第6話:《逢魔》

(……強かった)




 カガリの命を救い、妖魔を討ち果たした帰り道。


 人気のない夜の舗道を歩きながら、久遠凛夜は心の中で繰り返していた。




(今の妖魔……あの規模の呪詛の濃度。俺が切り札を使わざるを得ないほどの力。尋常じゃない)




 闇に沈んだ妖の中でも、今夜のそれは特異だった。


 あれほどの呪蛇が人知れず発生するとは考えにくい。




 しかも、カガリを追い詰めるほどの力を持っていた。




(……カガリは、決して弱くない)




 かつて「最強の妖魔」とまで恐れられた存在だ。


 それが、傷を負っていたとはいえ、あそこまで追い詰められたということは――




(……いやな感覚がする)




 何かが、動き始めている。


 予感などという曖昧なものではない。


 久遠凛夜はそれを、陰陽師としての本能と呼んでいた。




 やがて、彼の足は目的地へと辿り着いた。




 ――国営陰陽機関『逢魔おうま』。




 政府の裏部隊。対妖魔、対霊障を専門とする“人ならざるもの”と戦う者たちの最後の砦。


 公には存在しない機関。陰陽寮と呼ばれるその施設に、凛夜は長年籍を置いていた。




 中に入ると、抑圧された霊圧と結界の重みが、肌を締めつけてくる。


 一般人であれば、数分で正気を失うだろう。




 それでも、凛夜にとっては帰るべき場所だった。




「――戻ったか。凛夜」




 長官であり、機関の統括を担う老陰陽師が、書類に目を通しながら声をかけてきた。




「ああ。報告は後にする。先に結界を再調整する。妙な瘴気を拾った」




「……了解した。詳細は朝に聞こう」




 短い会話を終えて、自室に戻ろうとしたその時だった。




「――おぬし、また儂を置いていく気か?」




 背後から聞こえた、聞き慣れた“のじゃ口調”。




 驚く間もなく、凛夜は溜め息をついた。




「……なぜ、ついてくる」




「べ、別に深い意味はない。な、なんとなくじゃ! うむ!」




 明らかに動揺した口調。目は泳ぎ、ソワソワと。


 凛夜は肩をすくめた。




「ここは、妖魔を封じる機関だぞ。お前のような存在が出入りするなど、本来許されるはずもない」




「なら、こっそり住まわせよ。……儂、おぬしと離れたくないのじゃ」




「……」




 一瞬、言葉に詰まる。




 その言葉には、軽口とは違う、どこか真に迫る響きがあった。




(……お前も気づいているのか。自分の変化に)




 人に裏切られ、憎しみと孤独に生きてきた妖。


 その心が、わずかにほぐれ始めている。


 ――自分の存在によって。




「仮住まい程度なら、寮の裏にある空き室を使え。だが、目立つな。余計な干渉はさせない」




「おおおっ、許可か!? いやっほぅ!」




「……耳が痛い」




 思わず耳を塞ぐ凛夜に、カガリは飛び跳ねるように笑う。


 その姿は、もはや人間の少女と何も変わらない。




(……だが、のんきな時ではない)




 五行滅殺――自分の切り札。


 本来、秘匿された霊脈の力を限界まで引き出す禁呪。




 一日に何度も使える術ではない。


 それを“使わざるを得なかった”ことが、何よりの証拠。




(カガリ以上の妖魔が、人知れず蠢いている)




 その事実が、凛夜の胸を鈍く締めつけていた。




 夜風が、結界の隙間をすり抜けて吹いた。




 微かに感じる、“禍々しい”風の匂い――






 その夜、久遠凛夜は眠らなかった。




 眠る必要など、とうに捨てた。


 背負ったものの重さと共に。

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