第21話 決意の拳、命の危機
マンティクローの後ろから剣での渾身の一撃を叩き込む。マンティクローの頭へ剣が当たるが斬れない。渾身の力を込めて剣を振るった。狙ったのは大体の生物の弱点である頭部。確実に急所を打ち抜くつもりだった。だが、手応えは想像とは異なり、固い殻に阻まれたように刃が止まり、甲高い音が空気を裂いた。思ったよりも外皮が固いようだ。新しい獲物が来たのが嬉しそうにギシギシと変な鳴き声を上げる。
その音に呼応するように、マンティクローの黒く濁った目がぎょろりとこちらを向いた。その視線は明らかに獲物を見つけた肉食獣のそれだった。ギシギシと軋むような音を立てながら奇怪な鳴き声を上げ、体を揺らすように動き出す。喜んでいるようにすら見えるその姿に、寒気が背筋を這い上がる。
自分の攻撃が通じない。逆にこの距離で反撃されれば、命は容易く奪われる。剣を構えた腕が微かに震える。喉が渇き、唾を飲み込むことすら忘れるほどの緊張に支配されながらも、俺は剣をしっかりと構え直し、クラスメイトたちに向けて叫んだ。
「おい、全員! 帰還の札を使ってダンジョンから出ろ!」
「無理なんだ! あのカマキリの化け物に札を斬られて、使えなくなった!」
声を返したのは、土壁の前に押しやられた男子生徒の一人だった。血で赤く染まった足を引きずりながら、こちらに助けを求めるような目を向けてくる。マンティクローに帰還の札を斬って獲物を追い詰めるほどに知能がある事に驚く。
「全員か!? 一人も帰還の札が残ってないのか?」
「そうだ! だからもう、逃げられないんだよ!助けてくれ!」
辺りを見渡すと、誰もが絶望の色に染まった表情を浮かべていた。足を斬られ、動くことすらできずに倒れている者も複数人いた。全員が帰還の札を失い、そしてこの場に閉じ込められている。
「俺が注意を引く! 動けるやつは何でもいい、攻撃しろ!」
「無理だ……俺たちの攻撃は全部弾かれる……!」
「ガイルでもか!?」
パワータイプのガイルなら、まだ可能性がある。そう思っていたが、当の本人はうつむて震えながら答える。
「すまない……俺の攻撃、全部かわされた。俺は……何もできない……」
その言葉が、場に沈黙をもたらした。ガイルの攻撃を全てかわせるのかと疑問に思ったが今はそれどころではない。絶望に満ちたガイル含めたクラスメイト達は役にはたたないだろう。今、マンティクローに立ち向かえるのは、俺一人しかいない。
深く息を吸い、意識を集中させる。格上の相手と戦う経験はある。親父との稽古では、何度も叩きのめされ、骨が軋む痛みに耐えてきた。だがあれは、命までは取られなかった。今回は違う。その違いがどこまで影響し、本当の殺し合いでどこまでやれるかわからないがやるしかない。
そう思った次の瞬間、視界からマンティクローの姿が消えた。どこだ、と目を凝らすよりも早く、脇腹に強烈な衝撃が走り、身体が宙を舞った。息が詰まり、背中から地面に叩きつけられる。
視界が歪む中で、マンティクローがゆっくりと歩み寄ってくる。まるで楽しんでいるかのような動きだ。完全にこちらを見下している。だが、こっちには切り札がある。
親父から禁じられていた技。未熟な俺には扱いきれないと言われたが、今は使わざるを得ない。
「ブレイクリミット」
その言葉と共に、身体の中が熱を帯びたように火照り、全身の筋肉が一気に活性化する。視界が開け、時間がゆっくりになったように見えた。無理やり肉体の限界を突破させる大技、外したら終わりだが先生を待つための時間稼ぎもできないと判断しての行動だ。
剣を捨て、拳を握る。この力では剣がもたない。マンティクローとの距離を一気に詰め、目にも止まらぬ速さで拳を叩き込む。拳が命中した瞬間、マンティクローの硬い殻が割れ、手応えと同時に確かな衝撃が返ってきた。
マンティクローの体が吹き飛び、地面を転がる。それを見届けた直後、ブレイクリミットの限界が訪れる。全身の力が抜け、膝をついた瞬間、全身の筋肉に鋭い痛みが走った。右手は変形し、骨が折れているのがわかる。
「やったのか……?」
誰かが呟く。希望がかすかに広がりかけたその時、いつでもダンジョンから帰還できるように左手に持っていた帰還の札が音もなく真っ二つに裂けた。
目を上げると、紫色の血を流しながらも、マンティクローがゆっくりと立ち上がっていた。目が、いや、全身が怒りに満ちている。両手の鎌を振り上げ、こちらへ向かってくる。
もう動けない。クラスメイトを助けようとしたことに後悔はない。だが、これで終わりかと思うと家族に申し訳ない。
そう思った瞬間、俺の前に一人の赤髪の少女が飛び込んできた。
「アレン、まったく何やってるのよ。幻惑花を一緒に取りに行こうと思ったのに、いなくなるんだもん」
ルビアだった。彼女の剣が、俺に振り下ろされようとしていた鎌を受け止めていた。
その一瞬の間に、希望の光が戻ってきた。俺の目には、彼女の背中がやけに大きく、頼もしく見えた。
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