第23話 それぞれの報告

 全身に激痛が走るなか、俺は保健室のベッドで天井を見つめていた。検査の結果は、右腕の骨折と全身の筋肉損傷。まともに動ける状態ではなかったらしい。にもかかわらず、その日の放課後にはベッドから起き上がれるほど回復していた。保健室の先生が優秀なのか、それともこの学園の医療技術がとんでもないのか……どちらにせよ、化け物じみている。右腕だけはまだ包帯でぐるぐる巻きのままだが、それでも命が助かっただけで十分だ。


 そんな状態の俺は今、クロード先生の呼び出しで職員室にいる。隣にはルビアとエリーナ。いずれもダンジョン実習で問題を起こした張本人だ。呼び出された理由は察している。あの件――マンティクローとの戦闘についてだ。


「お前ら、なんで呼び出されたか、わかってるか?」


 机の前で腕を組むクロード先生の声には、あきらかに怒気が含まれていた。俺が反省の色を浮かべる中、エリーナだけは首をかしげている。


「全く心当たりがありませんわ」


 その一言で、室内の空気がピリついた。クロード先生は目元をしかめ、声を荒げる。


「俺は言ったな? 一人になったり強敵と遭遇したら、即座に帰還の札を使えと」


「ええ、言ってましたね」


「ならなぜ使わなかった、エリーナ・グレイシャル!」


 怒鳴られても、エリーナの態度は変わらない。


「強敵なんていませんでしたし、ミーナも傍にいました。先生の言っている条件には当てはまりませんわ」


 本人にとっては真面目な返答なのだろう。だが、それが問題だ。彼女にとってDランクのマンティクローは“強敵”ではなかったという。実際、冷気で瞬時に氷漬けにして粉砕したのだから嘘ではない。しかし、周囲の教師にとっては扱いにくい生徒だろう。


「もう、何もないようでしたら帰りますわね。ミーナを待たせているので」


 エリーナは悠然と職員室を後にし、残されたのは俺とルビア。そしてクロード先生のため息だけが静かに響いた。


「次はアレン・グレイバーンとルビア・アーデル。お前たち、なぜマンティクローと戦った?」


 問いかけられた瞬間、俺は覚悟を決めて口を開いた。


「クラスメイトを見捨てるようなこと、グレイバーン家では教えられてません」


 自分でも青臭いと思ったが、それが本心だ。見捨てられなかった。ただそれだけだ。


「グレイバーン家はどうか知らんが、ここは探索学園オルビスだ。生きてこそ次がある。お前の判断は、下手をすれば死体を一つ増やすだけの行動だ。反省しろ」


「……はい」


 素直にうなずくしかなかった。あの場ではそうするしかなかったが、教師としての立場なら、そう叱るのも当然だ。


「ルビア・アーデル。お前はどうなんだ?」


「手負いのモンスター程度、強敵にはなりません!」


 その返答に、先生は苛立ちを隠さなかった。


「言い訳はいい。お前は単独行動をしていたな? 一人になったら帰還の札を使えと指示したはずだ」


「指示されました……」


「なら、なぜ使わなかった?」


「みんなを助けたかったからです」


 一瞬、先生の目が細くなった。しかし、その後に続いた言葉は意外にも静かだった。


「その正義感は否定しない。事実、お前のおかげで助かった命もある。だが、それが新たな犠牲を生む可能性もある。次からは教師の指示に従え」


「……わかりました」


 ようやく、説教が終わった。


「反省したならもういい。帰ってよし」


 俺たちは頭を下げて職員室を出た。廊下を歩くとき、ルビアの表情は明らかに不機嫌だった。しばらく我慢していたのか、ついに堪えきれなくなったようだ。


「なによ、指示に従えって! 従ってたら誰か死んでたかもしれないでしょ!」


「……まぁ、そうかもしれないけど」


「私、今後も自分の判断で動くから!」


 怒気を含んだ声に、俺は困りながらも笑ってしまった。


「なるべくは教師の指示に従おうな。ほんと、頼むから」


 どうにかこうにかルビアをなだめながら、俺たちは廊下を進んでいった。明日には、彼女の機嫌も戻っているといいのだが。


◇ ◇ ◇


 そして――職員室ではクロード・ヴァレンティスが一人、報告書をまとめていた。


「ふぅ……」


 深いため息がもれる。エリーナ・グレイシャルの規格外ぶりに加え、ルビア・アーデルとアレン・グレイバーンの頑固さ。問題児三人は今後、確実に学園をかき回すだろう。


 それにしても、気がかりなことがあった。


「……なぜ、Fランクダンジョンの二層に、マンティクローがいた?」


 マンティクローは確かに“万渦の森”に生息しているが、それはもっと深層の話だ。階層を越えて縄張りを変えるなど、本来あり得ない。例外があるとすれば――アビスライズの前兆か、誰かの意図的な操作。


「騎士団に報告すべきか……」


 そうつぶやきながら、彼は万年筆を走らせる。


 その時、背後から声がかかった。


「クロード先生、今日のダンジョン実習でトラブルがあったと聞きました」


 黒髪に眼鏡をかけた女性教師、エリカ・グレンドル。Cクラス担当の彼女は、真面目そうな外見に反して、どこか抜けた雰囲気がある。


「マンティクローが出た。しかも二層でだ」


「それはまた……今年のFクラス、大変ですね。で、死者は?」


「奇跡的にゼロだよ」


 その言葉に、エリカは軽く目を見開いた。


「ほう。今年のFクラスは違うかもしれませんね」


「どうだかね」


 そう答えながらも、クロードは内心、期待していた。もしかしたら――今年こそ、Fクラス初の卒業生が現れるのかもしれない。

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