第2話 豪快な仲間と、勇気の一歩

翌朝。

俺と澪は、再び城を出発する準備をしていた。


空はどこまでも青く、昨日の戦いの疲れがまだ残っているのに、不思議と気持ちは軽かった。

……いや、正直に言うと、少し浮かれていた。


澪と並んで歩き、同じ目的地に向かう。

それだけで、胸の奥が熱くなる。


だが――そんな俺の気持ちは、次の瞬間、盛大に打ち砕かれることになる。


「よーっ! 勇者サマ、噂は聞いてるぜぇ!」


背後から、陽気で豪快な声が響いた。

振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、驚くほどグラマラスな女性だった。


長い赤毛をポニーテールに結い、鋭い金色の目に勝ち気な笑みを浮かべている。

何より目を引くのは、彼女の胸元だった。

鎧の上からでも分かるほど、豊満すぎる胸が強調され、こちらが目を逸らしたくなるほどだ。


「お、お前は……?」


俺が戸惑っていると、彼女はどかっと俺の背中に抱き着いてきた


「アタシか? アタシはリオーネ! この国の騎士団副団長だ! 今日からお前の世話を焼くことになった!」


俺は思わずよろめいた。

なんだ、このパワフルさ……!


「ちょっと、リオーネ。あなた、また初対面の人に失礼よ」


澪がため息をつく。

リオーネと呼ばれた彼女は、全く悪びれずに澪を見て、大笑いした。


「いーじゃねぇか、勇者サマは丈夫そうだしよ! これくらいで壊れちゃ困るぜぇ?」


……豪快すぎる。

地味子――いや、澪とは真逆のタイプだ。


「ま、遠慮はいらねぇ! これからガンガン鍛えてやっからな!」


そう言うやいなや、リオーネは俺の腕をがしっと掴み、無理やり馬に乗せた。

その隣に、彼女自身も飛び乗ると、満面の笑みで俺の肩を叩く。


「さぁ、行こうぜ勇者サマ! 振り落とされるなよ!!」


俺は振り落とされそうになりながらも、必死で馬にしがみつく。


「おい、ちょ、もう少し優しく……!」


「はははっ! 戦場じゃそんなこと言ってられねぇんだよ!」


馬はものすごい勢いで走り出し、風が顔を打つ。

隣ではリオーネが楽しそうに笑い、後ろでは澪が少し呆れたような顔で俺を見ていた。


――なんだか、すごいのが来ちゃったな……。


だが不思議と、胸の奥がざわつく。

リオーネの真っ直ぐな瞳と、全力の笑顔に、俺は少しだけ、勇気をもらえた気がした。


「おい、勇者サマ!」


「な、なんだよ!」


「覚悟決めろよ! あたしたちはお前の味方だ! お前が戦う限り、絶対に負けさせねぇ!」


その力強い言葉に、俺は思わず頷いていた。


――そうだ、俺はもう、ひとりじゃない。


澪もいる、リオーネもいる。

だから、どんな敵が現れたって、負けられない。


遠くの空には、昨日よりも濃く、不気味な影が広がっている。

戦いは、これからが本番だ。


俺は剣を握り直し、二人の仲間を見た。


澪が、静かに微笑む。

リオーネが、豪快に笑う。


「よし、行こうぜ勇者サマ!」

「ええ、行きましょう」


俺は大きく息を吸い込み、答えた。


「おう! 一緒に戦うぞ!」


こうして俺は初めての実践を迎えることになる。



村に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。


どこかひっそりとした村で、道端にいた子供たちが俺たちの姿を見ると、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくる。

……しかし、その笑顔の裏に、怯えが見えた。


「勇者さま……助けてください……!」


小さな女の子が、俺の袖をぎゅっと掴む。

その手は小さくて、震えていた。


「何があったんだ?」


俺が尋ねると、村長が重い足取りで現れ、深刻な顔で言った。


「……毎晩、村の外れの森から魔物が現れ、家畜をさらっていくのです。今夜あたり、また来るでしょう……」


周囲の村人たちも不安そうにざわめいている。

俺は深呼吸して、剣を握りしめた。


「大丈夫です。俺たちが守ります」


そう言うと、リオーネがにやっと笑った。

「いい度胸だな、勇者サマ。その言葉、カッコつけるだけじゃなく、ちゃんと行動で見せてくれよ?」


澪は澪で、静かに俺の背中を支えるように立っている。

その視線に、少しだけ勇気が湧いた。


――絶対に、守る。


夜が訪れ、村は恐ろしいほどの静けさに包まれた。

俺たちは森の入口に陣取り、息を潜めていた。


そして――。


「来るわ……!」


澪が低く呟いた瞬間、黒い影が木々の間から飛び出してきた。

それは人間の倍以上もある、角の生えた熊のような魔物だった。


地面を揺らしながら、一直線にこちらへ向かってくる。

「ひゃはーっ! いい獲物だぜ!」

隣でリオーネが剣を構え、駆け出していく。

俺も続いて走った。


しかし、魔物の迫力に、足がすくみそうになる。

――怖い……。


それでも、剣を握りしめ、斬りかかる。

「うおおおおっ!!」


剣の刃が、魔物の脚をかすめた。

しかし次の瞬間、魔物の爪が俺を襲う。


「――ぐっ……!」


腕に鋭い痛みが走り、思わず後ずさる。

血が流れ、剣を持つ手が震える。


「おい勇者サマ、しっかりしろっ!」

リオーネの声が響く。


――ダメだ、怖い。逃げ出したい。


逃げ出したい、逃げ出したい、逃げ出したい

逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい


全身が恐怖に支配された


呼吸も出来ない、周りの声も聴こえない


意識が途切れそうな瞬間、あの時の澪の顔が浮かんだ


「あなたしかいないの」


澪はどんなに寂しかったのだろう

どんなに心細かったのだろう

異世界に一人だけ


今の俺と変わらないじゃないか


いや、俺の方がまだましだ


リオーネや俺を信じてくれてる人達がいる


澪の為にも勇者やるって決めたじゃないか


立ち上がれ、剣を強く握れ


前を向け!!!


俺は恐怖を押し殺し、再び剣を握った。


「うおおおおおおおおっ!!」


全力で剣を振るう。

刃が青白い光を放ち、魔物の胸を深く切り裂いた。

魔物が大きな悲鳴をあげ、力なく地面に崩れ落ちる。


しばらくして、辺りが静まり返った。


俺は膝をつき、荒い息を吐いた。

腕は痛むし、汗と血でぐちゃぐちゃだ。


それでも、魔物の動きはもう、なかった。


リオーネが俺の背中をバシッと叩く。

「やるじゃねぇか! いい根性だ!」


澪も、そっと微笑む。

「……無事でよかった」


村人たちは歓声を上げ、俺に駆け寄ってくる。

「勇者さま、ありがとう!」「やったぞ!」


俺はまだ怖さが残っていた。

だけど、その中に、ほんの少しだけ、誇りがあった。


――俺は、勝ったんだ。


血に染まった剣を見つめながら、決意する。

もっと強くならなきゃ。

もっと、澪を守れるように。


「ありがとう、ふたりとも」


俺がそう言うと、リオーネは豪快に笑い、澪は静かに頷いた。


夜空の下、三人で肩を並べ、次の戦いに備えるように森を見つめた。

戦いは、まだ始まったばかりだった。




魔物を倒した俺たちは、村の中央広場に戻った。

そこには、村人たちが集まり、みんな安堵の笑顔を浮かべていた。


「勇者さま、本当に……ありがとうございました」


村長が深く頭を下げ、俺たちに木箱を差し出してくる。

中には、新鮮な野菜や干し肉、金貨がいくつか入っていた。


「少しばかりですが、お礼の品です。どうか、お納めください」


「……ありがとうございます」

俺はまだ、腕の傷が少し痛んでいたけれど、その言葉に救われるような気がして、自然と笑みがこぼれた。


リオーネが金貨をひょいと持ち上げて眺める。

「おうおう、なかなか悪くねえじゃねぇか。いい酒が飲めそうだな!」

澪はその様子を見て、くすっと笑った。


その夜、俺たちは村の宿屋に泊まることになった。


「それじゃ、私は先に入らせてもらうわね」


澪はそう言って、浴場の方へと向かっていく。

リオーネも大あくびをして、のしのしと女湯へ。

男の俺はひとり、浴場の男湯に向かった。


湯気が立ちこめる浴室で、俺は傷ついた腕をそっと湯につける。

沁みるような痛みが走るが、不思議と嫌ではなかった。

「あー……生きてる、って感じがするな……」

そう呟くと、どこからかリオーネの豪快な笑い声と、澪の叱るような声が遠くから聞こえてきた。

俺は湯船に沈み、空を仰ぐ。

まだ旅は始まったばかりだ。


翌朝、村を発つ準備をしていると、一人の青年が駆け寄ってきた。


「勇者さま、お願いです! お力を貸してください!」


驚いて振り向くと、彼の顔は真っ青で、汗だくだった。

「炭鉱で……疫病が流行ってるんです! みんな咳き込んで倒れて、動けなくなってるんです!」


「炭鉱で……疫病?」

俺が思わず繰り返すと、澪が眉をひそめ、リオーネは腕を組んで唸った。


「魔物の仕業か、それとも……」

澪の呟きに、俺は深く頷く。


「行こう。放っておけない」


「いい心意気だ、勇者サマ!」

リオーネが豪快に笑い、背中を叩いてくる。

「疫病なんざ、ぶっとばしてやろうじゃねぇか!」


村人に道を聞き、俺たちは馬に乗って炭鉱へ向かった。



まだ薄暗い山道を抜け、森を越えて、山肌にぽっかりと開いた炭鉱の入り口が見えてきた。

そこからは、冷たい風とともに、どこか淀んだ空気が流れてくる。


俺は剣を握りしめ、ふたりを振り返った。

「行こう。きっと、俺たちにしかできないことがある」


澪が静かに頷き、リオーネがニッと笑う。


「よし、暴れる準備はできてるぜ!」


こうして俺たちは、病に苦しむ人々を救うため、炭鉱の闇へと足を踏み入れた――。

炭鉱の中は、思った以上にひんやりしていて、空気が重苦しかった。

入り口付近からして、既に煤けた匂いに混じって、何か腐ったような異臭が漂っていた。


「……酷いな」

俺は思わず鼻を覆いながら、足元に転がる壊れたランタンや、血のようなシミに目をやった。


「これは……ただの疫病じゃないわね」

澪が小さく首を振り、壁に触れる。石壁からは黒ずんだ瘴気のようなものが、じわじわとにじみ出ていた。


「魔の気配だな」

リオーネは剣を肩に担ぎながら、ニヤリと笑う。

「暴れる理由ができたってわけだ!」


俺たちは慎重に奥へと進んだ。

途中、炭鉱夫らしき人々がぐったりと倒れていて、その身体には黒い斑点が浮かび、苦しそうに呻いていた。

「助けに来たぞ、もう少しだけ我慢してくれ!」

俺が声をかけると、彼らは微かに目を開き、希望の色を取り戻した。


澪が小さな結界を張り、彼らの周囲を浄化すると、少しだけ呼吸が楽になったようだった。

「……でも、元凶を絶たなければ意味がないわ」


さらに進むと、行き止まりの奥の空洞に、異様な存在が潜んでいた。

黒い瘴気が渦巻き、その中心に、巨大なコウモリのような魔物が張り付いていた。

全身が黒紫に染まり、無数の目がぎょろりと動くその姿は、見るだけで寒気が走った。


「……あれが疫病の元凶か」

俺が剣を構えた瞬間、魔物は鋭い悲鳴をあげ、飛びかかってきた。

俺はなんとか剣で受け止めるが、爪が肩を裂き、鮮血が飛び散った。


「ぐっ……!!」


思わず膝をつきそうになる。

恐怖が背筋を走る。魔物の目が俺を射抜くように睨み、全身がすくみ上がる。


「佐伯くん!」

澪が叫び、光の矢を放つ。それが魔物の翼を裂いた。

リオーネも豪快に斧を振り下ろし、魔物の一部を叩き潰す。


「立て、勇者! お前がいなきゃ始まらねぇだろ!」

リオーネの叫びが耳に響く。


俺は息を整え、剣を握り直した。

恐怖も痛みもある。でも、俺がやらなきゃ終わらない。

「うおおおおっ!」


渾身の力で剣を振り下ろすと、剣が青白く輝き、魔物の胸を貫いた。

黒い瘴気が悲鳴をあげ、魔物の身体が崩れ落ちていく。


やがて、炭鉱の空気からも、黒い気配が消え去った。

全身汗まみれで、傷だらけの俺を、澪とリオーネが支える。


「よくやったわ、佐伯くん」

「へっ、見直したぜ、勇者サマ」


俺は二人に支えられながら、ようやく剣を鞘に収めた。

まだ、身体は震えていたけれど……胸の中には、確かな誇りが芽生えていた。


炭鉱の出口で、回復した炭鉱夫たちが俺たちを待っていた。

「勇者さま! ありがとうございます! 本当に……ありがとうございます!」

彼らの言葉と笑顔が、何よりの報酬だった。


俺は深く息をつき、空を見上げる。

戦いは、まだ始まったばかりだ。

でも……俺ならきっと、やれる気がした。


つづく

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