第14話 魔物の取扱い

 オークの首が地面に転がり、その巨大な胴体が音を立てて崩れ落ちた。数秒間の静寂。

 誰もが息を止め、ただその光景を呆然と見つめていた。


 ​回転を終えた三枚刃の手裏剣が、ゆっくりと悠真の前に浮かび、そして彼は穴に腕を通した。刃は、先ほどオークの首を切断したとは思えないほど滑らかで、血の痕跡一つなかった。直径は元の倍、材質は強化され異世界の概念が付与されたようだ。それは、もはやただの刈払機用の替刃ではなかった。やがて自動的に変形し始め、腕輪の形になった。

結果オーライだが刈払機の替刃がダメなら熊撃退スプレーを転移させようと思っていた。ただ、和央さんから定価が8,000円と言われていたので躊躇してしまったのは内緒にしておこう。


リリエッタは、真っ先に悠真に駆け寄った。

「ユウマ! 無事でよかった! さっきの……やっぱりあなたの力なのね。日本のアイテムを『魔法の武器』に変えるなんて!」


 ​彼女の言葉に、悠真は全てを悟った。梅漬け(カリ梅)と同じだ。思いつきで転移させた刈払機の替刃が、異世界との境界の「裂け目」と、彼の「異世界転移能力」が持つエネルギーによって、一瞬で対魔物用の最終兵器へと変質したのだ。

 ​(1,425円の替刃が……オークを一撃で!)


 ​「……え、これ、何だ? 人間、お前の『秘蔵の魔道具』か!?」

 暫しの​沈黙の後、話しかけてきたのは赤髪で髭もじゃのドワーフ、名前はガルドというみたいだ。彼はぶっきらぼうな表情をさらに歪ませ、興奮と驚愕が入り混じった声を上げる。鍛冶師であるガルドにとって、その超絶的な切れ味は理解の範疇を超えていた。

弓をしまいながらリリエッタが悠真に分かるように訳してくれる。


 ​「オークの頸動脈を、一撃で、しかも遠隔から……。ありえない、俺たちの武器では皮膚一枚削るのも一苦労だというのに!」

 ​狼の顔をした獣人が、オークの死体を状態を確かめながら

「旦那、大儲けだ! 魔石付きのオークの素材は金になる。欲張らず早くここから撤退しよう」獣人は警戒心から周囲を見渡す。


 そこで今まで悠真を訝しげに黙って見つめていた男性のエルフが口を開いた。

「なるほど、話す言葉はリリエッタが言うように古代エルフ語にそっくりだ。異世界の人間とどうして言葉が同じなのか確かに興味深い。だが今はそれが問題ではない。今、考えなくてはならないのはどうして我々がこの異世界に転移してしまったのか、そしてどうやってアルテミシアに戻るかだ!!」男性は興奮してるのか大きな声で言った。


心配したリリエッタが安心させようと男性エルフの腕をギュッと掴む。時々、リリエッタが訳す言葉を聞きながら、悠真は誰一人として状況が掴めていないこの状態をどうにかしようとまずはこの異世界冒険者パーティーと意思疎通を図ろうとリリエッタにお互いの自己紹介を依頼することにした。


 まずは仲間から悠真の紹介を頼まれたリリエッタは、興奮冷めやらぬパーティーメンバーを制し、悠真の言葉を翻訳し始めた。

 ​「長森悠真です。ここは異世界で、私の暮らしている日本という国です。あなた方がどうしてここに転移したかは分かりませんが、もしかすると、僕の店のせいかもしれません」

 ​悠真は転移の経緯と、店の表口が異世界、裏口が日本に繋がっているという奇妙な現状、そして夢の中で聞いた「世界のシステム」からの話を、言葉を選びながら正直に話した。


パーティーメンバーは全員『会話の腕輪コミュニケーター』を身につけていたからか、それから言葉が片言ではあるが会話がスムーズできるようになった。

どうやら、自分の名前を言うと『会話の腕輪コミュニケーター』に言葉が登録される魔道具みたいだ。


 ​ドワーフのガルドが、目を丸くして唸った。

 ​「なんだと? お前の店が『次元の裂け目』だと? それに、この異様な鉄の塊(手裏剣)を…まさか、お前が言い伝えに聞く『次を切り開く者(ゲート・オープナー)』か!?」

 ​ガルドは鍛冶師としての好奇心から、悠真の腕ある手裏剣だった腕輪を熱心に見つめている。


 ​一方、大声を出したことで少し冷静さを取り戻したエルフのフィネアス。彼は魔法使いであり、このパーティーのリーダー格だ。

 ​「ユウマ、君の言う『世界のシステム』と『裂け目』。その話が真実なら、我々がアルテミシアに戻るには、異世界転移した君の店から行くしかない。そして、我々が転移したのは、君の能力が不安定であるのと、大規模な境界の綻びが合わさり生じた事態だろう」

​「僕の店の場所に戻れば、あなた方もアルテミシアに戻れるかもしれない。でも、店がいつ、どうやったら転移するかも、まだ僕にはコントロールできないんです」


 悠真が頭を抱えたくなりそうな状況の中、獣人のゼノスが実務的な声を上げた。

 ​「フィネアスの旦那、グダグダ言ってる場合じゃない。この魔石付きオークの死体、どうするつもりだ? このままじゃ、ユウマの言う『日本』の警察だか何だかに見つかったら面倒だろ。早く解体ドロップしないと」

 ​悠真はオークの死体を解体すると言われ青ざめた。日本では熊や猪の死体処理すら大問題になるのに、ファンタジーの魔物となると前例などある訳が無い。

 ​「解体って…まさか、ここでバラバラにするのか!?」

 ​「当たり前だ! 魔石付きオークの素材は高級品だぞ。特にこいつの魔石は大金になる!」

「魔石って額に付いてるこの黒い石のこと?」と10円硬貨の大きさの石を指差し僕が尋ねと

「そうだ。この大きさならしばらく仕事しなくても困らないぜ」興奮した口調でゼノスが叫んだ。


 ​フィネアスは悠真を見た。

​「ユウマ、君の店は『裂け目』に繋がっているのだろう? 我々が素材を日本に持ち込むのは問題か?」

 ​悠真は、異世界の魔物を日本に持ち込むことに倫理的な抵抗を感じたが、目の前の魔石付きオークがここで見つかる方が遥かに大きな問題になる。


 ​「……もう辺りも暗くなって来ました。これから解体したら完全に夜になります。もしかしたらあなたは昼間の明るさのような「灯り」の魔法を使えるのかも知れませんが、逆に目立ってしまいます。ここで解体するのは諦めませんか?。

 僕がトラックをここまで持ってきますから、あなた方と死体をそのまま荷台に積んで僕の店まで行きましょう。店に運び込めば、一時的に隠せます。業務用の大型冷蔵庫もあるので冷蔵庫に入る最低限の解体で済めば保存も出来ます」


 ​もう日が沈みかけていた。彼らはオークの死体を解体したかったが悠真の提案を受け入れることにした。道沿いに停めてあるトラックをオークの死体の場所まで運転して、積んであったブルーシートにオークの死体を置き、男性4人で荷台に死体を載せる。首を布に包んで、冒険者パーティーは悠真のトラックの荷台に隠して乗せるしかない。

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