はなひかり

ともび

第1話 プロローグ

 高校時代。

 たった三年間しかないこの時間を、有意義なものにしたいと思うのは、誰だって同じこと。

 私とて例外じゃない。

 いろいろな人と友達になって、勉強も部活もそれなりにして。

 全部が全部成功しなかったとしても、最後の最後には「楽しかった」で締めくくることができるような、そんな生活を、私は望んでいた。なのに。


「――はぁ、だるい…………」

 その時の私は、その理想からかけ離れた姿をしていた。

 その日は三月二日。本来なら、卒業式の日。

 なのに私は、独り、学校ではなく、自分の部屋のベッドに寝転んでいた。

 部屋は暗い。布団は被っていないが、長袖の服を着ているからか暖かい。が、意識して見れば足先は寒いかもしれない。

 今頃みんなは、卒業証書を受け取っている頃だろうか。式歌でも歌っているだろうか。それとも、式辞や祝辞なんかを聞いているだろうか。

 本来そこにいるべきなのに、いられないことが情けない。なぜいられないかと言えば、話は単純で、私が所謂不登校になったからだ。

 理由は……まあ、今はいいだろう。自ずと明らかになるはずだ。

 とにかく、不登校になった私は、ここ一年間、学校に行けていない。テストはおろか、授業すら受けられていないのだから、卒業できないのは当たり前だ。

 言い換えれば、普通に学校に行っていれば、みんなと一緒に卒業できたのだ。私は、そんな周りの「普通」から取り残された。良い意味で目立つのではなく、悪目立ちする方で「普通」でいられないのだから、情けなかった。しかも、一度「行こう」と思えば、そして行動すればなんてことなかったはずのこと。私自身のせいでそうできなかったことが、なお情けなかった。

 こんなことなら、いっそ…………。

 そう思うこともしばしばあったが、実行に移せるだけの度胸はないから、結局は浮かんでは消えていくだけ。まるで「そんなことないよ」と言ってもらいたいみたいで、余計に自己嫌悪が凄まじかった。


 ――――ぐぅぅ~…………


 そんな状態にあっても、私の身体はいたって正常だった。腹の虫は空腹を訴えるし、身体を起き上がらせようとする腕も、キッチンに向かう足も、抗おうとはしなかった。

 1LDK。訳あって一人暮らし。田舎とは言え、独りでこの広さなら上等だ。

 だが南向きのはずのこの部屋は、今日も今日とて遮光カーテンが閉められっぱなし。薄暗い部屋は、広さに見合わず息苦しさを感じさせた。

 それでも、自分の好きなようにいられるのは、まだ救いだったのかもしれない。


 朝食を摂り、思い出したままに玄関に向かう。

 こんな私のところにも、郵便物やチラシなどは届く。物好きだなと思いつつ、溜まってしまっては仕方ないので、毎日確認するようにはしていたのだ。

 だがその日のポストには、見慣れない封筒が入っていた。

 茶色い長3封筒。差出人を見れば、高校からだった。

「除籍とか、かな」

 最も可能性がありそうな顛末を予想しながら、早速開封して見てみる。が、そこにあったのはそんな書類ではなく。

「……復学、手続き?」

 学校からの、いわば救済措置の案内状だった。


 □□□


 意識が覚醒する。

 目を開けると同時、眩しい夕日が私の網膜を焼く。

 思わずまた目を閉じてしまうが、今度はゆっくりと、そして窓側とは反対側を向いて目を開ける。

 私の他には誰もいない教室。

 暗い橙色に染まった教室は、どこか寂しげだ。

 どうやら私は、ホームルームもすっぽかして寝てしまっていたらしい。ただ、机の上は綺麗だから6限はちゃんと受けていたみたいだ。その辺の記憶も曖昧になっている。

「……帰るか」

 小さく呟き、私は教室を後にする。


 長い夢を見ていたようだ。

 とてもリアリティに溢れ、どこか懐かしい、そんな夢を。

 やれやれ、と頭を振って、顔を上げた。

 丁度前方には男子二人組。部活か委員会の途中だろうか。もしくは帰りか。

 今の今まで気づかなかったことに己の不覚を実感しつつ、申し訳ないので道を空けた。空けたのだが。

「あっ、あぁ……」

「す、すんません……」

 どこかバツの悪そうに、そして怯えるように、二人は足早に去っていった。

 不思議に思ったのも一瞬で、すぐに原因に思い当たった。

(そういえば私、寝起きに機嫌悪くなりがちだっけ……)

 質の悪さ、睡眠不足、低血糖等々、様々に原因はあるが、いずれにしても、そうなる傾向があることは確かだった。

 機嫌が悪くなればどうなるか。声は低く、覇気もなく、絞り出すように、嫌悪感丸出しになる。目は細められ、眉間に皺が寄る。元々キツめの目つきはさらに険しく、睨むようになり、相手に恐怖と不快感を与える。

 本当は、そんなことない。いや、ないはずだ。むしろもっとみんなと仲良くしたいのだ。なのだから、尚更。

 だが、今日この日まで、上手くいかないことが連続しているのもまた事実だった。

 ――始業式の日、面識のない人々が集まる教室の中で、緊張のあまり近寄りがたいヤツオーラ前回になったこと。

 ――自己紹介の際に、消え入りそうな声でしか話せなかったこと。

 ――わざわざ話しに来てくれたクラスメイトに対して、詮索を拒否するあまり冷たくしてしまったり、機嫌を損ねたと勘違いさせたりしてしまったこと。

 その上にさっきの件だ。今更思い出しても手遅れで、あの二人にも、「あいつは怖いヤツ」と思われてしまったに違いない。そんな状態から関係改善するの大変なんだけどな……。

 ではそれなりに友達もいた。が、不登校になってから連絡が途絶えた。みんなが悪意からではなく、気を遣った結果であることも承知していたが、やはり物悲しいことに変わりはなかった。

 

 夕方の、一日の最後のチャイムが、早く帰れと生徒を急かす。

 朝は賑わいを見せる駐輪場は、今は数台を残すのみとなっている。

 そんな中で帰る私と、一緒に帰ってくれる人なんて、期待する方が無駄なのだ。


「――お、千華〜」


 そう、ただ一人を除いて。


 □□□


 さて、これから話すのは、そうして始まった、私の4高校生活の話である。さあ、まずは何から話そうか。

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