第43話 わたしの声が届いたあと 🪻

 発表を終えたあと、私はそっと席に戻った。

 胸の奥が、ぽかぽかしていた。

 緊張はまだ少し残っていたけど、それよりも、話せたことがうれしかった。


 白石先生が、ゆっくりと前に出てきた。

 先生は、私の方を見て、やさしくうなずいてくれた。


「ひよりさん、ありがとうございました。

 風の記憶、水のつながり、星の光……。

 どのページにも、ひよりさんの気持ちがしっかり描かれていましたね。

 とても静かで、でも力強い発表でした」


 私は、うれしいような、ちょっと照れくさいような気持ちで、そっとうつむいた。

 でも、嫌な気分じゃなかった。先生の言葉が、心にすっと入ってきた。


 りくくんにペンでつつかれて、保護者席の方を見ると、ひかりさんがにっこり笑っていた。

 軽く手を振ってくれている。私は、そっと手を振り返した。


 私は姿勢を正して、持ってきていたスケッチブックの表紙をそっとなでた。

 まだ余白はあるけれど、その余白が、もうこわくなかった。

 それは、これからの「わたし」が入る場所だから。


 私の発表が終わって、みんなもどんなふうに話せばいいのか、少しわかったみたいだった。

 プレゼンルームの空気が、すこしだけやわらいだ。

 みんなの顔が、やさしく見えた。


「それでは、つづいての発表にうつります」


 白石先生の声が、静かに響いた。


「やばい、緊張してきた……」


 自分の番じゃないのに、りくくんが小さく震えている。

 「なんでだよ」と、ゆうとくんがすかさずつっこむ。


 次に前に出たのは、そうたくんだった。

 いつものようにエプロン姿で、すっと立ち上がる。

 私たちにとっては、見慣れたいつもの姿だ。


 そうたくんは、スクリーンの前に立つと、エプロンのポケットから小さなレシピノートを取り出した。

 表紙には「洞爺湖のパスタ」と書かれていて、手書きのイラストが添えられていた。


「オレは、旅の中で作った料理のことを発表します。

 パスタ、ジンギスカン、野菜のグリル……。

 みんなが食べてくれたときの顔が、いちばんの思い出です」


 スクリーンには、料理の写真と、食べているみんなの笑顔が映し出された。

 そうたくんは、地元の食材の紹介や、調理の工夫を語った。


 そして、最後に作った夏野菜カレー。

 トマトやピーマンを炒めるにおいが広がっていたこと、班に分かれて作業したこと、みんなでわいわい食べたこと――。

 そのときのにぎやかな空気が、スクリーンの写真からも伝わってきた。


「オレがメインで作ったわけじゃなくて、みんなのサポートをしました。

 皮をむいたり、包丁がむずかしいところだけ手伝ったり。

 目立たないけど、みんなが安心して料理できるように、がんばりました」


 そうたくんの声は、少しだけふるえていたけど、まっすぐだった。

 私は、そっと手をにぎった。

 そうたくんの料理は、あたたかくて、やさしい味がした。

 その味が、今も心に残っている。


 発表が終わると、保護者席から拍手が聞こえた。

 強くはないけれど、やさしくて、静かに広がっていった。

 みんなの表情も、ふわっとやわらいでいた。


「お昼たべたのに、お腹減ってきたよ……」


 りくくんのつぶやきに気づいたみのりちゃんが、ちらりと彼の方を見て、口もとに指を立てた。


 私は、そうたくんの背中を見ながら、なんだかうれしくなった。

 料理って、味だけじゃなくて、気持ちも伝えてくれるんだなって思った。

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