第8話 魔法使いのやり方で
企画展の準備は着々と進み、オルテンシアもシグルズも夜遅くまで残って作業するほど熱中していた。
「シクト・ミラ・イルーシオ――――」
重い資材や手の届かない場所は、魔法で動かせば自力で終わらせられる。
ケースの温湿度の管理も照度も、魔法を使って揃えればより正確にできた。
「なかなか器用だな。でも、それぐらい頼んでくれれば俺が手伝うんだが」
ケースの照度を調節していれば、シグルズが横から声をかけてくれた。
「これでも、私も魔法使いですから。それに、魔法の方が正確にできるのでこれでいいんです」
魔法があれば、細々とした作業も簡単に行え、時間を節約できる。
作業が終われば、次は二つ目の展示室の飾り付けだ。
こちらは夜の風景を再現するとあって、ケースの中に展示品を並べるだけでは完成しない。
夜も遅い時間とあってか、照明を全て消すと真っ暗になってしまった。
「結構暗いですね……蓄光鉱物と植物、あとは……わっ」
足元が見えないせいで何かにつまづいて、転びそうになる。
が、床にぶつかることはなく、代わりにシグルズに抱きとめられていた。
「大丈夫か?」
「は、はい……すみません」
「謝ることじゃないさ。怪我が無いならそれでいい」
すぐにシグルズから離れると、照明を戻す。
「足元はもう少し明るくしておくべきでしたね」
「誘導になるような灯りを置いておくか。暗さももっと調節しよう」
頷きながらも、まだオルテンシアの心臓はドキドキしていた。
「それじゃあ、鉱物をいくつか持ってきますね。収蔵庫にもあるんでしたっけ」
「ああ、だが重いだろう。俺も手伝う」
「魔法を使うのでいいですよ。他の作業を進めてもらって……」
断ろうとしても、シグルズは引き下がらない。
「魔法だって魔力を消費すれば疲労に繋がるだろう。出来ないことは自分自身で補完させるだけじゃなくて、お互いで補い合うこともできる。そうだろ?」
正論だ。
先程もそうだったが、効率を重視するだけでなく、分担することも大切だと忘れていた。
「その通りです、これからはちゃんと頼るようにしますね」
「ならば良し」
と、二人で収蔵庫に向かおうとすれば、その前に足元が聞こえてきた。
「おやおや、まだ灯りが付いていると思えば二人揃ってこんな時間まで残業ですか」
「エドアルドさん!」
現れたのはエドアルドだった。
エドアルドは腕に箱を抱えており、それを床に置くと蓋を開けてくれる。
「はいこれ、お姫様のご要望のものでございます」
「ふふ、なんです、それ。ありがとうございます。こんなに早く用意してくださるとは思いませんでした」
「あなたの望みならば、当然ですよ」
中に詰まっていたのはランタンだ。
店まで買い出しに行くより、エドアルドに調達させた方が早いとシグルズから言われて頼んだのだが、もう持ってきてくれるとは。
「急にランタンがたくさん欲しいなんて言われて、何をするつもりなのかと思えばそういうことでしたか。なるほど、なかなか思い切りましたね」
「シグルズさんはランタンを持って歩いたとの事だったので、同じようにそれを持って、夜空の下を歩くような気分を味わって欲しかったんです」
擬似的なものでも、星空の下、輝く鉱石と花々が彩る湖畔を歩くなんてロマンチックな体験になるだろう。
ノースレインの象徴である湖は持って来られないが、できる限りは再現したかった。
「星は幻影魔法で映し出して、ルートは一方通行にして展示物には触れないように仕切りを置くつもりです。ナイトミュージアムでもいいかなと思ったんですけど、そうすると門限のある学院の寮生は来られないと思ったので」
現状について順に説明をすると、エドアルドはにこにこと頷いてくれた。
「計画書は読ませてもらいましたし、ある程度はイメージ出来ました。若者らしい柔軟な発想ですねぇ」
「何言ってるんですか、エドアルドさんだってそう変わらないでしょう」
ご老人のようなことを言うものだから、思わずクスクス笑ってしまった。
「おや? お嬢様は嬉しいことを言ってくれますね」
「お姫様なのかお嬢様なのか、どちらかにしてくださいね」
エドアルドはまだオルテンシアをからかうことに飽きないようだ。
この前は子うさぎなんて呼ばれたから、それだけはありえないと言ってやったばかりだ。
「ずいぶんオルテンシアと仲が良いみたいだな」
他愛もないやり取りのつもりだったが、シグルズの声が少し冷たく聞こえた。
「ええそうです。僕たち仲良しですから。ねー?」
「え? そうなんですか?」
「ちょっと、そこは疑問に思わないでくださいよ」
そういえば、以前も似たようなやり取りをしたのを思い出す。
あの時はエドアルドに自分以外の仲良しの相手が出来るのが嫌なのかと思っていたが、やはりそうなのかもしれない。
「シグルズさんったら、急にどうしたんです。あ、分かりました。心配しなくても、エドアルドさんを奪ったりしませんよ」
「そういうことじゃないし、そいつは俺のじゃない。そもそもいらない」
何を言われても照れ隠しにしか聞こえない。
エドアルドとの出会いについてしっかり聞いた後では尚更だ。
「なんなんですか、僕を挟んで痴話喧嘩なんて暑苦しいですね」
「喧嘩なんてしてませんよ」
「それはそうとあなたたち、いつまで残るつもりなんです。こんな時間じゃ外を出歩く人もいませんよ。心配なのでお姫様は僕が送っていきます」
「いえ、シグルズさんと一緒に帰るので大丈夫ですよ。隣の部屋にしたの、エドアルドさんじゃないですか」
オルテンシアの言葉に、エドアルドは思い切り顔をしかめた。
「だ、そうだな。どうだ、悔しいか」
なぜかシグルズは嬉しそうに胸を張っている。
「そうでした、忘れてました。では騎士の役目はお隣の狼に任せるしかありませんね。くれぐれも気をつけるんですよ」
「はい。転ばないように足元はしっかり見ます」
二回も転ぶなんて失敗はしない。
呆れ顔のエドアルドをよそに、オルテンシアは戸締りの確認に向かった。
展示室の準備と並行しながらポスターやチラシも作成し、なんとか形になってきた。
「文章も上手ければ絵も描ける、専門知識も豊富で魔法の扱いにも長けている……。正直、非の打ち所がないな」
オルテンシアが書いたキャプションを見て、シグルズがそんなことを呟く。
「そうですか? どれも大したことはないんですけれど、シグルズさんがそう思ってくださるのなら嬉しいです」
「これで大したことないとは、この国の魔法使いはどうなってるんだか。謙遜も過ぎると良くないぞ」
「そ、それもそうですね……ほどほどにしておきます」
シグルズの表情は穏やかなものだが、謙遜のしすぎと言われてもあまりピンとこなかった。
学生時代、成績は悪くはなかったがこれといった長所や特技もなく、模範的だが面白みはないという評価を下されてきた。
模範的であることに不満は無い。突飛なことをすれば、集団の中で秀でていると見られるわけではないと分かっている。
それでもやはり、才能豊かな学生たちの集まる環境の中では、そう思ってしまうのだった。
「ああ、そうだ。例の幻影透写器、修理が終わったから使ってみようか」
「もう終わったんですか! 助かります、ぜひ試してみましょう」
シグルズが持ってきてくれたのは、写真機のような形をした箱型の道具だ。
その名も、幻影透写器。幻影魔法の内容をそのままトレースして映し出すことができる、という魔道具だ。
ノクトレアでは新型の写真機を見たことはあったが、この機械は外国ではなかなかお目にかかることはできない。
シグルズが市場でジャンク品として売られているのを見つけ、いつか修理しようと置いていたらしい。それを使えないかと提案され、見事修復してもらった。
いくつかの部品を取り換えて新しく魔法を組み込めば、新品を買うより安上がりなんだとか。
これなら普通に幻影魔法を使うより、より広範囲に継続して使える。
薄暗い中でシグルズがセッティングすると、文字の書かれた紙のようなものを手のひらの上に浮かせる。
「ガルドル・ヴィタドール」
文字が光ったと思うと、紙は空気に溶けたよう一瞬で消えてしまう。
次の瞬間、幻影透写器が光り始めた。
「わあっ……!」
ただの展示室が、一面の星空で埋め尽くされていた。
空間はこれだけのはずなのに、遠くには湖の水面が見え、涼やかな風が吹き抜ける感触や、水の流れる心地よい音まで聞こえてくる。
月光に照らされた鉱石や植物は、青や緑といったそれぞれの色の光をぼんやりと放ち、神秘的な雰囲気を放っている。
「とても、綺麗です……!」
道なりに植えられた真白い花の名前は水光花、妖精の花とも呼ばれるノースレインしか咲かない花だ。
入手が困難なため標本のみの展示の予定であったが、妖精であるイヴェッタの監修の元、幻影魔法で再現することができた。
「なかなかいい具合にできたな。こっちの展示室は今の状態で十分だろう」
シグルズと二人で空を見上げ、ゆっくりと眺める。
「なんだか、本当に魔法使いの博物館っていう感じがしますね……」
「気持ちは分かる。これまでで一番魔法使いらしいことをして作り上げたからな」
小さな展示室の中に、果てしない広大な自然が広がっている。
時間を忘れてうっとりしていると、まるで異空間に来たかのような錯覚に陥りそうなぐらいで、夢心地のような不思議な気持ちだった。
「そういえば、先程の……もしかして、ルゥス古代魔法と現代魔法の組み合わせですか?」
シグルズが幻影透写器を発動させる時に使った魔法は、クラヴィスの魔法使いたちのやり方と少し違っていた。
ルゥス王国に伝わる古い魔法は、文字や石に特殊な文字を刻むことで発動するものだ。使われる文字は北ルゥス古代語という限られた地域でのみ伝承されているため、現代ではほとんど使用されない。
「その通りだ。元々はルゥス古代魔法を使ってたんだが、そのままじゃあ使いづらいから色々いじくって自分なりにアレンジしてる」
「なるほど……! そんな方法があるとは」
「一般的に知られているのはこういうのだろうな。俺はちょっとひと手間加えてるだけだよ。ほら」
シグルズがポケットから取り出したのは、赤紫色の魔石だった。長方形で四隅が斜めにカットされており、宝石のようにも見えるが、中央には文字が刻まれている。
そのまま手渡されたので、受け取って観察する。
博物館に展示されている魔石と同種の物かと思ったが、傾けると透明な石の光が揺らめいたように見えた。
「とても綺麗です……」
「貰い物なんだ。古いけれど、そう言ってくれるのは嬉しいな」
シグルズは目を細めて、照れたように笑っている。
どこか昔を懐かしむかのような表情にも見えた。
「では、魔道具の修復もその方法で?」
魔石を返しながら聞いてみる。
「もちろん使う時もある。でもほとんどが手作業だったり、機械いじりも対して変わらないさ。修復のやり方は、大抵いくつかのパターンを応用すればいいだけだからな」
壊れたパーツを取り換えたり、細かく手入れしたり、新しく手を加えたり。
オルテンシアはあまりそう言ったことに詳しくはなく、細かく聞いてみると新鮮で興味深いものだから、あれこれと追加で尋ねてしまう。
だが、修復のことを語るシグルズはいつもよりも楽しそうで、いきいきとしているように思えた。
「でも、あれだけでよく分かったな?」
「さっきの文字に、なんとなく見覚えがあったんです。なかなか面白いことをされてますね。論文にまとめても良いのでは?」
オルテンシアの提案に、シグルズはぽかんとしてしまった。
「考えたことがなかったな」
本当に思いもよらなかったというかのような具合で、こんなシグルズは初めて見た。
その顔を見ていると、なんだかシグルズが可愛らしく思える。
「よければお手伝いしますよ。シグルズさん、修復士としての技術力もかなり高いですし、魔法技術研究とかでもやっていけそうな気がします」
「ありがたい話だが、正直そういうのには興味無いんだ。俺は、機械いじりが趣味の田舎者で、オルテンシア館長の忠実な同僚でいたいな」
意外な返事だった。忠実、という部分はともかく。
「それとも、オルテンシアは偉くなった俺の方が好きか?」
「いいえ。今のシグルズさんが好きですよ」
答えてから、話の流れでシグルズに好きと言った事に気づく。
別に深い意味などは無いのだと否定しようとしたが、シグルズの表情を見てやめた。
「なら、よかった」
どこか安心したような表情で、オルテンシアのことを見つめている。
今の『好き』をシグルズがどう捉えたかは分からない。
けれど、オルテンシア自身もシグルズのことをどう思っているのか、今更確かめることは出来そうもなかった。
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