偽物の日常2
三年目が過ぎた私は中学二年生になっていた。
「花純様おはようございます!」「花純様、大会優勝おめでとうございます!」「あっ、先日は助かりました! 流石生徒会ですね!」
私は軽く手を振りながら応える。いつもの日常なんだから。朝の通学路、学園に近づくに連れて私の『仲間』が増えていく。
「花純、おはよう! 眠いねん……」
私の背中にもたれかかる序列二位石神家の次女。回復異能の術の天才。
「はぁ、マジであなたはゲームしすぎ。一人暮らし満喫しすぎじゃん。花純さん、おはよ!」
ギャルにあこがれている序列一位『西園寺家』の長女。静流の妹。
火を司る異能の使い手。私たちの前だけでは素の姿を見せてくれる。普段は清楚なお嬢様の仮面を被っている。
「うん、仕方ないよ。だって、僕も憧れの暮らしは満喫してるもんね。あっ、花純ちゃん実家からお野菜送られてきたから、野菜チップにしたよ。あとで食べようね」
序列六位の藤沢家の息子。
「……てめえらうだうだ歩いてんじゃねえよ。花純が遅刻したらどうすんだ? ったくよ」
頭をガシガシかきながら文句を言う序列三位の『柳小路家』の息子。栃木出身で、東京の別荘から通っている。見た目はヤンキーと言われているけど、感情がわかりやすくて話しやすい子。
「まったく、田舎者はうるさいよ。俺様の勉強の邪魔をするな」
インテリメガネ風の序列七位長谷家の三男。千葉の海岸沿い出身で、千葉県をこよなく愛し、千葉を馬鹿にされてるとメガネを外して怒る。
そして、序列四位の七里ヶ浜家の私。この同級生六人グループが私の仲間であり、親友たち。
学園では高貴なる血筋『ロイヤル・ブラッド』と呼ばれている。
この異能社会の関東の頂上と言われている七大異能名家。
もちろん、そのほか多数な名家はあるけど、関東ならこの七家が一番有名であり、強い力を持っている。
「みんな、今日の放課後は『中級あやかし討伐』に挑戦するんだからしっかり体調整えてくださいね!」
みんなは各々返事をする。絆、っていうものは目に見えないけど、私たちはこの数年間で結んだ。
色々な事件があった。そのたびに人との繋がりが強くなった。私が本当に花純になってしまったような感覚――
でも、心の中のスミレは絶対に忘れない。
「そうや、なあ花純、その時計っていつもしてるよね? かわいいよね」
「うん、これはですね、大事な思い出なんですよ」
時計を触る。そうすると思い出せるんだ。蓮夜様と出会ったあの夜を。
通学路、生徒たちの声がどんどん増えていく。
「ロイヤル・ブラッドよ! 中等部なのに中級あやかしの退治もこなせるんですって!」
「あの真ん中にいらっしゃる肩が花純様ね。ほぁ……すごくきれい……。異能も勉学もすごいって聞きます」
「それだけじゃないよ! 『異能学園七不思議』を解決したり、『幽鬼虐殺事件』『長谷家騒動』『異能学園高等部の争い』『巨人討伐』、あの 『異能転移事件』も解決したんだよ!」
「お前詳しいな。っていうか、あれだろ? その中心は全部花純様なんだろ?」
「うん、他の名家の方々もすごいけど、花純様は別格だよ。中等部ながら全国にファンクラブがいるんだから! すごく綺麗よね……」
「すげえな」
「すごいなんてもんじゃないぞ。学園始まっていらいの天才だ。前から走ってくる西園寺静流を見ろよ。ベタ惚れだろ?」
「ふふっ、最高のカップルですね」
生徒たちをかき分けてやってきた静流様。走ってきたのか、少し息を上気させて顔が赤い。
この三年間で静流様との距離が大幅に縮んだ。
「……花純、俺も一緒にいくぞ。ほら、俺の手を取りな」
「はいっ」
「なんや、静流君照れてるやん。相変わらずベタ惚れやな〜」
そこに石神の妹が間に入る。
「石神……俺達の中を嫉妬しているのか? 残念ながら俺は花純に首ったけだ」
「うわ、潔すぎ……」
みんなから笑いが起こる。その中心には私がいた。……私も笑っている。なのに、心は違う事を考えていた。
これが花純の日常。友達に恵まれて、婚約者に愛されて、家族から愛されて、周りから憧れと尊敬の眼差しを受け、すべてを完璧にこなす日々。
でも、私にとって灰色で偽物の日々なんだ。
***
高等部に上がる数ヶ月前の冬。とても寒い日だった。
有明の近く、東雲にある古い日本家屋の別邸に呼び出された。
ここは人が住んでいない。使用人が定期的に掃除をしている。時折、母様と父様がここで異能の実験をしているって聞いている。
母様に案内されて大きな和室へと入った。そこには呪術や異能、西洋魔術の道具が所狭しと並んであった。
(終わりは突然やってくる)
多分、私は役目を終えたんだ。母様がどんな判断を下したかわからない。昔の私だったら、12歳までの私だったら死んでもどうでもよかった。
……私はまだ生きたい。
和室には布団が敷かれてあり、そこには本物の花純が寝ていた。その横には石神家の当主。
隣にいる母様の雰囲気が変わる。
「スミレ」
この数年間、母様は私の事をスミレと一度も呼ばなかった。心を引き締める。関東最強の異能術師、七里ヶ浜麗華。私が異能を知れば知るほど、母様の異常な強さを実感するだけだった。
「はい」
「あなたは私の役目を立派に果たしたわ。お陰で準備が整ったわ。今ここで『花純』の呪いを解く。そして、その呪いはあなたに乗り移るわ」
「――は、い」
もう言葉は必要ない。私は、母様から「スミレ」と言われた時点で、スミレに戻ったんだ。
一瞬だけ、『花純』だった時の友人の顔が思い浮かんだ。……別れの挨拶も言えなかった。ちょっとだけそれが心残りだった。
「ふふ、安心しなさいスミレ。あなたの意識がちゃんとあったらご褒美をあげるから楽しみにしててね」
感情が伴っていない母様の微笑。花純を見る目つきじゃなかった。ただのモノを見る目付き。
「ふぅ、やっと俺の花純が戻って来る……。長かった、やっとだ。ははっ、花純が起きたらパーティーだな!」
装束姿の父様は槍を構えていた。呪いの解除で何が起こるかわからないからだ。
母様よりも落ちるとはいえ、父様は一流の異能術師。一瞥しただけでそれっきり私を見ることは無かった。
「よろしいですか? 麗華様、それでは儀式を始めます。スミレ様、どうぞこちらへ」
石神当主に言われ、私は花純のそばに寄る。
私は座って花純の顔を覗き込んだ。痩せ細った顔。でも、年相応の成長もみられる。
私が築き上げたモノをすべて譲り渡す。
……ううん、別にどうだっていいんだ。でも、なんか悲しいな。蓮夜と別れた時とは違う悲しさ。
――石神当主が呪詛のような文言を唱え始める。儀式が進行する。
走馬灯のように今までの中等部だった頃を思い出す。思い出す必要もないのに、なんだか涙が流れてきた。
――そっか……、私、あの生活が結構気に入ってたんだ。みんなの事が……演技じゃなく、好きになっていたんだ。
友達が出来たんだ。友達と一緒に冒険したんだ。でも、でも、でも!!!
私は花純じゃない。
私はスミレなんだ!!
みんなを騙していた。これからもみんなを騙して生きていくんだ。
私は小さく呟く。
「……ごめんね。……さよなら」
あとね、ありがとう。私と友達になってくれて。
そこで、私の身体が光に包まれて――意識が遠くなった。
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