第15話 向き合う時
「で? なんだか凄いことになってたみたいだけど大丈夫なわけ?」
以前より世間を騒がせていたアルクメオン家の家宝を取り戻しただけでなく、魔法学院内での殺人未遂騒動。
シグルズとオルテンシアはすっかり重大事件の渦中の人物となり、その影響で博物館も休館中だ。
そんな中訪れてくれたのはシグルズの友人である、あのカフェの青年だった。
「ええ……なんとか」
エントランスにいるのはオルテンシアだけで、しんとしていたところに賑やかさが加わって、苦笑いしつつなんだか嬉しかった。
差し入れを持ってきてくれたようで渡された箱を開けると、フルーツタルトが入っていた。
「私もシグルズさんも怪我はないですし、捜査も順調でしたからすぐ解放されましたよ。正直、もうこれ以上関わりたくはないですね……」
あの後、アルバは駆けつけた警吏隊にすみやかに逮捕された。
念の為オルテンシアたちは病院で診察を受けたが、二人ともこれといって傷はなく、逆にシグルズの治癒魔法を見て医者に感心されたぐらいだった。
アルバの犯行も怨恨によるもので、盗難事件の経緯としても、アルバが開発した違法薬品との取引で犯行グループから入手したとのことだった。
オルテンシアから魔力を奪うために多くの実験を重ねていたようで、研究室からは様々な倫理に反する実験の数々が証拠として上がっている。
「これからは魔法学院の方が大変だろうな。今回の件でイメージはガタ落ちで、学生たちが可哀想だ」
「本当に、そうですよね……。アルバさん、あんなに慕われていたのに……」
遠くを見すぎて、足元にある幸せが見えなくなってしまったのだろう。
魔法学院の若き秀才教授の裏の顔、なんてタブロイド紙にも書かれてしまっていた。
生徒たちの今後に影響のないよう、学院は手を尽くしてくれると信じたい。
「ま、暗いことばっか言っててもしょうがないな。館長さんたちに怪我がなくてよかったよ。人間、健康が一番だからな」
暗い雰囲気になってしまったところで、青年は明るく笑い飛ばして空気を変えてくれた。
「そういや、妖精のお嬢ちゃんは今日はいないのか?」
「あら? さっきまでイヴェッタさんと庭にいたと思うんですけれど、入れ違いになったのかも」
「そっか。じゃ、自分で探しに行くわ。館長さんも、仕事はほどほどにちゃんと休んでくれよな」
「はい。ありがとうございます」
リーナにも声をかけていくつもりなのだろう。
オルテンシアたちが事件に巻き込まれたと知り、リーナは泣きながら病院に駆けつけてくれた。
心労をかけてしまった分、リーナには元気な姿を見て安心してもらいたい。
「おや、あの子はもう行ってしまいましたか。つくづく彼はタイミングが悪いですねぇ」
青年を見送ってからすぐ声がして驚く。
「エドアルドさん……」
「数日ぶりですね。まだしばらく安静にしていいと言ったのに出勤とは、相変わらず真面目な人だ」
エドアルドはにこやかに笑いながらこちらへ向かってくるが、なんとなくオルテンシアは気まずくて目を逸らしてしまった。
「あの……指輪、どうなりました?」
「返してきましたよ。もっとも、指輪よりもあなたの身の安全の方が気になっていた様子でしたが」
「そう、ですか……」
アルクメオン家の指輪は結局、エドアルドを通して返却してもらった。
警吏隊を通して返却されるものだとばかり思っていたが、所有者であるアルクメオン家当主からオルテンシアへ渡すようにと、返ってきてしまったのだ。
オルテンシアはアルクメオン家の娘であるため、所有権自体はオルテンシアにもある。
だが、当主が何を考えているのかがさっぱり分からず受け取る気になれなかったのだ。
(結局、戻ってきてからも迷惑をかけるなんて……せめて怒られた方がマシだったかも)
いきなり家出した恩知らずな娘が、何故か盗まれた家宝を巻き込んだ殺人未遂事件の被害者になっている……なんて、さすがの当主も驚いただろう。
血縁でもないのに育ててもらった恩を忘れ、責務を全て放棄した愚か者のことなどとうに忘れているだろうと思っていた。
指輪を手切れ金代わりに今後一切関わるなということかと解釈したが、どうもそういうわけではなく、かといって帰る勇気もなく、最終的にエドアルドを頼ってしまった。
「帰りたければ旅費ぐらい出してあげますよ。しばらくご実家で休まれては?」
「いえ、それは結構です」
気遣うように提案してくれているように思えて、裏があることはもう分かっている。
指輪を返すことをなんなく承諾してくれた時点で、エドアルドは確実にアルクメオン家当主と関わりがあると確信していた。
「それより、あの時、シグルズさんが助けに来てくれたのってエドアルドさんのおかげですか?」
話をそらすように聞いてみれば、エドアルドは頷いた。
「ええ。言ったはずですよ。僕はいつもあなたを見ている、と」
エドアルドが一歩近づいて、オルテンシアの顔を覗き込む。
うんと背の高い彼に見つめられると、まるで隅に追い詰められた小動物かなにかの気持ちになる。
シグルズとはまた違う、底知れない魅力のある人だ。
でも深淵を覗けるほど、オルテンシアは好奇心旺盛ではなかった。
「じゃあ、これからも見ていてくださいね。エドアルドさんに守って貰えるのなら、安心できますから」
「おや、聞かないんですか? 聞きたいこと、たくさんあるんでしょう?」
すっかり心の内を見透かされている。
エドアルドにもシグルズにも聞きたいことは山ほどあるに決まっている。
アルバはオルテンシアに、シグルズがアルクメオン家のことを知っていると言ったが、あれはオルテンシアの心を揺らがせたくて咄嗟に嘘をついた訳ではないと分かっていた。
シグルズとエドアルドは、どういう目的があってオルテンシアを魔法博物館へ連れてきたのか。
アルバの声がまだ耳から離れない。忘れられない男になった……あまり認めたくはない事実だった。
「聞いてもいいんです?」
「もちろん。あなたにその覚悟があるのなら」
覚悟と問われ、オルテンシアは少し考える。
知っているはずなのに知らないふりは続けたくなかった。
今見ないことにしても、いずれ直面することになるのは間違いない。
ただ、アルバから守ってくれたシグルズの思いは、決して疑うことはしないとオルテンシアは感じていた。
それを覚悟と問われると頷けるかは分からないが、向き合うためには必要なものだ。
「シグルズさんとお話してきます。私、まだこの博物館にいたいので」
オルテンシアは、シグルズを探してエントランスの階段を上っていく。
「ふふ、そうですねぇ。期待していますよ、館長さん」
シグルズは企画展用の展示室にいた。
度々ここにいるのを見かけていたため、もしかしてと思って来てみたが間違いなかった。
手に何か握っていて、ぼうっと眺めているようだ。
「シグルズさん」
遠慮がちに声をかけてみれば、シグルズはすぐにこちらを見る。
「オルテンシア……」
「休館日なのに、私たち全員集まってましたね」
「寝ていなくていいのか」
「それはシグルズさんの方じゃないんですか? いくら治癒魔法で治ったとはいえ、撃たれたんですから」
「魔力を持ってかれた方が重症だろう。多少は回復したようだが、無理はするな」
魔力が無くなってすぐは目眩や倦怠感はあったものの、いつも通り健康的に生活していればすぐに回復するものだ。
実際オルテンシアはもう何ともないぐらいピンピンしている。
それでもいくら元気な様子を見せたところでシグルズは納得してくれなかった。
「分かりました。では、今日は早く帰りますね」
「ああ。今日も家まで送っていくから」
やっと安心したように頷いてくれる。
そこでようやく、シグルズが持っているものに気がついた。
「その魔石……」
以前シグルズに見せてもらった赤紫色の魔石だ。文字が刻まれていたはずだが今は消えている。
その上、なぜか輝きを失っているかのように濁った色になっていた。
「前に見せたものだな。もう力は残ってないんだが、捨てられなくて」
「もしかして、治癒魔法は魔石を使って……」
「そうだ。俺の祖母がくれたんだ。いつか必ず守ってくれるだろう、と。おかげでなんとか回復できた上に自分の血を使って魔法を使う余裕もできた」
シグルズが使った魔法は治癒魔法と拘束魔法だった。
致命傷からの治癒だけでもかなり高度な技術が要求されるのに、その状態から血を使って文字を描き拘束魔法を出現させたなんて。
わずかな時間でありながら、アルバに気取られないように完璧にこなしてくれた。
やはりシグルズはただの魔法使いではないと、改めてオルテンシアは感じさせられた。
「それで、オルテンシア。俺への答え……聞かせてくれるか」
シグルズは再びオルテンシアと視線を合わせる。
「君が好きだ、オルテンシア」
オルテンシアの答えはもうとっくに決まっている。
「ええ。でも、その前にあなたに聞きたいことがあります。――――あなたはいつから、私を知っていたんですか?」
少しの間、シグルズは悩んでいるように見えた。
けれどすぐに元の表情に戻る。
「最初からだ。駅で出会った時よりも、ずっと前から」
偶然の出会いのように思えて、最初からシグルズはオルテンシアが駅に来ることを分かっていた。
運命の出会いなんてものを信じていたつもりはないが、やはり、初めから計算された出会いだったようだ。
「俺たちの本当の仕事は情報屋、代行業者だ。表沙汰にできないような依頼を受けている」
「なるほど……」
「あんまり驚かないんだな」
シグルズに苦笑いされるが、なんとなくオルテンシアにとって納得できるようなそうでないようなものだったからだ。
「あの方、たくさん顔と名前がありそうですから。正体不明というかなんというか」
「おや、よく分かっているじゃないか。実の所、俺もエドアルドの全てを知っているわけじゃない。もう何年も過ごしてきたが、エドアルドっていうのが本名なのかも怪しいぐらいだ」
「たしかに私もそう思います。シグルズさんよりお付き合いは短いですけど、本当に不思議な人ですよね」
名前も年齢と本当のようで嘘のようにも見える。
それでもシグルズがエドアルドの側にいるのは、それらの情報がきにならないぐらい彼を信頼しているからだろう。
「いつもどこで繋がりがあるのか分からないような依頼人ばかりで、エドアルドが何者なのか今でも分からなくなるときがあるぐらいだ。今回の依頼もとんでもない依頼相手だと驚かされたよ」
「その依頼相手は……」
ようやく本題に入るようだ。オルテンシアは緊張からぐっと拳を握りしめる。
「ああ、オルテンシアの思っている人物だよ。最初に依頼を受けたのは数年前だった。『行方不明になった娘を探して欲しいが本人には気付かれないよう内密に』というものだったが、国内のどこを探しても見つからず、結局、エドアルドが君をノクトレアで見つけたんだ」
そんなに前からだったとは思いもよらなかった。
『僕はいつもあなたを見ている』――――エドアルドが度々口にしていたことは、本当のことだった。
最初からエドアルドはオルテンシアに隠したりしていなかったのだ。
「なんだ、全部知ってたんですね。私、一人で隠そうと必死になっちゃって」
ずっと一人で重苦しい気分を抱えていたこれまでを思うと、拍子抜けしそうだった。
「依頼が追加されたのはそこからだ。あるものを娘に渡したいが、自分ではどうにもできない。だから、俺たちに代行してくれと」
「あるもの、ってまさか」
「そのまさかだ。娘の本当の父親の忘れ形見を集めた博物館……グレイナーシャ魔法博物館を設立し、オルテンシア・アルクメオンに全て譲渡する。俺たちが引き受けた依頼はこれが全てだ」
オルテンシアは思わずなんと返せば良いのか分からなかった。
「な……本当の父親、って……」
この博物館の収蔵品は全て、まだオルテンシアが幼い頃に亡くなった父親の所持品であったなんて、誰が思うだろうか。
それも、ただ渡すのではなくなぜ博物館という形にしたのか。
顔も知らない実の親の遺産を渡してあげることで、オルテンシアが喜ぶとでも?
「オルテンシア……?」
俯いて固まってしまったオルテンシアを前にしてシグルズが狼狽えている。
思っていた反応と全く違ったのだろう。
オルテンシア自身もそうだった。
今、自分の中にこんな感情が湧き上がってくるなんて考えもしなかった。
「分からないです。全然、何考えてるのか分からないです」
わざわざ博物館の館長なんて職を与えて、オルテンシアが全て裏で仕立ててあげなければ仕事も見つけられないような幼い子どもだと言いたいのか。
それも、全部エドアルドとシグルズを通してだ。
あの人は、今も昔もオルテンシアとの対話を拒み続けている。
昔の内気で自信の無いオルテンシアなら諦めていただろう。
けれどこの博物館に来て、シグルズに出会ってオルテンシアは変わった。
最後まで黙ったまま、オルテンシアとの親子関係を終わらせるつもりならば、こちらにも考えはある。
「決めました。私、当主様に会いに行きます」
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