バクの店  良質な睡眠を

冬咲 華

第1話 「雪うさぎ」 予兆

 淡いクリーム色のカーテンで、仕切られた空間。

 窓からの光が、降り注ぐベッドの上には、淡いパステル系の柔らかそうなニット帽を被り、同じ模様のパジャマを身につけた真央まおが、ただひたすら眠り続けている。


「ちょっとお水換えてくるからね」


 返事が返ってこないことはわかっているけれど、眠る真央に声をかけ、サイドテーブルの上に飾られていた花瓶を、そっと手に取る。


 暖色系でまとまったガーベラの花をみながら、ふと物思いに駆られた。


 私たち二人は家が近く、同い年だったこともあり小さい頃からいつも一緒だった。


 保育園の時も、幼稚園の時も、小学校の学童保育の時も、親が帰ってくるまで、いつも一緒だった。


 親達はいつも遅く帰ってくるので、夜は必ずどちらかの家で姉妹のように、肩を寄せ合い過ごした。


 時々他愛ないことで喧嘩もしたけれど、結局いつの間にか仲直りしている。


 お互いがお互いを必要なことは、本能で感じていたのかも知れない。




 真央は寒いのが嫌いなくせに、雪を見るのがとても好きだった。


 雪が降るたびに、綺麗だ綺麗だと、はしゃぎ回った。


 そんな真央の反応が楽しくて、雪だるまを家に持って帰っては、室内に飾って、何度も親に叱られたことがある。


 冷蔵庫の中に入れていたときは、お母さんが悲鳴をあげたので、慌てて二人で謝った。


 それでもお互い雪だるま作りがやめられず、毎年のように二人はその都度叱られた。


 少し大きくなり、親に叱られるような雪遊びはしなくなったけれど、毎年雪の季節になると、競うように雪でできたうさぎ “雪うさぎ” を作り、どちらが多かったかを、競うようになっていた。


 なぜかいつも真央の方が二、三個多いのよね

あぁ、悔しい


 そんな何気ない毎日を過ごして、私達は大人になっていくものだと、そう思って疑わなかった。





 ふと肌寒さを感じた私は、何気なく窓の外を眺めた。


 分厚い鼠色の雲が空を覆い、いつの間にか辺りはすっかり薄暗くなっていた。


 物思いに耽る私の心の中で、真央の呼ぶ声がした気がした。




 あれは去年の今頃だったように思う。


 雪深いこの土地は、冬が長い。

 深々と降り積もる初雪は、これから始まる長い冬の到来を告げていた。


比奈ひな


 名を呼ばれ、振り向いた私の顔に “パシュッ” 雪の塊が当たると、そのままボトリと落ちる。


 雪玉が飛んできた方向を見ると、真央が笑いながら近くの雪を取り、握り固めている姿が見えた。


 つられた私は、何だか楽しくなってくる。

『真央やったなぁ』

 私も足元にある雪で、雪玉を慌てて作ると、すぐに雪合戦が始まったのは、言うまでもない。


 気づけば、白熱した投げ合いになったけど、結局すぐに疲れて、私達は近くのベンチに腰掛けた。


『あぁーー動いた動いた。おかげで身体が温まったわ』

 真央が一息つくと呟いた。


『手だけは、冷えたけどね』

 すかさず私も呟くと、『ぷッそれ言えてる』そう言って二人で思い切り笑った。


 そんな私達を道行く人達が、チラチラ見ながら通り過ぎて行くのが。目の端に映った。


『比奈。比奈ってさ、将来のこととかって何か考えてる?

 この間進路希望のプリントきたじゃない? あれってさ、もう書いた?』


 思い出したように真央が、私に聞いてきた。


『ーーんん……一応前回と同じで、近くの学校書いたけど……将来何するかまでは、決まってない』


 私は思わず、ちょっと苦い顔で答えたけど、そんな私の機微には気づいていないみたいだった。


『そっか……』


 正面を向いていた真央は、私の返事を聞くと、腕を軽く伸ばし肩をグルグル回すようにした後、空を見上げたまま口を開いた。


『私さ、ここ出ようかと思ってるんだ』


 決意を浮かべたような表情で、私を見て少し笑った後、また空を見上げていた真央は『……教師、目指そうかと思ってるんだよね』照れくさそうに報告してくれた。


『そうなんだ……すごいね、真央は。私応援するよ』


 私は素直に、真央の夢を応援したいと思った。

 同時に、羨ましくもあり、寂しくも感じた。


 私はどうしたいんだろう……

 何がしたい?

 何ができる?

 正直どうしたらいいのか、よく分からなかった。

 先のことを考えると、少し怖い。

 だって今選んだ道が、もし間違っていたら?

 ついそんな取り止めのないことを考えてしまい、前に進めないでいる。


 だから、自分のこれから歩む道を決めている真央が、凄いなと思うけど、何だかちょっと遠く感じた。


 いつもそばにいて、何をするにも一緒だった私達

なんだか私一人、置いて行かれたような気がした。


 真央は私を見ることなく、ずっと空を眺めている。

思わずイタズラ心が疼いた。


“パシュッ”


 軽く投げた雪玉が、真央の腕に当たって、ボロボロと崩れ落ちる。


『真央、頑張れ!』


 それでも私は私なりに、めいっぱい真央のことを応援したいんだ。


『それじゃあ、応援になってないと思うんだけど?』


 真央が、呆れるように私を見ると、お互い目が合った。

 ニヤリと笑うと、示し合わせたように再開した雪投げ。

 何もかも忘れたように、全力で雪合戦を堪能した私達。

 気づけば『ぶっふふふ……』二人して吹き出すように笑ってた。


『じゃぁ、帰りますか』


 ひとしきり笑った後、立ち上がった私

 何気なく真央の方を見ると、頭を押さえて一瞬顔をしかめていたのが視界に入った。


『どうしたの?真央』


 急いで屈んで真央の方を見た。

 そんな私に、片手を上げ大丈夫だと真央は言ったけど、ちょっと心配だった。


 私を見た真央が、しょうがないなと、困った感じで説明してくれた。


『最近ちょっと頭痛くてさ、なんか視力も落ちてきてるような気もするんだよね。まぁそれで目が疲れて頭痛いのかも知んないんだけどさ』


『大丈夫? 一度病院に行った方が良くない?』

 私の心配した顔を見て、弱ったなぁという表情になった。


『うぅ〜ん。お母さんはいつも大変だしさ、なんか、煩わしたくないじゃない?』


 そう言われると、私も複雑な気持ちになった。


『うん、そうだね。でもさ、真央の具合悪くなったりしたらさ、おばさん心配するよ?』


 私は覗きこむように、真央を見つめた。


『うぅ〜ん、考えとくよ』


 そう言って、屈託なく笑っていた真央


 あの時の真央の笑顔と声が、浮かんでは消えていく。


 この頃からだったように思う。


 真央の様子が、おかしくなったのは


 頭が痛いと、よく休むようになった。


 それでも平気そうにして、市販の薬を買ってきて飲んでは、おばさんに心配かけないようにしていた。


 私もお母さんを煩わせることを考えると、真央の気持ちが少しわかるので、あまり強くは言えなかったし、ただの頭痛だと笑う真央の言葉に、半信半疑ながらも、どうしたらいいのか分からなかった。


 それから何日かして、お互いなんか変だと、不安になってきた時には、真央の視力は、かなり落ちていて、あっという間に、ほとんど見えなくなっていた。


 焦った私達が、ここに来てようやく、内緒にしてきたおばさんに相談した時には、取り返しのつかないところまで来ていた。


 何で私は、もう少し早く真央のお母さんに相談しなかったんだろうか


 何度も何度も後悔した。


 今更遅いのに……



「あら比奈ちゃんこんにちは、今日も来てくれてたのね」


 物思いに耽っていた私の後ろから、声が聞こえた。


 花瓶の水を換えて病室に戻ろうとした私は、やってきた真央のお母さんに声をかけられた。


「はい、こんにちは。今日も来ちゃいましたへへへ……あっ、そうだ! あのこれ、学校から預かってきたプリントです」


「いつもありがとうね」


 おばさんは少し微笑んで、プリントを受け取ったけど、その横顔は、以前より疲れが雰囲気に出ていた。


「……もう冬休みの時期なのね」


 少し寂しげに、プリントへ視線を落としていたおばさんは、何も無かったかのようにプリントをしまうと、私にリンゴを勧めてきた。


 だけど私は早々に挨拶を済ませて、今日はそのまま帰ることにした。


 病室を出て、待合ロビーに辿り着いた時、見知った男子が、こちらに向かって歩いてくるのに気づいた。


「……飛鷹ひだか先輩」


「やぁ……本当はみんな来たがったんだけどね、大勢で押しかけるのも迷惑かと思って、代表で俺が来た。もっと早い時期にこようかとは思ってたんだけどね。今になっちゃったんだ。遅くなってすまない」


 こめかみあたりに手をやり、バツの悪そうな表情を少し浮かべると、苦笑いを見せていた。










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