俺を異世界に呼び出したのは、放課後にしか喋らない地味子だった件。
hajime
第1話 地味子の秘密
俺の名前は佐伯 蓮(さえき れん)。
高校二年。至って普通の男子高校生。いや、普通よりちょっと下かもしれない。
勉強は中の下、運動は並。趣味はゲームとラノベ。友達も少しいるし、いじめられるわけでも、モテるわけでもない。
そう、どこにでもいる、凡人だ。
ただひとつ、俺のクラスに少しだけ気になる存在がいる。
――綾瀬 澪(あやせ みお)。
クラスメイトだ。地味な子で、いつも窓際の一番後ろの席に座り、教科書か分厚い本を開いている。
黒髪ストレート、メガネ、姿勢は悪いし、声も小さい。
俺が知っている彼女のことは、そのくらいだ。
「地味子」なんて、心の中で呼んでいたりするけれど、それは悪意があるわけじゃない。
存在感が薄くて、空気のようだからだ。
クラスの連中も彼女にほとんど関心がない。
――でも、俺は知っている。
彼女が放課後、全く別人になることを。
俺がそれを知ったのは、ある日の放課後だった。
その日は用事があって、教室に忘れ物を取りに戻ったときだ。
教室のドアを開けると、澪がひとり、黒板の前に立っていた。
手には見慣れない杖のようなものを持ち、床に奇妙な円形の模様が描かれていた。
それは……魔法陣のように見えた。
「え?」
思わず声をあげると、澪はびくりと肩を震わせ、こちらを見た。
その目は、普段の澪のものではなかった。
鋭く、そして……自信に満ちていた。
「ああ……見られちゃったか」
そう言って、彼女は溜め息をつくと、杖を下ろした。
「ちょっと待て! 何だよこれ……!」
俺は慌てて近づき、床の魔法陣を見る。チョークで書かれたそれは、幾何学的な文様に文字のようなものが刻まれていて、見ただけで異様な雰囲気を感じた。
澪は俺をじっと見ていた。
そして、ふっと笑う。
「お願い、佐伯くん」
その声は普段の小さくてか細いものではなく、しっかりとした響きを持っていた。
「あなたしかいないの」
そう言うや否や、彼女は杖を魔法陣に向けて振り下ろした。
「ちょ、ちょっと待てってば!!」
俺がそう叫んだ次の瞬間、魔法陣が青白く光りだし、眩い閃光が教室を包み込む。
気がつくと、俺は見知らぬ場所にいた。
空はどこまでも青く、巨大な城壁に囲まれた街が眼下に広がっている。
遠くには山脈、手前には草原が広がり、空気はやけに澄んでいる。
「……うそだろ」
夢を見ているんじゃないかと思った。
そのとき、後ろから聞き慣れた声がした。
「ようこそ、佐伯くん。ここが、私の世界」
振り返ると、そこに立っていたのは、いつもの地味子――ではなかった。
澪は、まるで姫君のような豪華なドレスを身にまとい、背筋を伸ばし、微笑んでいた。
頭にはティアラのようなものが輝き、周囲の人々が跪いている。
「は……?」
呆然としている俺に、彼女は優雅に近づいてきて、手を差し伸べる。
「改めて自己紹介するわ。私はこの国の王女、そして魔導師。名前は綾瀬 澪……でいいわよね、あなたにとっては」
「お、おう……え?」
ついていけない。
地味子だと思っていた彼女が、異世界の王女で魔導師?
澪は俺の戸惑いを無視して続ける。
「あなたには、この世界を救う力がある」
「いやいやいや、待て待て! 俺、ただの高校生だぞ!? どうして俺なんだよ!!」
「それは……私が選んだからよ」
彼女は真剣な目でそう言った。
「あなたの中に眠る力を、私は知っている。ここに来るまでずっと、見ていたもの」
「見てたって……俺、何もしてねぇよ」
「でも、あなたは気づかないところで、みんなを助けていた。誰も見ていなくても、困っている人を放っておけなかった。そういう人が、この世界の“勇者”に選ばれるの」
勇者? 俺が?
無理だ。絶対に無理だ。
……でも。
澪のその目を見たとき、何故か断れなかった。
いつもの地味な彼女じゃない。放課後、別人のように輝いていた彼女の目は、今もまっすぐで、強くて、どこか寂しそうだった。
「……なあ」
俺は口を開いた。
「もし俺が断ったら、この世界はどうなるんだ?」
「滅びるわ」
即答だった。
「あなたがいなければ、私はこの戦いに負ける。私も、私の民も、全てを失う」
彼女の言葉は、紛れもない本心だった。
「――わかったよ。やる。やってやるよ」
俺は深呼吸して、澪の差し出した手を取った。
「いい覚悟ね」
澪は嬉しそうに微笑んだ。普段の彼女なら絶対に見せないような、柔らかい笑顔だった。
その笑顔を見て、俺は何となく思った。
――この世界を救うってのも、悪くないかもな。
城に案内される途中、俺は改めて澪を見た。
彼女はドレス姿のまま、胸を張って歩き、その後ろ姿からは強い気品がにじみ出ていた。
あの教室での猫背で無表情な「地味子」は、どこにもいない。
風に揺れる黒髪は光を反射して艶やかに輝き、メガネを外した瞳は大きく、宝石のように澄んでいた。
正直、息を呑んだ。
――こんなに、綾瀬って……可愛かったのか。
俺が見とれていると、彼女が振り返り、いたずらっぽく微笑む。
「どうしたの? そんなに見つめて」
「えっ、いや、あの、その……」
情けない声しか出てこなかった。
「ふふ……」
澪はくすりと笑い、前を向いた。
城に着くと、さらに驚いた。待ち受けていた兵士や侍女たちが、俺に深々と頭を下げるのだ。
「勇者様、お待ちしておりました」
「……勇者様……?」
まだ信じられない。でも、こうなった以上、もう腹をくくるしかない。
――俺は、勇者になる。
その決意を胸に、俺は再び澪の背中を見つめた。
彼女は振り向き、俺に手を差し伸べる。
「行きましょう、佐伯くん。あなたとなら、私はこの世界を救える」
その言葉に、俺も頷いた。
こうして、俺の異世界での戦いが始まった。
地味で目立たなかった少女が、誰よりも美しく、強く、そして優しい王女として――俺の隣にいた。
俺が、この世界で何を成し遂げられるのかはわからない。
でも、今なら胸を張って言える。
――この手で、彼女と、この世界を守る。
城に着いた俺は、すぐに客室へ案内された。
そこは今まで見たこともないほど豪華な部屋だった。絨毯はふかふかで、天蓋付きのベッドがあり、窓の外には街と遠くの山々が見えた。
「ふぅ……」
荷物もないので、ベッドに倒れ込む。全てが現実味がなかった。
魔法陣、異世界、王女、勇者――。ついさっきまで、普通の高校生だったのに。
……だけど、澪のあの目を思い出すと、逃げる選択肢はなかった。
ノックの音がして、扉が開く。
「入るわよ」
声と共に、澪が現れた。さっきより落ち着いたドレスに着替え、髪をゆるくまとめている。
その姿は、地味子の面影はどこにもなかった。
「明日から、鍛錬を始めるわ。あなたの力を引き出さなきゃいけないもの」
「鍛錬……」
俺は弱々しく答えた。正直、不安しかない。
すると、澪は小さく笑った。
「大丈夫。あなたならできるわ。私は、信じてる」
その言葉に、少しだけ胸が熱くなった。
翌朝。
まだ日も昇りきらないうちに、俺は城の裏手にある訓練場に連れてこられた。
そこでは、騎士や魔法使いたちがそれぞれ鍛錬していた。重い鎧を着た兵士が剣を振り、魔導師が呪文を唱えて炎を操る。
澪は杖を軽く振り、俺の前に立つ。
「さあ、始めましょう。まずは……あなたの中の魔力を引き出すわ」
彼女が地面に魔法陣を描き、俺にそこに立つよう指示する。
「目を閉じて、意識を体の奥に集中して」
言われるがまま目を閉じると、体の奥が熱くなる感覚があった。心臓のあたりから、光が脈打つような感覚――。
「いいわ、そのまま……」
澪の声が遠くに聞こえる。
次の瞬間、俺の周りが青白い光に包まれ、足元の魔法陣が輝いた。
「やった……! 佐伯くん、あなた、すごい……!」
目を開けると、澪が嬉しそうに笑っていた。俺の周囲には、淡い光の刃のようなものが無数に浮かんでいた。
「これが……俺の力……?」
俺は呆然と呟いた。
「ええ。やっぱり、あなたには勇者の素質があるわ」
澪は、どこか誇らしげに言った。
鍛錬は想像以上にキツかった。
午前中は剣術。午後は魔法。日が暮れるまで続く。
途中で何度も倒れそうになったけれど、澪はそのたびに励ましてくれた。
「まだ終わりじゃないわ、立って!」
「だ、大丈夫……まだやれる……!」
気がつくと、彼女のために頑張りたい、そんな気持ちが芽生えていた。
夜。
訓練が終わり、ヘトヘトになった俺は城の中庭でひとり、星を見上げていた。
異世界の夜空は、俺の知るものよりずっと澄んでいて、無数の星が瞬いていた。
「……綺麗だな」
誰にともなく呟くと、背後から声がした。
「そうでしょう?」
振り返ると、澪が立っていた。昼間のドレスではなく、シンプルなワンピース姿だった。
隣に腰を下ろすと、夜風がそっと吹き抜け、彼女の髪が揺れた。
「今日はお疲れ様。無理させちゃったわね」
目のやり場に困った俺は目を伏せながら
「いや……おかげで、自分でもちょっと自信がついたかも」
そう言うと、澪は嬉しそうに微笑んだ。
「本当に……変わったわね、佐伯くん。最初は泣きそうな顔してたのに」
「うるさいな……」
俺は思わず顔を逸らしたが、澪がクスクスと笑う声が聞こえた。
「あのさ」
しばらく沈黙が続いた後、俺は口を開いた。
「どうして、俺なんだ? この世界を救う勇者がさ」
澪は少し黙った後、星空を見つめながら答えた。
「私……この世界を守るために、ずっと“勇者”を探してたの。でも、いくら探しても見つからなくて。もう諦めかけてたとき、あなたを見つけたの」
「俺を?」
「ええ。あなたは……目立たないけど、誰よりも優しかった。教室でいじめられてる子をさりげなく庇ったり、困ってる人に手を差し伸べたり……誰も見ていないところで、ずっと頑張ってた」
そんなこと、誰にも気づかれていないと思っていた。
「だから……私は、あなたならって、信じたの」
澪は少し顔を伏せ、ぽつりと続けた。
「私自身も……助けられたのよ、あなたに」
その言葉に、胸が熱くなった。
「……ありがとう」
思わずそう言うと、彼女ははにかむように笑った。
その笑顔は、どこか儚げで、けれどとても綺麗だった。
つづく
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