第3話 金髪


今週は、とにかくだるい

何もかも、めんどくさい

学校は一度行ったきり

ようやく週末がやってきた


明日が来るまでもう少し

こっそり家を抜け出した


どこからあの世に行こうかな


バッグに入れて持ってきた

明らかに多い睡眠薬


お気に入りの公園で

ラベンダーの咲くこの場所で

眠りに落ちたら死ねるかな

何も感じず死にたいな


「おいおい、何やってんだおまえ!」

顔を上げたらそばにいた

いかにもチャラい金髪男


「おいおまえ、それっ!」

からむなよ

低く、大きく、響く声


「オーバードーズか?」

「ちょっとちがう」

ハイになりたいわけじゃない

けど、そう思われても仕方ない

「ろくでもないこと考えてんな」

「ろくでもなくて悪かったね」

金髪男がため息をつく


「ハイになりたきゃついて来い!」

「はあ? 行くわけないし」

何言ってるんだ、この男は

こんな夜中に、こんな場所で

誘いに乗るわけないだろう


「薬なんか必要ねえから!」

「何? ナンパ?」

「はあ? ちげえし」

「どうちがうの?」

「ガキなんかナンパするわけねえだろ」

なんかむかつく、納得いかない


「まあ、いいからついて来いって」

ぐいぐい来るな、うっとうしい

断るともっとめんどくさい

そんな気がした

「何なの、もう……」


近所の民家の駐車場

男が何かを手でたたく

「見ろよこれ、イケてんだろ」

「どれ?」

「単車だよ、ほら単車!」

「それで、バイクがどうかした?」

「かー、分かんねえのかよ?」

良さなんて分かるわけがない

男はあきれ顔になる


「乗せてやんよ!」

「別にいい」

「ツレねえなおまえ、ここまで来て」

それじゃ私が思わせぶりな

態度とってたみたいになる


「乗りゃ分かるって!」

「別にいいって」

「マジで気分アガっから!」

これっぽっちも気分が乗らない

死のうとしてたところだし


気のいいヤツとは思うけど

気を遣ってるのもうれしいけど

「風になれるぜ?」

ああコイツ

全然気がついていないんだ……



「誘ってくれんのはうれしいけど」

「おう!」

「きっと乗っては行けないよ?」

「はあ?」

ああ、やっぱりそうなんだ

この人ちっとも気づいてない


ゆっくり息をととのえて

私は男の目を見て言う


「お兄さん、もう死んでるよ」

「は? おまえ何言ってんの?」

「バイクは確かにあるけどさ」

「おう」

「私は乗って行けないと思う」

男は首をかしげている

そりゃそうだよね

無理もない


「さっきも乗って来たんだぜ?」

たぶんそれは、霊体だ


男がバイクのキーをひねる

「ほら、この音サイコーだろ?」

確かに音は聞こえてるけど

‟本物”から出た音じゃない

「ほら、早くうしろに乗れって!」

‟本物”が動いてるわけじゃない


「あんたの自慢の愛車はこっち」

私がバイクを指して言った

男は振り向き‟本物”を見る

「は? マジかよ」

「うん、マジだよ」

「ほんとにオレ、死んでんのか?」

「だからさっき言ったじゃん」

「……ほんとにオレ、死んでんだな?」

「残念だけど、死んでるよ」


男はその場でうなだれた

ようやく理解できたらしい

「……じゃあ、乗せてやれねえじゃん」

「でも、気持ちはうれしいよ」

男は小さく息を吐く

そしてわずかに、ほほえんだ


「ところでよ、さっき……」

「何?」

急に真顔で男が言う

「おまえ、あそこで何してた?」

「薬を飲んで死のうとした」

素直に男に真顔で返す

「それマジか?」

「うん、マジだよ」

男としばらく見つめ合う


「あっははははは、マジうけるっ」

突然、男は大爆笑

「なっ、なに? 何なの?」

「オレが先に死んでんじゃん!」

おなかをかかえて笑っている

「説得力、ゼロじゃんか!」

まあ、確かにその通り


死に気がつかずにさまよう男

これから死のうとしていた私

何とも奇妙な組み合わせ

私を元気づけようと

励ます男は笑っている


「私、そろそろ帰らないと」

気づけば午前一時半

「おお、そうか、じゃあまたな!」

そんな約束、できるもんか

ましてやあんたは、霊なんだから


「気が向いたらね」

「絶対だぜ?」

「絶対は無い」

「ツレねえなあ~」

私はくるりと背を向ける

男はきっと、笑顔でいる


私はまっすぐわが家に向かう

ああ、今夜もダメだった

また私、死にそこねた


ベッドに入る

ねむれない

でもいいや

今夜は別に


このままいつもの朝を待とう

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