第20話 そうたのキッチンと、ひよりの一歩 🍅
夕方。宿泊施設の中は、しんと静まり返っていた。
今日は2日目。みんな、森の探検でちょっと疲れたみたい。部屋でゴロゴロしている子も多い。
私はなんとなく食堂に向かって歩いた。
木の床が、ぎしっと鳴る。さっきの森の音が、頭の中でよみがえる。
廊下の奥から、トントン、と包丁の音が聞こえてきた。
キッチンの扉が少し開いていて、そっとのぞいてみる。
そこにいたのは――そうたくんだった。
エプロン姿で、野菜を切っている。
曽根先生が隣で「それ、もう少し細くね」と声をかけると、そうたくんは「はい」と返事した。
……え? そうたくんが料理してる?
私は思わず立ち止まった。
そうたくんは地元の子で、元気でまっすぐ。思ったことをすぐ口にするタイプ。
ちょっと話しかけづらいと思っていた。
でも今は、料理をしている。しかも、すごく楽しそうに。
「ひよりちゃん、見に来たの?」
曽根先生が気づいて、やさしく声をかけてくれた。
「そうたくん、料理が好きなんだよ。今日は特別に手伝ってもらってるの。夕食のとき、みんなにサプライズで紹介する予定なんだけど……」
どうやら、一緒に夕食を食べていくらしい。
うなずくと、そうたくんがちらっとこっちを見た。
何も言わずに、また野菜に向き直る。
「……私も、少しだけ手伝ってもいいですか?」
曽根先生は、にっこり笑って「もちろん」と言ってくれた。
私は手を洗って、そうたくんの隣に立った。
包丁は使えないから、トマトをそっと洗って、食器を並べることにした。
何を話せばいいかわからなかったけど、そうたくんの手元を見ながら、静かに動いた。
そうたくんは、何も言わなかった。
でも、ほんの少しだけ、口元がゆるんだ気がした。
キッチンの窓から、夕焼けが差し込んでいた。
オレンジ色の光が、まな板の上の野菜をやさしく照らしている。
「オレもスクールトレインに参加するから、よろしくな」
その言葉に、私は目をまるくした。
「おっと、まだ秘密だった」
そうたくんは、口元に人差し指を立てて「しーっ」と言った。
私は、はっとした。
そうたくんが参加するって、みんなはまだ知らない。
でも私は、先に聞いてしまった。
──これから、どうなるんだろう。
そんな気持ちが、胸の奥でふわっと広がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます