第13話 転校生をすきになる





 間もなく夏本番と言わんばかりにギラギラと照りつける、嘲るような太陽の微笑み。


 その憎き敵に怨念こめた一瞥をくれ、ぬらぬら滴り落ちる汗を拭いながら、校門をくぐる。


「夜木君、おはようございます……」


 薄手の半袖シャツから白日のもとにさらされた華奢でしなやかな腕を曲げ、遠慮気味に手を振る白峰さん。暑いだけではやっていられないが、夏もたまにはいいことをするもんだ。


「おはよう、今日も暑いな」


「はい、溶けちゃいそうですね。日焼け止め、ちゃんと塗ってきましたか?」


「男はそんなこと面倒くさがってしないよ。知らんけど……」


「そ、そうなんですか……? でも焼けちゃったら痛いですよ……? 良かったら、私の日焼け止め使いますか?」


 はい、お願いします。なんなら追加料金払うのでオプションで塗って下さい。いやむしろ塗らせて下さい。なんて考えてしまったのも、全ては夏のせいにしておこう。


 教室に入りホームルームが始まると、これまでの人生で何度も耳にしてきた決まり文句が、谷内先生の口から再生された。


「来週から夏休みだが、お前らあんまり羽目を外し過ぎるなよ~」


 ハメを外すって、なんかイヤらしく聞こえるよなぁ……と、またバカみたいなことを考えながらふいに窓の方を覗くと、白峰さんと目が合った。すぐに視線を逸らされてしまい、心を読まれたように思えて羞恥心に駆られる。

 

 ここ最近、こうして偶然見つめ合う回数が増えた、気がする。



 休み時間になると、チラチラとこちらの様子を伺い、もじもじと何か言いたそうにしている白峰さんの姿が視界の端に映った。仕方ない、俺から話を振ってみるか。


「白峰さんは夏休みに里帰りとかすんの?」


「今年は両親の仕事の都合で、ひ、日帰りで祖父母の家へ行くことになってます……」


「そっかそっか。他には何するとかもう決まってる?」


「え、えぇと、その……マジカンのライブのチケットがとれたので、それに行きたいなあって……思って……ます」


「マジ? 羨ましいよ。今かなり人気だし、結構倍率高かったんじゃないか?」


「は、はい……あ、あの、夜木君……よかったら――」


 白峰さんの言葉を遮って、突然現れた持田が俺の首によく鍛えられたぶっとい腕を回した。


「奏向く~ん、夏休みにも私と会ってくれる~?」


「やめろ暑苦しい! それにお前はどうせ部活で忙しいんだろ!?」


「まあそうなんだけどな。実は地区大会で優勝しちゃってさあ。お前にも俺の華麗な3Pシュート見せてやりたかったぜ」


「マジか、すげーな。おめでとう」


「夏休み中も試合あるし、気が向いたらみんなで応援来てくれよ。もちろん白峰さんも!」

 

 首を90度曲げた持田にハッとするも「は、はい、ぜひ……」と、若干ぎこちない笑顔を返す白峰さん。


 彼女は既に持田とも日常会話が可能になっていた。これにより俺への耳打ちのご褒美がすっかり失われてしまった喪失感は計りしれない。


「それで白峰さん、さっき俺になんか言おうとしてなかった?」


「ま、また今度、言います……」


 割と深刻そうな表情だったけど、何か相談事でもあったのだろうか。でもまぁ、今日は丁度月曜日だし、放課後に改めて聞いてみようと、この場ではそれ以上の詮索はやめておいた。


 

 放課後になっても、白峰さんは自分から今朝の事を切り出そうとはしなかった。


 図書委員の仕事を終え、教室で恒例の読書会を始めるも、俺はその件が気がかりであまり集中できずにいた。


「夜木君、次のページにいかないんですか? 私、もう犯人が気になって気になって仕方ありません……!」


 それはこっちのセリフだった。

 あの言葉の続きが、気になって仕方がない。

 

「今日は、ここまでにしないか?」


「え……!? でも来週はもう、夏休みになっちゃいますし、事件の真相が1ヵ月以上もおあずけだなんてひどいです……」


「そ、それもそうか。ごめんごめん……」


 ――この時、俺は気付いてしまった。

 

 夏休みになれば、白峰さんには会えなくなる。仲良くなって、家にまでお邪魔したとは言え、俺は彼女の連絡先すら知らない。今までは学校にくれば必ず会えて、席も隣ですぐに会話ができて、そんな日常が当たり前と思っていただけなんだ。


 寂しい……会えなくなるのは、悲しい。


 たった1ヵ月――されど、1ヵ月。


 夏休み中も会いたいなんて言ったら、白峰さんは面倒くさがるだろうか。いや、彼女はそんなこと言わない。たとえ嫌だったとしても、自分を曲げてでも肯定してくれる。そういう人だ。だから、プレッシャーにならない程度の、限りなくそれに近いニュアンスで、繋ぎとめておく方法はないだろうか。


 結論は、ひとつしか浮かばなかった。


「白峰さん、あの、ライン、教えて欲しいんだけど……」


 その返答は、まるで予想外なものだった。


「ど、どうしてですか……? 学校で毎日会えて、席も隣同士なのに、どうして連絡先を交換したいんですか……?」


「そ、それは……」


 イエスでもノーでもなく、まさかの質問返しに、俺は言葉を詰まらせる。


「せ、責めてる訳じゃないんです……ただ、理由を、ちゃんと言って欲しかったんです……」


 折角包んだオブラートが、意味をなさない。


 恥を承知で本音をぶつけた。


「夏休み中にも、会いたいと思ったから……なんだけど」


 白峰さんは目じりを下げると、俺が一番聞きたくなかった「ごめんなさい……」を溢し、床を見つめた。

 

 俺もつられて、首を垂れる。やっぱりこんなこと言ったら、迷惑だったんだ。勝手に仲良くなったつもりになって、何を舞い上がっていたのだろう。今までの事は全て自惚れだったのだと自分を戒め、彼女の気を悪くさせない為にも明るい言葉をかけようとしたが、先に口を開いたのは、白峰さんの方だった。

 


「私、性格悪いですよね……本当は自分から言いたいことを、わざと夜木君の口から言ってくれるよう、仕向けてしまいました……」


「ど、どういう意味……?」


「私も……夏休みに、夜木君といっぱい、会いたい、です……」


 紅潮した頬と、恐る恐るこちらを見つめるいじらしい瞳に、俺の全身の毛穴が開き、血液が暴れ出す。


「それ、嘘じゃ、ないよな……?」


「嘘じゃありません……今日も、何度も私からお誘いしようとしたんですけど、ご迷惑だったらどうしようって思うと怖くて、なかなか言い出せなかったんです……」


 俺は盛大に安堵のため息を吐き出した。


「マジでよかった、心臓キュッてなった……」


「夜木君……夏休み中も、私に本を、読んでくれますか……?」


「もちろん何冊でも。でもせっかくの休みの日にすることが読書でいいのか?」


 白峰さんは俺と決して目は合わせようとはせず、まるで自分の性癖でも暴露するかのような顔で、告げる。

 

「恥ずかしいんですけど、私にとって、夜木君と過ごすこの時間が、1週間の中で、い、1番好きな時間なんです……」


 効果抜群、急所に当たった、クリティカル、クリーンヒット、今までプレイしてきた様々なゲームの文字面が脳裏に浮かぶ。


 なんだよ……この感覚。

 

 全身の水分が、根こそぎ奪われたみたいだ。

 

 ――喉が渇く。

 

 ――唇が渇く。

 

 ――目が渇く。

 

 血の流れすら止まったように身体は硬直しているのに、胸の内側の一点だけが、凄く熱い。

 


 ――この感情が恋だと気付くのに、あと1日ばかり必要だった。


 

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