第2話 灰の森の囁き
夜明け前の空はまだ群青色をしていた。
レオンとカイルは、町の門番に軽く挨拶を交わすと、冷たい朝霧の中へと足を踏み出した。
北の森へ続く街道は、普段なら農夫や狩人の往来で賑わう。
だが今日は、不自然なほど静かだった。鳥のさえずりも、馬車の車輪の音もない。
ただ、自分たちの靴底が土を踏む音だけが響く。
「……やっぱり、妙だな」
カイルが低く呟く。
レオンは頷き、視線を前に向けた。森の入口が近づくにつれ、空気がひんやりと重くなるのを感じる。
やがて、木々の影が道を覆い、薄暗さが増していく。
入口付近の地面には、不自然な黒い染みがあった。まるで焚き火の跡のようだが、周囲の草は焼け焦げておらず、土だけが煤けている。
「……火事じゃないな」
レオンが膝をついて調べると、その黒い部分は粉のように崩れ、指先にまとわりついた。
冷たい。冬の雪を触ったときのように。
森の奥へ足を踏み入れると、外の空気とは違う感触に包まれた。
風がない。音がない。
まるで世界そのものが息を潜めているかのようだ。
「……ここ、嫌な感じがする」
カイルが剣の柄に手をかける。
レオンも同じ感覚を抱いていた。背中をなぞるような寒気と、遠くから聞こえるような聞こえないような囁き声。
ふと、木の幹に灰色の粉が付着しているのを見つけた。
触ると、さっきの黒い粉と同じく冷たい。しかしこちらは淡く光を反射しており、粉というより細かい灰の結晶のようだった。
「なあ……これ、魔法の痕じゃないか?」
カイルの声が、妙に遠く感じられる。
レオンは返事をしようとしたが、次の瞬間、視界が揺らいだ。
炎。
赤く燃える空。
その中に立つ、灰色の剣を握る自分。
そして、蒼い瞳の少女──。
「レオン!」
カイルの声で我に返ると、目の前には古びた石畳があった。
それは木々の間に途切れ途切れに続き、地面には不規則な刻印が刻まれている。
「これ……文字か?」
「たぶん。俺たちが習った王国文字じゃない」
石畳は霧の奥へと続いていた。
その先から、確かに声がした。少女の声。夢で聞いたような──だが、何を言っているのかは分からない。
足を進めると、霧の中から形の定まらない影が現れた。
人の形にも獣の形にも見える、灰色の塊。
それはゆっくりとこちらに近づき、肌から熱を奪っていく。
「下がれ!」
カイルが木剣を構え、レオンを庇う。
影は一定の距離で立ち止まり、しばらく揺らめいた後、霧の奥へと引いていった。
その方向には、崩れかけた石造りの門があった。
見た瞬間、レオンは確信した──あれは夢の中で見た場所だ、と。
「行ってみよう」
レオンが言うと、カイルも黙って頷いた。
二人が門へ向かおうとしたその時、背後で枝の折れる音がした。
振り返ると、霧の中から人影が現れる。
それは……見覚えのある守備隊の鎧を着ていた。
だが、その目は完全に灰色に染まっていた。
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