第9話 企画展『妖精と魔法使い』

 企画展開始の前日、ちょうど博物館の休館日であったが、オルテンシアたちは館内に揃っていた。

 この企画展を一番に見て欲しい相手を招待したのだ。


「来てくれますかね……」

「きっと大丈夫だ。信じよう」

「そう、ですね」


 シグルズに言われ、オルテンシアは頷く。

 その時だった。

 エントランスの扉が開き、呼び鈴がリンと鳴る。


「リーナさん……!」


 来てくれたのだ。いつもの制服姿ではないワンピース姿で、表情もどこかぎこちない。

 

「あの、私……」


 おそるおそる、といった様子でリーナが口を開く。

 

「話は後にしよう。君に見てもらいたいものがある」

「来てください。私たち、頑張って作ったんですよ」


 リーナの手を引いて、エントランスの階段を上がり二階の展示室に向かう。

 何日も休み続けていたというのに、来て早々に展示室に連れていかれるとは思っていなかったようで、なにがなんだかとでもいいたげな表情だ。

 

「それでは、改めまして。ようこそ、魔法博物館へ。本日は、企画展『妖精と魔法使い』を心ゆくまでお楽しみください」


 シグルズと二人で予め練習していた挨拶をすると、恭しく礼をする。

 ちょっと演技がかりすぎかとも思うが、没入してもらうにはこれぐらい必要だ。


「あ……これ、ノースレインの……!」


 リーナは展示品に気づくなり、目を見開いている。

 第一章は妖精の歴史について。ノースレインの湖の畔、美しい自然から生まれた妖精たちの紡ぐ長い歴史の物語だ。

 湖の様子を描いた絵画を中心に、描かれている植物や鉱石の標本を、当時のクラヴィスの時代に関連した歴史書などもある。

 自然から生まれた妖精たちは、やがて湖で集団として集まるようになり、いつしか一つの共同体が完成した。

 妖精は調和を大切にする種族であり、また皆が長い寿命を持っていることから、争いは好まれず、時代の変化に合わせつつ妖精たちの世界を守り続けている。


「懐かしい……」


 水光花を見つめるリーナの瞳は、きらきらと輝いているようにも見えた。

 

 二章は妖精と魔法使いの関わりについて。

 妖精が魔法使いを助け、導いたという伝承は各地にいくつも残されている。

 それだけでなく、妖精をモチーフとした魔法書や魔道具、さらにはアクセサリーまで登場し、妖精と魔法使いの世界はぐっと近くなる。

 人と変わらない大きさの妖精も、花瓶よりも小さい大きさの妖精も、様々な妖精が各地に現れ、その度に人々を魅了してきた。

 けれど良い事ばかりでは無い。妖精の美しさやその力を利用しようと目論む者も少なくはなかった。

 魔法使いたちはクラヴィス国内の妖精たちを守るため、妖精たちと協定を結び、法を整備し魔法使いが妖精を捕え傷つけることは重罪とされるようになった。

 時に荒波に飲まれながらも、妖精と魔法使いは良き関係を築くことを大切に続けている。


「この魔法書……」

「綺麗でしょう。リーナさんの羽みたいで、とっても素敵だと思ったんです」


 するとリーナはオルテンシアの方を見るが、何も言わなかった。

 迷っているような、そんな表情だ。


 三章は、現代を生きる妖精たちについて。妖精の協力の元進められた魔石研究についての書籍と、関連する絵や写真を並べた。他にも、イヴェッタが博物館の庭で育てた花に保存魔法をかけて標本にしたものや、今の時代のノースレインを描いた絵などなど。

 国が変わっていくように、妖精たちも変わっていく。

 妖精だって、人間と変わらずに社会の中に生きている。この博物館も、まさにそうであるように。


「最後は、これを持って見て回ってくれ。リーナは使わないかもしれないが、せっかくだからな」

「ランタン、ですか?」


 隣の展示室の扉は閉まっている上に、突然ランタンを渡されてリーナは戸惑っている。

 昼間で、その上博物館の館内では使うことのないものだ。

 

「さあ、どうぞ」


 シグルズが扉を開く。

 リーナはわっと驚いたあと、小走りに展示室の中へ入っていった。


「ここは、ノースレイン……!」


 先程までの暗い表情を忘れたように、現れた風景に圧倒されている。

 星空が真昼の博物館にあるなんて、思いもよらなかったことだろう。


「すごい……! すごいです、お二人共!」

「オルテンシアが一生懸命企画してくれたんだ」

「シグルズさんも一緒に、たくさん頑張ってくれましたよ」


 オルテンシアたちに嬉しそうな顔をやっと向けてくれたが、すぐに視線を逸らして、気まずそうな表情になる。


「あの、実は知っていたのです。眠っている間、イヴェッタさんが教えてくれて、ずっと聞いていたのに、私、起き上がることができなくて……」


 若い陽性には、精神の乱れから力のコントロールが上手くいかなくなり、姿を保っていられなくなることがあるそう。

 リーナもそうだったようで、イヴェッタからもう何日も小さな姿に戻ったまま眠り続けていると聞いていた。

 137歳。人間にとっては驚く数字でも、妖精からしたらまだまだ若く幼いのだという。

 通常は自然に回復するのを待つのだが、今回はイヴェッタが治療を施してくれた結果、再びこの博物館へ来ることができた。

 

「私もシグルズさんも、リーナさんに、少しでも笑顔になって欲しかったんです。魔法博物館で悲しい思いをしたのなら、魔法博物館で書き換えるしかないでしょう?」


 もうここで働きたくないと思われても、せめて、その心を癒すことができたのなら。

 そう思いひたすらに頑張ったが、どうやらオルテンシアたちの努力は報われたようだ。


「やっぱり、人間って、どうしてこんなに優しいんでしょうね」


 瞳を潤ませながら、リーナはオルテンシアに微笑んでくれる。

 綺麗なものをいくつも並べた展示室だったが、オルテンシアには、リーナのその輝くような笑顔が、一番美しいと感じられた。



 

 展示室を周り終え、場所を駅前のカフェに移す。

 ゆっくり語り合うには事務室では堅苦しいだろうという理由だが、それだけではない。


「来たぞ。そっちはどうだ?」

「ばっちり。準備出来てるよ」


 入店するなり、先日の青年が自信満々の笑みで出迎えてくれた。

 リーナに見せたいものは、まだあるのだ。

 テーブル席に着いてそれぞれ注文すると、すぐにリーナの元へあるものが運ばれてくる。


「はい、お嬢ちゃん。特製ゼリーだよ」


 テーブルに置かれたのは、透き通る濃紺色をしたゼリーだった。

 小さく砕かれた飴が散らされていて、まるで星空のように見える。

 

「頼んでいないですよ」

「サービスってヤツだよ」


 オーダー間違いではないと青年は首を横に振る。


「実は、今回の企画展をイメージしたスイーツを作って下さったんです」


 オルテンシアの説明を聞いて、リーナはなるほどと納得してくれた。

 

「そうだったのですね。どおりで魔石みたいな、すごい色なのです」

「綺麗って言ってくれよ。あんたたちの故郷にいっぱいあるっていう石に似せたデザインなんだ」


 二つ目の夜空の展示室を作るきっかけになった、蓄光鉱石から着想を得たという。

 

「面白そうなことやってるし、特製コラボメニューなんてどうかと思ってさ。悪くないだろ?」


 青年に促され、リーナは一口ぱくりと口に含む。

 

「ま、待ってください! これ、ぱちぱちします! 口の中が!」

「そ。色だけじゃ面白味がないから、オレ流に食感も工夫した」

「びっくりしたけど、美味しいです!」


 驚いたり喜んだり、慌ただしくも楽しそうなリーナの様子は微笑ましい。

 当初は特に計画していなかったのだが、企画展の話を聞いて青年の方から話を持ちかけてくれたのだ。

 今回はリーナの為を一番に作ったメニューだが、もし今後も引き受けてくれるのであれば、双方の宣伝になることは間違いない。

 

「なら良かった。あんたたちのもあるから、ゆっくり食べてってよ。今ドリンクと一緒に持ってくる」


 青年も満足そうにキッチンへ戻っていった。


「お二人共、ありがとうございました。それで、その……」


 リーナがスプーンを置いて、シグルズとオルテンシアに交互に視線を向ける。


「また明日からも、よろしくお願いしますと言っても、良いですか?」

「もちろんです!」

「ああ」


 これからも博物館に勤めるかはリーナに委ねるつもりだったが、こんなに嬉しいことはあるだろうか。

 次の企画展はリーナも一緒に作っていけたら――――そう思った時だ。


 カフェのドアが開いて、一人の男性が入ってくる。

 ちらりとそちらに視線を向けると、偶然目が合う。

 その瞬間、オルテンシアは呼吸さえも忘れてしまった。

 

「――――オルテンシア、なのか?」


 その声は、オルテンシアがよく知っているものだった。


「……うそ」


 思わず声がこぼれる。

 頭の中が一瞬で真っ白になって、どうしていいのか分からなくなってしまった。


「知り合いか?」


 オルテンシアの様子がおかしいことに気づいたシグルズが、そっと声をかける。

 リーナも不思議そうに、オルテンシアと男性を交互に見つめていた。

 知り合いだ。ずっと昔から知っている人であり、ここでは絶対に会いたくなかった人だった。

 この街で知り合いに会うことなんてありえないと決めつけていたが、やはり、簡単には逃れられないようだった。


「……お久しぶりです、アルバさん」


 気まずさを隠すことさえできないまま、オルテンシアは彼の名を呼ぶ。


「やっぱり、生きてたんだね……! ずっと、会いたかった!」


 感動の再会と言わんばかりに、彼、アルバは声を上げる。

 オルテンシアは先程までの楽しかった感情がゆっくりと下降していくのを感じていた。

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