時速100キロで僕らは恋をした

紫時雨

【時速100キロで僕らは恋をした】

   【時速100キロで僕らは恋をした】


時代の流れ。

それはみんな平等に感じる物だ。

それと同時に決して抗えない不可抗力な存在とも言える。

俺もその中の抗えなかった人間なのか?と訊かれたら然り、そうだと発言せざるを得なくなるだろう。

親のエゴで大学に入ったはいいものの、地元から遠く離れた所に受かってしまったせいで。

人生の安息地とも言える家から実質的に追い出され、人里離れた田舎の寂れたアパートに押し込まれることになってしまった。

親曰く、『大学に入れば損はしない』と言っていた。

その時の俺は純粋無垢で何も考えず、信じ混んでしまった。

まるでサンタの正体はフィンランドのサンタクロース村から現れた知らないおじさんだと教え込まれた小学生かの如くだ。

未だに俺はサンタを信じては居るが、居ない物だと結論を自分で付ける。

将又。サンタクロース、UMA、宇宙人は存在しているが人間に擬態しているとか。

人間。考えを広げれば永遠に思考を捨てきれないのだ。

例えば、今から何も考えないで下さいと言ってみよう。

大抵の人は『余裕だろ』と高を括るだろうが、三秒後にはその自信は無くなるだろう。

いざ、思考を捨てようと思っても。『思考を捨てよう』と考えてしまって居るのだから。

「キミ…さっきから考え込んでるけど。便秘?」

突然。知らない女に話し掛けられた。

パッと見た所、俺と同学年だろうか?

如何せん、電車は慣れない物だ。

俺はワクワクしながら返信を待っている目の前の女に言葉を投げ付けてやることにした。

「便秘じゃねぇ。思考を巡らせてたのさ」

「ふぅん?例えばどんな事考えてたの?」

間髪入れずに帰ってきた会話のキャッチボールに俺は少し戸惑った。

俺はコイツと仲良くするつもりは無かったのだけれど、どうやら一筋縄ではいかないらしい。

「電車怖いなぁって」

「へぇ?以外だね」

一瞬、虚を突かれたかのように見えたが、きっと気のせいだろう。

「名前教えてよ。私は榛名」

「拒否権を発動させて貰うぜ。見ず知らずの相手に名前を教える程、俺は落ちぶれていないんでね」

榛名は悲しがるように見えたが、すぐに余裕そうな顔に戻る。

まるで『お前の名前とかどうでもいい』とか思われてそうで心底腹が立った。

「…名前。聞きたいか?」

「おう!聞きたいねぇ。教えてよ?」

仕方なく、俺は自分の名前。『戦人』と名乗ってやった。

「へぇ。セント君ねぇ。カッコいい名前じゃん」

俺はあんまり自分の名前を誉められた事がなかった。

嬉しくなかった。と言えば嘘になる。

「ねぇセント君。何でこの電車に乗ったワケ?この電車は曰く付きだって…」

「知ってる。3年前、この電車は派手に脱線して沢山の死者と被害者を出した」

だからといって、電車を使わない選択肢はゼロに等しいし、何より、過去の自分と決別したかった。

「なかなか度胸あるね。私なら怖くて乗れない」

「じゃあ何で此処に居る?怖いけど我慢して乗った、或いは怖さなんて持ち合わせていないとか」

俺は少しからかうように言ってやる。

間も無くして電車は目的地に着き、俺が降りようと立った所。

「あれ?同じ所降りるんだ?奇遇だねぇ」

俺は少しうざかったが、少しうざい。という理由で人とのコミュニケーションを疎かにするわけにはいかなかった。

「知ってる?この町の事…」

「知ってるさ。人口があり得ないくらい少なくてあるのは畑と老夫婦ぐらいだろ?」

俺は間髪入れずに返事してやる。

榛名は『強ち正解なんだけどなぁ』と言いたげな顔付きだった。

「何だよ?何か言いたげな顔しやがって」

榛名は得意気に、まるで自分の好きなアニメの話になった途端、饒舌に語るオタクみたいな。

「此処、白流町では死んだ人間と会えるのさ」

俺は一瞬。顔から血が引くかのような感覚に襲われた。

正直。信じられる話ではない。

どんな優秀な科学者でさえ成し得なかった死者蘇生。或いは幽霊とのコミュニケーション。

怖い。という感情より不思議感による高揚が上回った。

俺は知りもしなかった。

俺の引越し先である白流町で起こる物語など…。

―――――――――――――――――――――

《三年前》


電車は便利だ。

冬の季節である今も、寒さを凌ぎつつ移動も出来るのだから。

窓ガラスから見えた景色は小さな雪の結晶がお互いを反射し合い、曇天の雲に覆われた太陽に売って変わるかの如く光を放出している。

試しに俺は電車の窓ガラスに手を重ねてみる。

隣のクロスシートに座る人は俺の無意味な行動を不思議がるかもしれないが…。

突然。俺の意識は鉄が激しく火花を散らしながら軋めく音と共に消えた。


―――――――――――――――――――――

「あ…」

俺は隣に圧倒的な存在感を放つ人間の顔を見て感嘆のため息とは正反対のため息を放ってやる。

『別にそんな悲しがる必要ないじゃん…』といじけるが俺は騙されない。

きっとコイツはよからぬ事を考えているに違いない。

そう。俺の隣…というよりは隣の部屋はさっき電車のクロスシートの隣に座ってきた榛名だった。

「いやぁ~また会うなんてねぇ。奇遇だねぇ」

「神様が存在するとしたら、俺は今すぐ十字架を土に埋めてやるし、聖水でうがいしてやるよ」

悪態を付く俺に対して榛名は満面のニッコニコの笑顔を向けるだけだ。

まるで…昔からの親友?のような…親しい友達を見る優しい目のような?

俺…。コイツと会った事あるような…?

――――――――3時間後――――――――――

現在の時刻は13時だ。

そろそろ腹の虫が雄叫びに近い咆哮を捲し立てる時間だった。

俺は虫取網とカゴを握り締め、形から入る。という真意で昭和じみた白いタンクトップと半ズボンで森に入る。

昼飯は食べないのか?と訊かれたら勿論イエスと言ってやる。ただし、獲物が採れたらの話だが。

よく見ると、木にセミが止まっていた。

刹那。俺は勢いよく振りかざしセミを捕らえる。

よく思うんだ俺。天ぷらとかが旨い理由はあの黄金色に煌めく衣が旨いからではないか?と。

その理屈で言うとセミやスズメバチ。飛躍して鳩。天ぷらかアヒージョにして食えば節約と腹ごしらえを両立出来ると。


……結局。虫は駄目だ。

なんとなく虫の知らせとやらで勘づいていたが、駄目だった。セミなんて二度と食わない。

まさに…セミファイナルだ。


『パリーン!』


皿を片付けようと俺が席を立った途端、いきなり野球のボールが窓を破壊した。

誰かがボールを取ろうとヒョイと入ってきた…!

「いやぁ…ごめんね?やっちゃったわ」

榛名だった。いい年した女がなんで野球のボールで人ん家の窓を割るのか。俺には到底理解出来ない。

とりあえず俺は、頭を抱えながらガラスの破片を掃除することにしたのだった。


「セント君。絵描いてるんだ?」

突然、榛名が俺の真っ白なキャンパスとイーゼルを指差した。

俺は趣味を超え、絵を描いて飯を食って行こうと思っている程、絵が大好きだった。

しかし、最近はスランプ気味なのかアイディアが思い浮かばず、キャンパスに手を付けていなかった。

「絵には自信あるワケ?セント君は」

「当たり前だろ。絵描いて飯食って行く予定なんだからな」

俺は自信満々に胸を張って言い切れた。

自分の好きな事を素直に言うのは勇気ある行動と聴くが、俺にはそうは思えなかった。

寧ろ、もっと自分を知って貰える。もっとその人と仲良くなれると思えた。

「お前も何か描くか?」

榛名は少し笑って自虐するように。

「私はいいよ。折り紙でもしようかな」

榛名は赤色の折り紙で何かを折り始めた。

瞬く間にそれは生物のような形を得て、完成したのは…。

「折鶴か…?首折らないのかよ?」

榛名は何処か悲しげなような、嬉しいようなワケが分からない表情で頷く。

ふと、俺も懐かしい気持ちが込み上げて来た。

思い出そうとする頭が痛むが、何年か前に。

俺も入院して数少ない友達に鶴を折って貰った事がある。

生存率は絶望的だとまで言われていたが、今も生きている。ピンピンしている。

「セント君!!返事しろよ!」

俺は体を揺らされてやっと意識を取り戻した。

深く考え込んでいたせいで外部からの情報を全てシャットアウトしていたようだ。

榛名が何か描いて欲しいと煩かったので、俺は満月の絵を描いてやることにした。

「月が綺麗ですね…。夏目漱石は本当に純粋なロマンチストだよな」

「何で?セント君は何でロマンチックに感じるワケ?」

俺は少し話をするのが楽しくなってきた。

「だってさ。少し奥手な子が頑張って遠回しに愛の言葉を伝えるんだぜ?」

榛名は胡座で背中を壁に凭れてかいてふんぞり返る。

「ふぅーん…?私ならストレートに伝えるけどな」

「誰もが皆お前みたいなバカじゃねぇんだよ」

当の榛名は『ひっどーい!』と怒っていたが、事実を言ったまでだ。

第一、そのままストレートに伝えてもロマンスさに欠ける。

――――――――1時間後――――――――――

俺は久しぶりに筆を取り、風景画でも描こうとイーゼルを弄っていたら…。

ピンポーン!とインターホンが鳴った。

折角のやる気を殺がれた気がして苛立ったが、表情を保ったままドアを開ける。

インターホンを鳴らしたのは見知らぬ少年だった。

肌は真っ黒で、蜩の鳴き声を聞いて育ったような、肉付きのある幼さを残しつつ、がっちりとした体だった。

年齢は中学生くらいだろうか?俺はめんどくさく感じたが、顔色一つ変えずに『何か用か?』と問う。

どうやら、さっき窓を破壊したボールが目当てらしい。

…ちょっと待てよ?

榛名が投げて破壊したんじゃないのか?

俺は咄嗟に破壊されていた窓を見る。ボールはそのままで、俺がガラスの破片を片した以外、何も変化していなかった。

まるで…榛名は現実に干渉出来ない幽霊みたいに…。

俺は脳裏に一つの言葉が過った。


『白流町では死んだ人間と会話出来る』


死んだ人間、それ即ち幽霊と会話出来るのだ。

もしかしたら榛名は既に死んでいて、幽霊だから俺の視界に移る世界に干渉出来ない…?

インターホンを押したこの少年達は恐らく人間だろう。

俺は少年達を招き入れ、この町について話させた。


一つ目。榛名の言う通り、この町では死んだ人間と会話出来る。


二つ目。死んだ人間、幽霊が集う事で祟りが頻繁に起こるらしい。東京での天災、電車の脱線、ネガティヴな空気が流れてしまう事により、自殺者が多発するらしい。


三つ目。幽霊は生きている人間に見られていると、現実に干渉出来ない。


四つ目。政府はこれを許してくれるワケも無く、町を封鎖しようと試行錯誤しているらしい。


五つ目。この町に流れ着いた幽霊は普通の人間と同じく死ぬ。


俺が重々しくしてしまった雰囲気を壊すかのように、少年がいきなり席を立った。

「明日。祭りがあるんです。どうです?」

「悪い。急用があってな、明日は一旦帰る」

少年は少し俯いて『そうですか』と言うだけだった。


少年達は帰る時間になったらしく、無駄話させてしまったお詫びとして、お菓子を袋に詰めて渡そうとしたが、お菓子が少年の手からスルリと落ちた。

まるで、手のひらから貫通して落としたみたいに。

「すいません。少し目を逸らすか目を瞑って下さい」

俺は言われた通り目を瞑る。目の前で何が起こっているか分からなかったが、袋を掴む『ガサガサ』と言う音、ドアが開かれる音とドアが閉じる音がした。

あの少年達もきっと幽霊だったんだろう。

俺は榛名に明日の祭りには行けないとメッセージを送った。

――――――――――――――――――――

令和7年 7月21日 深夜2時47分


〇〇県〇〇市 白流町が火山ガスの噴出により、白流町に住む人間が全滅する大災害が起こりました。

政府の対応が遅れた事により、被害は思わぬ範囲まで拡がり、犠牲者が増えたとの事です。

しかし不可解な点も多く。科学捜査官曰く、火山性ガスによる被害ならば金属製の物や生物に被害が皆無な事です。

普通なら火山性の毒ガスならば、金属と反応するハズであるし、虫や動物にも被害が及ぶハズです。

或いは火山性ガスの噴出を装った集団殺人テロなのではないのか?とウワサされています。

―――――――――――――――――――――

電車内のビジョンから悪戯に流れる映像と音声を見詰めながら、俺はあの日を後悔した。

あの日、榛名を連れてあの場から離れていたら…。

いや、そもそも榛名は死んでいて、あの町から離れられなかっただろう。

最初から…出逢わなければ良かった。代わりに俺が死ねば良かった。

なんて絶対に言わないし思わない。思いたくない。

榛名との出逢いを全て否定したくなったから…。

俺は己の手を自身の胸に置く。

ドクンドクン…。今も尚激しく荒ぶる事も無くただ静かに揺れる心臓。

唯一、榛名から貰った物だ。あの日の事件以来。俺は榛名を殺したも同然だった。

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