初任務


ある地域の小さな小屋。

そこで儀式は行われているらしい。


「敵の数は恐らく三人」


僕は魔力探知を発動する。


「……三人?一人しかいないっぽいぞ」


「俺もさっきから気になっていたんだ。調査部門から聞いた話と状況が全然違う」


「どうするんだ? 」


「……俺一人で突撃しよう。けど礼賛はここで待機。死にたくはないだろ」


「わかった、待ってるよ」


「よし、じゃあ行ってくる」






※ 神視点


黒谷は小屋の周りを歩いていた。

小屋の中で何が行われているかわからないがすでに予想から外れたことが起きている。

礼賛を連れて本部に一度戻るという手も黒谷にはあったが、緊急性が高いことが考えられるためそれをしなかった。


「ここか」


黒谷は小屋の入り口を見つけそこから侵入した。


小屋の中は小学校の体育館ぐらいの大きさだった。

汚く物が壁際で散乱していた。

床には巨大な魔法円

これを礼賛のような素人が見たら恐らく何もわからなかっただろう。

しかし黒谷にはわかる。

この魔法円がしっちゃかめっちゃかな何の論理も通っていない物だということが。


「ヘブライ文字にラテン文字、ギリシャ文字とルーン文字。何でもかんでも突っ込みやがって」


「ひどい物だろう」


黒谷は顔をあげ声が飛んできて方向を見る。

そこには全身を黒い服で包んだ大男がいた。


(こいつ、俺の魔力探知に引っ掛からなかったのか?)


黒谷はセフィロト術式の準備を脳内で済ませる。

 

「その魔法円なんてのは序の口でね、実は奴ら、その魔法円の中にバルバトスを召喚しようとしていたんだ。全くアレイスター・クロウリーが魔法円について述べてくれていたというのに」


「お前は誰だ、この魔法円を描いたやつらは?」


大男は不敵な笑みを浮かべながら喋り続ける。


「この魔法円を描いた奴らなら、そこで寝てる」


大男は積み重なった人を指差す。


「それと、俺がなんなのかって話だったな」


大男は口を月のように大きく広げ笑う。

不敵で、狂気で、それでいて、最恐の笑み。


「俺は魔術結社、『皮の中の虚無』の幹部、無為ムイだ。以後よろしく」


大男は黒谷にそう名乗った。

『夜明け前』に所属する魔術師の中で、『皮の中の虚無』の名を知らぬ者は新人以外にはいない。

『皮の中の虚無』

それは日本国内で活発に活動する、魔術テロリストの名前なのだから。

その名を聞いた黒谷は、叫ぶ。


「十のセフィラ!

 二十二の小径!!

 それらによって生命の樹セフィロトは成り立つ!

 エデンの園中央に植えられし樹!

 それは天地創造の象徴を表す!」


瞬間、黒谷の背後に十個の球体が浮かび、それらを二十二の線が結んだ。


「均衡を示す柱を構成し!

 魔術的三角形の一部であるセフィラ!

 その名をイェソド!

 意は基礎!!」


黒谷の背後にある球体が一つ、黒谷の前に場所を移した。


「数字は九!

 色彩は紫!

 金属は銀!

 惑星は月!」


黒谷の前にある球体。

それが神々しく光を放つ。


「イェソドは完成した!!

 この時!

 守護する天使は現れる!!

 顕現し!

 内部を焼き払え!!

 守護天使!!

 ガブリエル!!!」


球体の光が小屋の中を包み込む。

その光は爆発的な光だった。

数十秒後、光が止んだ。

黒谷が放った光は部屋の中にあるもの全てを焼き払った。

散乱したもの、床の魔法円、積み重なった人、それら全てを。


「恐ろしい魔術だな」


黒谷に声がかけられる。

もう既に焼き払ったはずの、大男の声が。


「なぜだ?」


大男は光が放たれる前と同じ場所に立っていた。

何事もなかったかのように。


「お前が放ったセフィロト術式、それはセフィラの一つであるイェソドを経由して大天使の力を放つ魔術だな?実に強力な魔術だ。詠唱中は近づくことも魔術で攻撃することもできないほどに完成されている。それでも俺は死んでいない。なぜか」


瞬間、無為の背後に黒谷のセフィロトによく似た何かが出現する。

しかし、よく見ると形が少し違う。

まるでセフィロトを上下逆さまにしたかのような姿形。

それを見て黒谷はすぐに検討をつける。


邪悪の樹クリフォト……クリフォト術式か」


「ご明察、セフィロトと対をなすクリフォト、君が大天使の力を使うと同時に、俺は悪魔の力を使った。そうでもしなきゃ防げないほどに大きな技だった」


「そうか、じゃあ、これからも頑張って防ぐことだな」


黒谷の背後のセフィロトが光を放つ。

イェソドは依然として黒谷の前に置かれたままだ。


「峻厳の柱を構成し!

 イェソドと同じく魔術的三角形の一部であるセフィラ!

 その名をホド!

 意は栄光!」


またもや黒谷の背後から球体が一つ前に移動する。

そして黒谷は懐から一枚のカードを出す。


「ホドとイェソドを繋ぐ小径!

 その名をレーシュ!!

 タロットは太陽!!」


黒谷はカードを空に投げる。

そのカードは目の前の二つの球体を繋ぐ線となった。


「数字は八!

 色彩は橙!

 金属は水銀!

 惑星は水星!!」


光を放ち始める。


「ホドは完成した!!

 この時!

 守護天使は現れる!!

 顕現し!

 内部を焼き払え!!

 守護天使!

 ラファエル!!!」


またもや光が部屋の中を包んだ。

そしてだんだんと光が収まっていく。


「何度やるつもりだ?」


無為は呆れたように答える。

またもや無傷。

しかし黒谷に驚いていない。


「そうだな、次はちゃっちゃっとやるよ」


「詠唱破棄、ネツァク」


「ッ!」


無為の表情が一変する。


(セフィロト術式の詠唱を破棄?

 そんなこと人類に可能だったのか?」


黒谷の背後にある球体の一つが前に移動する。

そして黒谷はまたもやカードを取り出す。

今度は二枚。


「ホドとネツァク。

 イェソドとネツァク。

 これらを繋ぐ小径はペーとツァディー。

 それぞれ塔と星」


黒谷がカード二枚を空に投げる。

そのカードは線となり球体を繋ぐ。


「さて、こっからが本番だ」


黒谷は目の前にできた三角形を見つめる。

そして息を吐き出し喋りだす。


「イェソド!

 ホド!

 ネツァク!

 この三つのセフィラは

 太陽!

 塔!

 星!

 これらによって三角形の形を成す!!

 魔術的三角形!!!

 これは現実世界を示す!」


黒谷はその三つの球体によってできた三角形の中央に腕を突き刺す。

その瞬間、小屋の中が激しく揺れ出す。


「まさか、この小屋の中に規模を絞り、破壊するつもりか!」


「あぁ、俺は天地創造のセフィロトと共にあるからいいが、お前はどうだろうな?」


無為が外に走り出そうとした瞬間。

全てが、崩れた。

光が、物質が崩壊し、闇が支配する。

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