第20話 プリズン・ブレイク
今日は金曜日。
だけれど授業はないのだ。
なぜなら学園祭があるから!!
いよいよ前日にまで迫った学園祭。
授業も終わり、各階が熱気で溢れている。
ヤンキーも真面目な委員長も、体育会系だってみんな楽しめるイベント。
それが学園祭!!
私も例外ではない。
平穏に過ごしてきた私でもこの大盛り上がりする行事には興奮を隠しきれないのだ。
「む〜ちゃ〜ん!!」
廊下にでも溢れる笑顔をこぼす少女。
そぞろだ。
「やっほ、そぞろちゃん!!」
「うんうん!!おはよ〜!!」
談笑しながら階段を駆け上がる。
それは輝かしい、求めていた普通のページであり…。
「むーちゃんってさあ。いつも不思議ちゃんだよね〜。」
「え?そうかなぁ。」
私はちょっと死にたいだけの普通のJKなのだけど。
不思議ちゃんってどういう意味だろう。
「そ〜だよ。いつも周りにはキテレツな人がいて〜。それを取りまとめちゃったりして〜。リーダシップバチバチにあるじゃない!!」
「でも当人は素知らぬ顔してて、自分は普通だって言って…。」
「むーの魅力なんだろうね!!」
彼女の話はどこか掴めない。
私は自分から誰かを巻き込んだことなんてないのだ。
それはうつろがいたから。
彼女が己の目標のために人を集めたのだ。
なぜ、私を部長に据えたのだろう?
ふとした疑問。
私はどこにでもいる普通の学生なのに。
でもその疑問に答えてくれる人はいない。
うつろの人格は矯正されてしまうから。
「むーちゃん!?」
「びっくりしたー!」
「ぼーっとしてちゃ危ないよ〜。」
思案に耽り、いつのまにか部室のドアにいたのだ。
「やあやあむしろ殿。私の朝食を当ててくれないか?」
「うーん…。バナナとシリアル?」
「残念!!なめこさ!!なめこの姿焼き。」
「あら、むしろにしては早いじゃない。」
遅れてめいろもやってきた。
面白みのない普段の会話も学園祭パワーで超楽しい。
さあ生徒会長の下へ向かおう。
さっきは気がつかなかったがほとんどの教室で飾り付けが終わっている。
どんな人にだって目にダイヤモンド。
青春という価値あるものを楽しんでいるのだ。
いやその価値はわかっていないのかもしれない。
その黄金が、その白銀が、その水晶が。
大事だったと知っているのは数年後かもしれない。
でも、今楽しんでいる。
生きている。
だから…
「入りたまえ、生活部。」
「失礼します。」
死ぬこと、約束、信念を忘れて、もうちょっとだけ生きていたい。
***
「であるからして、ミスめいろにはB棟の巡回を頼みたい。」
「了解です、会長。」
「そしてミスむしろ、悪いが少し残ってくれないか。」
「え、はい。」
部員、生徒会、そして各委員長が退出して行った。
しばしの静寂。
耐えきれなかった私は、
「えっと、要件はなんでしょうか。」
すると会長は話し始めた。
「ミスむしろ。君は人を信じたことはあるかな。」
「…難しいですね。私は、その少し前まで友達が少なかったもので…。」
信じる、それは今の私には不可能に近い。
正直、気のおけない状況だ。
誰が監視しているのか、誰がうつろを追放したのか、誰が生活部を作ったのか。
全くわからない。
だから他人を信じられないのかもしれない。
「これはアドバイスだ。肩の力を抜いてくれ。」
「は、はい。」
見た目よりも何年も生きていそうな生徒会長。
その口を開いた。
「異常に慣れてはいけない。」
「異常ですか。」
思ったよりも芯の食えない提言。
「普通とは、一般的なものをさす。まるで道徳の教科書に書かれている規範的なものであり、小説や映画で描くのが難しい特徴的でない様である。」
「君が異常に慣れて普通を放棄したのかと思ったのだよ。」
「私はどこにでもあるような普通の暮らしをしていると思います。」
「そうか?君は恵まれているし、むしろ頂点に近い、勝ち組という奴だと思うがね。」
少し間が空いた。
「そう…言われてみるとそう思っちゃいますね。みんなとも仲良しですし、男子にはなぜか嫌われていますが。」
二人で笑い合った。
お互いに腹に一物を抱えて。
「ふむ、そうか。では本題に入ろうか。君はうつろを知っているかな?」
「中腹さんですか?えーっと生活部の部員ですよね。はい、あまり会ったことはないですね。」
シラを切る。
汗が止まらない。
もしかして会長が黒幕!?
マズい、マズい。
逃げ場が…。
「ハハ。そうおびえる必要はない。もしかしたら彼女のせいで君の学園生活が害されてしまったのではないか、と心配したのだよ。」
コレは腹にきた。
うつろのせいで学園生活がめちゃくちゃに!?
…否定はしないけど。
それでもうつろのことを悪く言われたようでムカムカしていたのだ。
「話がッないようでしたら失礼いたしますッ!!」
語気が強くなってしまった。
しかし、会長は去り際にもう一つ杭を打ち込んだのだ。
「人は、死ぬべきだと思うかね。」
その言葉に私の深層が並み立つのだ。
煮湯を飲み込み、答えなきゃ。
ここで、死にたいだなんて言えるわけがない。
「…人は幸福を求めて永遠を生きるべきだ、と思います。」
状況的にそう答えるしかなかった。
しかし、口にするとエグ味が押し寄せたのだ。
教科書通りの駄文。マジョリティの答案。
会長は少しニヤけた、ように見えた。
「それは、君自身が出した答えなのかな。」
「…」
聞こえないフリをした。
バダン!!
扉を勢いよく閉める。
キライキライ
ムカつくムカつく。
うつろを追放してあんなに悪く言って、あげく私に死を否定させるなんて!!
頬をパシッと手でうって、気持ちを切り替える。
私は木上 夢白。
会長からの支配から逃れてやりたいことをすると決意!!
奴の手のひらから脱獄するんだ!!
やっぱり死にたい女子高生。
でもそれはうつろと一緒。
記憶がなくなっても約束は守ります!!
でも…明日からで良いよね?
***
王玉学園から遠く離れた場所にて。
「脱獄です。脱獄!!」
「また奴か。」
人格矯正センターではいつも危険と隣り合わせだ。
少しの操作で記憶を消して、新たな人格を植え付ける。
むしろちゃんの言うとおりこの世界はディストピア。
生きることを放棄して生命活動が行われることだけに着目したゾンビ社会。
ら、らら。
そらんずるのは「いのちのうた」。
朝、洗脳のように何度も何度も聞かされる悪夢。
ああ、クソッ!!
取り押さえようとする警備員を、かわすかわす。
一人一人に関わる時間はない。
「奴を逃すな。ったく今週で何度目だ。なんで脱走するんだ!!」
「知りませんよ。あ、外部から。マズいです。アクセス権限が!!」
開かれるのは光輝く外の世界。
待ってて、むしろちゃん。
今からそっちに向かうから。
「今日にでも死をあげましょう。」
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