ファミレスフレーバー

一寿 三彩

僕たちの集合場所



 僕たちは、まるで我が家のような面持ちのファミレスへと来ていた。お金のない大学生よろしく顔を突き合わせてドリンクバーと、ポテトもついでに頼んだ。


「別にいいじゃねーか。ポテトもカリカリで美味いし、飲み物だって飲み放題だ。それに、もしこんな汗だくの男が入ってきたら、いい店の店員は怒り狂って俺たちを追い出すぜ?」


 桑重がプラスチック製のコップの中をカラカラとかき混ぜる。薄くなったコーラがあたりに飛び散るのも気に止めず


「な? だからこれでいいんだよ、これで」と適当なことを言った。


 仏頂面で屁理屈をこねるのは、学生の頃から変わっていない、それに氷をストローで突っついて徐々に氷を削って弄んでいるところも。


「別にどの店に入っても嫌がられたりしないって」


 励ますように僕は言ったが、桑重は首を振った。


「いいや。絶対そうだ。いい店の店員はそれなりにプライドがあるんだよ。客を選んでんだ。この人はふさわしい、こいつはダメだな、とか」


 どこか具体的な店を思い浮かべているのだろうか、もしかするとそのお店で嫌な思いをしたのかもしれない、と僕は勘ぐる。


 それからも、桑重は僕たちがこのファミレスに入るべくして入った理由を熱心に屁理屈に屁理屈を重ねて述べた。


「じゃあ桑重の言う、そのいい店とやらに行こうと思ったら僕達は門前払いを食らうことになるんだ?」


「なる。絶対なるぞ、尻を蹴飛ばされて追い出されるに違いない」


「それは、ダメだね」


「だろ? だからファミレスで良かったんだ」


「そうかあ、そうだね。もし違ったら悪いんだけれどさ、なんか嫌な目にでもあったの? その口ぶりだともう既に門前払いを受けたあとみたいに聞こえるよ」


「……お前って奴は、お人好しな顔しといて嫌なとこを遠慮なく突くよな。吉野の悪いとこがでてるぜ?」


「違ったら違ったでいいんだ。悪かったよ、変なこと聞いて。もしかすると彼女とお高めのレストランにデートに行ったけどドレスコードに引っかかって追い返されたのかと思ったんだ」


「まじで見てたのかってくらい、具体的なシュチュエーションどうもありがとう」


 皮肉混じりに桑重はつんと言った。


 しかしまあコーラをこんなふうにかき混ぜる客を迎え入れる方も勇気がいるよな、とも納得してしまう。桑重には悪いけど。彼には過去に残した数々のはた迷惑な伝説があるのだ。




「俺と一緒に長いこと過ごした奴は、たいてい俺と同じ匂いをさせてるから、お前も俺と同じだからな」


 類は友を呼ぶというだろ? と自信満々に言うので僕はすっかり呆れる。そんなことない思うよ、と間髪入れずに言ったけれど「あ、このポテトなっが」と彼の耳はそれを都合よく聞き流したようだった。



 こんな軽快なやり取りからは考えられないが、桑重と会うのはおおよそ3年ぶりだった。

 昨日の夜、大学の卒業以来会っていなかった彼から突然連絡がきた。なんだなんだと身構えていたが、息抜きに出かけようという至ってシンプルな内容だったので僕は二つ返事で快諾した。



 この3年間なんの音沙汰もなく、わざわざこちらからも連絡を取ろうとはしなかったため少し会うのには抵抗があった。変わってたらどうしよう、どんな話をしていたっけと気を揉んだが、杞憂だったみたいだ。


 心配している物事の大半は杞憂に終わる。


 しかしこれが不思議なことに心配してない時に限ってハプニングというものは起こってしまうので、その現実を知っている僕は心配事のない時の方が少なかった。


 もはや心配することが自分の使命のように、毎日代わる代わる心配事を抱えては、うじうじしながらそれが無事に過ぎ去るのを待つ。


 疲れない? とよく言われるけど、疲れる。けれど、疲れたらもういいやとその心配事を放り出してしまえる雑さも併せ持っているので、おかげで今まで何とかやってこれていた。


 それに僕は桑重といると、心配事とは無縁でいられるらしいのだ。


 大学時代、それが何故なのか分からなくて不思議だったけれど、今思えば突拍子のないことをしでかす彼の思考が全く読めず、心配するだけ無駄、というのが無意識のうちに僕の頭がたたき出した答えだったのだろう。だから、桑重といると楽だった。



 ファミレスでこれでもかとくつろいでいる桑重は、大学の時から全く変わらないジーンズにTシャツといったラフな格好で現れた。

そういえば昔もこんなふうにファミレスで時間を潰していたなあと思い出す。


 物思いにふけっていると目の前に影が落ちてきて、ふと我にかえる。


「え、なに。どうしたの」


 その影はすくっと立ち上がった桑重のものだった。彼は間仕切りの向こうのテーブルへ顔を突き出して「おい」と声をかけていた。


 同じ席で飲んで酔っ払った友人が、他の卓へと迷惑をかけだした時のような気持ちになる。頼むからやめてくれ、と。


 こんなにも子供も大人もウエルカムな安全地帯ファミレスで、そんな光景を目の当たりにするなんて想像もしなかった。


 この人シラフだよな? と頭の端っこでチカチカ光ったが、ソフトドリンクのドリンクバーだったことを思い出し僕は桑重のシャツの裾を引っ張って止めた。


「ちょっと、なにしてんの」


「吉野、吉野」と桑重は興奮気味に僕の手をぺちぺちと叩き、ほら、ほら見ろよ、と促す。


「僕はいいって、座ってよ桑重」


 乗り出して、今や身体ごとそちらに落ちそうなくらいもたれかかっている桑重のTシャツの裾を掴んで引き止める。


 ああまた迷惑を振りまいているぞと思って、ここからは見えないがおそらく迷惑を被っている貧乏くじの卓にひとつ詫びを入れなければと中腰になった。そういえば、あの頃から僕は桑重の謝り係だった。


 全然名誉でも何でもなけれど、僕は桑重のためにペコペコと幾度となく頭を下げてきたペコリストだった。


 3年の時を経てまた僕の出番かとテーブルをのぞきこんだ時「すみません」の言葉が喉の淵でつっかえた。


「ほら、三好と元木だ」


 品格から縁遠いところに位置している桑重はにこやかに指をさした。


「あれ、桑重と吉野だ!」


 向こうもぱっと顔を明るくさせて僕たちを振り返った。間仕切りの向こうにいたのは大学時代の友人二人だった。


「なんか聞き覚えのある喋りが聞こえてくるなあ、って三好と話してたとこ。な?三好」


 元木が変わらないいたずらっ子のような笑顔で三好に頷きかけた。


 元木は小柄で、子犬のような童顔をしている。それが本人はコンプレックスらしいが、女子から高嶺の花扱いされていた大学当時、僕は羨望の眼差しで彼を見ていた。


 今でもその童顔は変わらず、高校生のようにも見えるが、やはり会っていない分の年はとっているようだった。


「やっぱり桑重くんと吉野くんだったね。元木の予想どおりだ」と三好はポソりと小さい笑顔を添えて言った。


 三好はトレードマークの黒ふちのメガネをかけている。それが今も変わっていないことがちょっと嬉しかった。


 長いこと会っていない期間で雰囲気ががらっと変わっていたりすると、僕は寂しく感じる。変化は新鮮だが、あの頃と変わっていないことに安心したいという思いの方が強い。



「こんなところで4人そろうなんて、奇跡だね」


 久しぶりに会った桑重とふらっと入ったファミレスで友人2人に会えるなんて、僕の声は思ったより弾んでいた。


「奇跡じゃねえよ。起こるべくして起こしたんだ」


「でた、桑重の謎の自信! 懐かし〜」


 あの頃と変わらない人懐っこい笑顔で元木が頬杖をつく。


 それから僕達はもともと待ち合わせていたかのように2人の座る席へと移動し、あの頃に戻ったかのようにファミレスで顔を付き合わせることになった。


 そうなれば必然的に学生時代の話に花が咲くかと思われたが、一息ついてすぐ桑重がまるで政治家の答弁のような面持ちで爆弾発言をした。



「俺さ、息子ができたんだ!」と。


 ストローで吸い込んだ飲み物が鼻から出てきそうだった。ぶふぉっとむせる。はっきりとなんの淀みもなくそう発表されたおかけで、聞き間違いという選択肢にはいたらなかった。


「待って、桑重。結婚してたの?」


「ううん。してないけど」


「じゃあ彼女は?」


「ん? レストランから追い出された時に振られたけど」


「うん?」


「え?」


「それ、大丈夫?」


 僕たちの頭の中は皆それぞれ想像を膨らませていることだろう。数々のトラブルを何故か丸く収めることのできた桑重が、ついに、ついにやってしまったのかと。



 いつかやると思ってました、とインタビューを受けたなら答えるだろうけれど、まだ、まだ分からないぞ。


 彼が型破りな性格なのは百も承知だが、こんなにも嬉しそうに息子ができたことを喜ぶということは、僕達は何かまだ重要な部分を聞き出せていないに違いない。


「えっと、つまり……どういうこと?」


 三好が顔をひきつらせながらズレたメガネをなおした。僕達三人の困惑の表情と桑重の無垢な笑顔。


 これが今現在、進行形でひとつのテーブルを囲んでいるとは如何にも信じがたい事実ではあるが、無論、夢なんかではない。


 僕達は神妙な面持ちで桑重が口を開くのを待った。

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