさり、巨大な迷路のように地面が形成されている。

 その地面を取り囲むかのように、空間全体が無数のブロックで覆われ、閉ざされた世界だ。


 中央には得体の知れない魔物が佇んでいた。見たこともない異形の姿——新種の魔物かもしれない。


「逃げなきゃ……!」


 そう焦ったが、振り返ってもドアは開かない。


「くそっ、くそっ、くそっ……!」


 何度も鍵を差し込んで試みるが、頑なに閉ざされたままだった。魔物が迫ってくる。


「どうする…どうすれば…!」


 一瞬の隙をついて、全力で横に飛びのく。

 くっ…避けろ、避けろ…!息が切れ、汗が額を伝う。魔物が再び襲いかかる。


 待てよ……。

 もういいんじゃないか?

 僕には生きてる価値なんてない。

 どうせ死ぬつもりなんだ。だったら、ここで全部終わらせたって構わない。


 ――そうだよ、もういいじゃん。


 瞼を閉じた瞬間、世界が闇に沈む。

 死を受け入れた僕の前へ、魔物が走り寄る音が響く。

 大地を抉る足音、振り下ろされる鋭い爪――

 それが視界に迫り、眼前まで影を落とす。


「これで……こんなクソみたいな世界とは、お別れだ」


 そう思った、その瞬間。


(……何してんだよ、僕)


 声が頭の奥で響いた。

 気づけば体が勝手に動いていた。

 死を望んだはずの俺の手が、必死に身を守るように伸びている。

 足が地を蹴り、爪を避けるように跳んでいた。

 どうやら、僕は――自分が思うより、ずっと生きたかったらしい。


 ああ、そうだ……。

 僕はいつだって、他人に人生を委ねてきた。

 あの時の決断も、あの時の選択も――全部、誰かの判断に任せて、自分は何ひとつ選んでこなかった。

 だから、ここで死ぬにしても……最後ぐらいは違うだろ。魔物に食い散らされて終わるんじゃなくて。

 ただ流されて終わるんじゃなくて。

 最後くらい、自分の手で、自分の意思で……僕の人生を終わらせたい。



「死に方ぐらい選ばせてもらう!!」


 僕は必死に身をかわし、右手の人差し指を魔物の左目に突き立てた。

 ぐちゅり、と嫌な感触。吐き気が込み上げる。

 ――気持ち悪い。こんなこと、本当はしたくない。でも、どうせ死ぬんだ。

 だったら、自分のやり方で終わらせる。それでいい。


 そう思った瞬間――。


 魔物は絶叫をあげ、崩れ落ちた。

 僕も同時に、全身の力が抜けていく。

 ……終わった。これで、僕の人生も――


『レベルアップしました Lv1 ▶ Lv2』


 脳内に直接響く、あり得ない声。

 その瞬間、僕は知った。

 この終わりだと思っていた戦いこそが、僕の人生を変える始まりだったのだと。


♢♢♢

明日は12時に投稿します!

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