第15話 異世界冒険者 日本を行く①
オークの巨体がブルーシートに包まれ、悠真のトラックの荷台に横たわった。首の切断面からは僅かに緑がかった血液が滲んでいる。
悠真は、この異様な光景に現実感を失いかけていた。つい数時間前までここは牧場の裏手の離れた場所であり、今もなお、日本の警察やオークなどという単語は、本来絶対に交わるはずのない言葉だ。
悠真は急いで高志に連絡を入れ、「バッテリーが見つかった」と伝える。
高志は安堵し、「じゃあ、悪いけど悠真君の店で預かっておいてくれ。明日の朝、7時半頃取りに行くから」と返してきた。
悠真は内心冷や汗をかいた。もし高志が今夜来たら、荷台のオークの死体と異世界の冒険者たちを目撃してしまう。
良かった。明日の朝までなら、なんとか持ちそうだ。
店にまだいるであろう妹の希実にも電話をする。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「あぁ、希実、ちょっと草刈りの現場で探し物を頼まれて探していたんだ。見つかったから今から帰るところなんだ。」
「もう、店は閉店にしたよ。これから、家に行って夕ご飯作るけどどうする?」
「夕ご飯は適当に食べるから母さんと先に食べててくれ。それから、明日の朝イチに見つけた物を店に来て受け取りたいって話になって。朝早く店に行くのは面倒くさいだろう。だから、店に泊まろうと思うんだ」
「うん、分かった。そんなこと言って女の子連れ込まないでよ(笑)」と希実との通話を終えた。
悠真はオークの死体を隠すように、草刈り用の機材を上に積み重ねた。そして、異世界からの来訪者に声をかける。
「じゃあ、このまま僕の店に向かいます。リリエッタは助手席へ。フィネアスさんたちは、申し訳ないけど荷台に乗ってください」
リリエッタは好奇心に満ちた目で、悠真の乗っていたトラックを見つめていた。
「この鉄の馬車が
悠真は彼女に、普段から車に常備している濃紺のパーカーを手渡した。
「これを着て。この世界では君たちの格好はとても目立つ。エルフなら耳を隠せば、まだこちらの人間に見えるかもしれない」
リリエッタは嬉々としてパーカーに袖を通し、フードを被って助手席に収まった。男性陣は、荷台のオークの死体を避けながら、ブルーシートの隅に腰を下ろした。
悠真がエンジンをかけると、ガルドが興奮して叫んだ。
「おぉ、魔法陣も魔力炉もなしに動く!…」
悠真は運転席に座り、パーカーで特徴的な耳と銀色の髪を隠したリリエッタは、目の前の「異世界の道具」に目を輝かせている。
悠真のトラックの荷台には、ブルーシートに包まれたオークの巨体と、屈強な男たち—ドワーフのガルド、獣人のゼノス、エルフのフィネアス—がひしめき合って隠れていた。
「フィネアスさんたち大丈夫ですか? 振り落とされないでくださいよ」
「心配無用だ。我々は魔石付きオークと渡り合う冒険者だぞ。この程度の振動、子守唄みたいなものだ」
ゼノスが威勢よく返したが、道端のデコボコでガルドが頭を天井にぶつけ、「ぬおおっ!」というドワーフらしい低い唸り声が、微かに荷台から聞こえてきた。悠真は聞かなかったふりをして、トラックを市街地へ向けた。
トラックが国道に出て町中へ向かうにつれ、冒険者たちは日本の街並みに度肝を抜かれた。最も彼らを驚かせたのは、信号機だった。
「ユウマ、なぜ急に鉄の馬車が止まるんだ? あの、空に浮かぶ『三色の魔石』が、我々の動きを制限している!?」フィネアスが慌てて幌の隙間から大声で尋ねる。
「あれは信号機です。赤が止まれ、青が進め。法律ですよ」
「法律が、空から光で指示を出すのか!?」
信号待ちの間に、リリエッタは窓の外の光景に釘付けになった。行き交う人々、巨大な建物、規則正しく流れる車のライト、そして何よりも、どこまでも途切れない巨大な建物
「な、なんだあの光の群れは!? 魔物の群れか!?」ゼノスが恐慌気味に叫ぶ。
「あれはただの看板や照明ですよ」悠真は呆れ半分、面白半分で答える。
リリエッタは助手席で窓に張り付き、スマートフォンを持つ人々の多さに驚愕していた。
「ユウマ、誰もかれもが、あなたみたいに小さな『
しばらく走ったところで、リリエッタが突然、もじもじし始めた。
「あの、ユウマ……その、『水の《ト》
悠真は慌てて、近くにあったコンビニにトラックを滑り込ませた。日本のトイレ文化は、異世界のエルフには未知の領域だろう。
「この先、店まで休憩できる場所はないから、今ここで済ませて」
「みんな、絶対に動かないでください! リリエッタはトイレを借りてきます!」
悠真はそう言い残し、リリエッタと共にトラックから飛び降り、コンビニへ駆け込んだ。
コンビニの明るく清潔な店内、そして自動ドアが開き軽快な音が流れると、リリエッタは再び目を見開いた。
「ここが、あなたの言うコンビニ」ね…すごい。まるで魔法陣みたい。冷気が店全体を包み、品物が整然と並べられている!これは、収納魔法が組み込まれた建物なの!?」
悠真はリリエッタに、現代日本の自動洗浄機能付きトイレの使い方を、身振り手振りで説明した。その間、ガルドとフィネアス、ゼノスは、トラックの荷台からコンビニの店内の広がる煌びやかな陳列をこっそりと興味深そうに観察していた。
悠真はトイレの場所を指さし、小声で急かした。
「早く! リリエッタ!」
リリエッタがトイレに入っている間、悠真はトラックに戻り、荷台のメンバーに状況の説明をした。
「フィネアスさんたち、リリエッタは今、『異世界の聖なる泉』で用を足しています。もうすぐ戻りますから、もう少し我慢を」と言い、また慌てて店内に戻る。
数分後、スッキリした様子のリリエッタが、トイレから出てきた。コンビニの店内が物珍しいのは分かるがキョロキョロして不審者にしか見えない。トイレだけ借りるのも気が引けたので、レジ前にあったいちご大福とお茶を買いトラックに戻る。
いちご大福の食べ方やペットボトルの開け方を教えると「ユウマ! この、白くて柔らかい、甘い生地の食べ物! これも、あなたの世界の珍品ね! 美味しいわ!。この飲み物も渋みがあるけど飲むと甘さが消えて口の中がサッパリする」
リリエッタは甘い物が好きなのか気に入ってくれたようだ。男性陣も初めてのいちご大福に感嘆の声をあげる。
悠真はため息をつきつつも、いちご大福(日本のスイーツの力)に冒険者が魅了されていることに、どこか安堵した。
コンビニで小休止を挟み、再びトラックを走らせること数十分。ついに、シャッター街となった地方駅前の「おみやげのながもり」が見えてきた。
裏庭にトラックを停め、悠真は自動ドアを開けて人目を憚りながら異世界冒険者パーティーを店内に招き入れた。
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