無限館の殺人

真狩海斗

無限館の殺人【出題篇】

 ♾️

 ネバダ州レイチェルに位置するアメリカ空軍ネリス試験訓練場、通称"エリア51 "。

 そのに建つ"無限館むげんかん"で奇妙な殺人事件が発生したのは、ダリアの花が色づき始めた夏の頃だった。

 州郊外の公園では、至る所でダリアの花弁が紅く開き、濃密な香りにいざなわれた蝶が口吻を伸ばす。透けるように薄い羽が、地面に橙色の影を落とす。微弱な羽ばたきが風を捉え、その流れを僅かに変えていた。

 

 ♾️

 惨劇から2日後、耳をる轟音が響き、"エリア51 "の赤土に荒々しい風が吹く。着陸態勢に入ったアメリカ空軍政府専用機・ガルフストリームG550が砂塵を散らした。

 待機していた職員数名が、ガルフストリームG550が招く客人を出迎えようと、銀翼の機体に歩み寄る。皆一様に片手で顔面を覆い、降り注ぐ小石を防いでいた。リーもその一員だった。

 鋼鉄の巨躯は、地面に降り立って尚、地響きのような振動を続ける。振動は地面を通じてリーの足へと伝染し、やがて心臓の鼓動と同化した。

 流線型の側面部でハッチが開き、細身の足が見えた。続けて、漆黒のコートを羽織る壮年の男が姿を現す。

 先ずリーの目を引いたのは、コートと対をなす白髪はくはつだった。白の巻き毛が、雲のように大きく膨らんでいる。その下で、頬は残兵の如く痩せこけ、高い鷲鼻を際立たせていた。


 人工的な笑顔を造った所長が、歓迎を示すように両手を広げる。

「ミスター・ウイロ!お待ちしておりました」

 男の名は、外良羊介ういろようすけ。此度の殺人事件を解決するため、アメリカ合衆国同盟国・日本より招聘された探偵だった。

 所長に促され、リーも右手を差し出す。

「遠くからお越しいただき、感謝します」

 探偵が握り返す。見かけに反し、力強い。手が触れ、リーは外良の掌に火傷痕があることに気づく。探偵の眼光は鋭く、リーを射抜いたままだ。引き摺り込まれそうな、暗い瞳をしている。探偵が低く告げた。

「こちらこそ。宜しく」


 ♾️

「これが"無限館"か」

 白の防護服を着た探偵が、ぽつりと溢す。


 所長に続いて離着陸場を横切り、8号館へと向かう。8号館は"エリア51"の敷地では比較的新しい施設だ。全館ステンレス鋼とセラミックタイルの、まるで宇宙ステーションのような内装をしている。

 続けて、カードキーを読み取り機に差し込んでドアを開け、エレベーターに乗り、「地下5階」の表示を押す。

 "エリア51"、8号館の地下5階。

 その保安度と厳重度は、2。最高度の密閉性を誇るレベル5の研究室よりも、3ランク下に位置する。陰圧状態を維持すべく回り続けてるファンの音を除き、静寂が支配する。漂白じみた内壁も含め、寒々とした印象を抱かせる。

 そうして辿り着いた眼前に、は建っていた。

 特別研究対象怪異オブジェクトNo.314、"無限館"。

 外観は、アメリカで一般的な民家と相違ない。伝統的な2×4工法で設計された広大なつくりの一軒家。朝日のように赤い屋根が、殺人事件とは不釣り合いな牧歌的な雰囲気を醸し出している。


 所長が肥えた腹を揺らして笑った。

「拍子抜けですか?まあ普通の家に見えますね。そういえば、日本の有名な推理小説には"斜め屋敷"があるとか?」

「ええ。或いは、"ワールズ・フェア・ホテル"のような禍々しいものかと」

「アメリカ最初のシリアルキラー、H・H・ホームズの殺人ホテルですか。あれもウチで収容していますよ」

 外良の目が大きく開く。口笛を吹き、所長が"無限館"のドアノブに手をかける。

「""の意味は、入ればわかります」

 扉が開かれた。続けて、外良、リーの順で館に足を踏み入れる。


 ♾️

 屋内でも靴を履く文化があるアメリカでは、玄関にはスペースを割かずに、家族が集まる場所であるリビングやキッチンの間取りを広く取ろうという意識がある。

 その例に漏れず、"無限館"もまた、玄関から直接リビングやキッチンに通じる間取りとなっていた。

 特徴的なのは、広い床面積は勿論のこと、吹き抜けによる開放的な空間となっていることだ。これもまた、家族との時間を大切にするアメリカ文化の現れだろう。

 先ず前方に木製のテーブルがあった。家族仲睦まじく食卓を囲む光景が目に浮かぶ。そんな温かみがあった。

 右方のキッチンは水垢ひとつなく清潔に保たれており、真新しい食器と、赤く輝く林檎が並んでいた。

 最後に、玄関からテーブルを越えて真正面、北側最奥の白い壁へと目を向ける。

 壁側の床には血の海が広がり、背中を切り裂かれた無惨な死体が斃れていた。

 が、それを見下ろすように、最奥の壁に備え付けられていた。


 ♾️

 「被害者は、フィリップス。

 "エリア51"所属のです。死亡時は、同じく矯正処遇職員のハワードとペアで職務に従事していました」

 所長は面倒そうに死体を一瞥すると、当時の状況を述べた。


 当日。午後2時00分。

 フィリップス、ハワード両名が"無限館"へと入室。調査を開始。


 午後2時13分。

 錯乱状態のハワードが内部から"無限館"の扉を開く。常軌を逸した大声を張り上げ、握った右手を一心不乱に振り回す様子が、館外に設置された監視カメラに鮮明に記録されていた。上記の動作中、ハワードは「」かのように上空を凝視し続けていた。


 午後2時18分。

 緊急事態の報告を受けた一般職員2名が"無限館"に現着。8号館全域で警報が鳴り響く。"無限館"内部で、包丁の突き刺さった、変わり果てたフィリップスを発見。死亡を確認。退


 フィリップス及びハワードの頭部搭載のカメラに残された映像も、上記を裏付けるものであった。

 玄関でハワードが突如として虚空を見上げ、叫び始める。

 最奥の壁で作業していたフィリップスの耳にハワードの絶叫が届く。振り返る。視線の先で発狂したハワードを捉える。直後、フィリップスの口からくぐもった息が漏れる。背中に触れ、右手を確認する。赤い。犯人を視認しようと首を曲げる。だが、意識が途切れる。床に倒れ、絶命。

 ハワードが目撃し、フィリップスを殺害したであろうは映っていなかった。


「"無限館"外部の監視カメラには、今挙げた面々を除いて、人の出入りはありませんでした。

 "無限館"は完全な状態でした」

 所長は強く言い切り、ファイルを閉じた。

 探偵がうむと唸り、頭を掻く。

「ひとつ訊きたい」

「何でしょう?」

 所長が試すような視線を向ける。

「密室といったか。の先は行けないのか?」

 探偵の親指は、死体の真後ろ、最奥の壁に設置された扉を示していた。

 所長が用意していたように微笑む。

「成程。では、扉を開けてみましょう」


 ♾️

 扉の先には、部屋があった。

 床面積や吹き抜けが広々とした空間を生む。

 前方には家族団欒を思わせる木製のテーブルがあり、右方のキッチンは手入れが行き届いていた。

 デジャヴじみた光景に、探偵が得心したように頷く。

「これが"無限館"か」

 外良が見据える先で、夥しい血とが伏している。そして、""

 所長の銀歯が鈍く光る。

「はい。これが"無限館"」

 

 特別研究対象怪異オブジェクトNo.314、"無限館"。

 それは、

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