第21話 右頬にくちづけ
─うつろの脱走などつゆ知らず。むしろはあと数時間後には学園祭が始まるんだなとぼんやり空を眺めていた─
『人は死ぬべきだ、と思うかね。』繰り返されるのは生徒会長の言葉。
そりゃあ人間だもの、生き物だもの。死は訪れるべきでしょ。
死がなければ生きれっこないじゃない!!
心の中のモヤモヤは依然として残り続ける。
部室には私一人、楽しみにしていたこともいざ直前となると憂鬱になるのだ。
(あれだけ準備した学園祭でもこの気持ちなら、念入りに作戦を立てた死は超億劫になるんだろうか。)
そんなくだらないことを考えていた。
「むーちゃんおつかれ〜!!」
入ってきたのはそぞろ。
午後5時になってもそのハツラツさは変わらない。
「おつかれ、そぞろちゃん。明日は何時から見回りなの?」
「私は13時から14時!!むーちゃんとも回れる時間を確保しました!!」
えへへ
こんなに私を想ってくれるなんて。
めちゃめちゃ嬉しいなぁ。
するとそぞろは笑顔のまま声のトーンを下げた。
「…でさあ。今日むーちゃん暇だだたりしない?」
少し湿った言い方だった。
私は最低ながら他の
可憐でスマートなてきろと愛嬌振り撒く健気なそぞろ。
全然タイプが違うのに。
…彼女はもういないのに。
「いいよ。今日はどこに行こっか?」
「…特別な場所に連れてってあげるよ〜。」
後片付けを終えて、私たちは学園を出た。
***
どんどんと辺りが暗くなる。
古めかしいLEDがあたりを照らす。
二人の高校生が歩く様は駆け落ちのように見えるかもしれない。
「じゃじゃじゃじゃ〜ん!!」
そぞろの目的地。
それはビル?
彼女は目を輝かせ、大きく手を広げていた。
一方で私は困惑が優っていた。
ビ、ビル…。
とても学生が入れるところじゃない…。
「も〜行こっ!!」
強引に、彼女は私の手を引いた。
このアクティブさ。
ずっと何かに似ていると思っていた。
犬だ、イヌに似ているんだ。
リードを引っ張って先へ先へ進むそぞろ。
周囲の視線が痛い…。
大人たちが奇異の目で見ている。
場違いなんじゃないかな。
私が悪いのかな。
すると急にそぞろは私の頬を掴んだ。
「大丈夫、むーちゃんは最強だよ!」
(どんなアドバイスだよ!!)
しかし、私の不安は和らいだのだ。
するとどうだろう。
その時初めて自分の立っている場所に気がついた。
ここは、ホテルだ。
多分ビジネスの。
もっとも貴い空間であることには変わりないが。
周囲から見られていた視線はまやかしであった。
妄想の暴走である。
「じゃ、着替えよ〜」
「着替えるって、ど、どう?」
「ドレスコードにね!」
彼女に連れられるまま随分と高そうなアパレルショップに入る。
大丈夫?!
本当に学生が買えるの!?
値札をちらっと見る。
うーん。
「どれでも好きなの選んでね〜」
「そぞろちゃん、私そのそんなにお金ないよ。」
するとそぞろはにこやかに笑った。
「大丈夫大丈夫。私結構持ってるから〜」
【奢る】
人間関係を破滅させる大要因は金銭である。
そして高校生くらいでは金の貸し借りが一番問題になりやすい。
(どどどどーしよ。素直に奢られるべき!?でもあとが怖い…。例えば…)
『むーちゃん、この前の服奢ったよね。じゃ今日からパシリね。よろ〜』
そぞろちゃんは、こんなこと言わない!!!!
自分の妄想を振り払った。
(でもいい服着ないとレストランに入れないし…。)
私は腹を括った。
親しき中にも礼儀あり。
奢られる勇気を!!
***
「またのご来店をお待ちしております。」
今の私はセレブである!
闊歩闊歩。
馬子にも衣装ということわざがあるが、私は服が心を作るのだと確信した。
(こゝろにも見せよーっと♡)
「テーブルマナーとかは私のマネしてね〜。」
「は、はい。そぞろちゃん!!」
若干声が上ずった。
そぞろは笑っていた。
周りは紳士淑女の皆様方。
正直、緊張でなにも味がしない…。
「むーちゃんってさ。」
そぞろが口を開いた。
助かったと内心思っていた。
この緊張と静寂の中を耐え切れる自信がなかったから。
「今も死にたいって思ってる?」
予想だにしえない質問。
彼女の顔が見えない。
うつむくことしかできない。
そぞろも黒幕?
うつろを追放した…。
それともみんな敵?
ここへ誘ったのも逃さないようにするため?
勘繰る。
考える。
こじつける。
早まる脈拍
汗は止まらない。
速度を増していく。
時間は引き延ばされているのに。
「ど〜しても聞きたいの。あなたの口から。」
生徒会長にはウソをついた。
彼にバレれば、どうなるかわからなかったから。
ここで「はい」と答えたらどうなるだろう。
「いいえ」と答えればラクだろうか。
私は…
「…死にたいよ。できれば。」
半分本音。もう半分は恐れ。
するとそぞろは…
にこやかに笑った。
「良かった〜。」
え?
思わず私は笑ってしまった。
周りに聞こえないよう小さく。
「私、ウソをつかれたくなかったの。」
「初めてむーちゃんを認知したのは屋上から飛び降りたとこだったんだ〜。」
「この死がない世界で自◯を!?って思ってて〜。」
うつろに突き落とされたときか。
いつのまにか心臓は元の拍を取り戻していた。
「へぇ。あれで死ねれば良かったんだけどね〜。」
懐かしい。
もう4ヶ月も前か。
あれからいっぱい友達ができたし、いろんな思い出も作ったな。
しみじみと思う。
「…全部うつろがやったようなもんだけどね。」
基本受け身の私は誰かを誘ったことなんてなかった。
多分怖いから。断られるのが。
「むーちゃんはそれでもいいよ〜。」
「私の夢は幸せにしたい人を見つけること〜。まさか女の子だとは思ってなかったけどね〜。」
そぞろは私に寄り添ってくれたのだ。
こんなに自信がない私を。
「やっぱり私は…」
「だから、むーちゃんのしたいことを全力で舗装する〜。」
【普通】に生きてもいいかな。
胸中に秘めていたもう一つのやりたいこと。
それを口に出す余裕はなかった。
「舗装?」
「そう!!生きたいでも死にたいでも私たち二人が自由に過ごしやすいように障害物を排除して〜制度を景観を世界を変えよ〜ってこと。」
世界観が違う。
野望がデカすぎる。
「いつかはそうしたいけど…。学生の私たちじゃできないよ…ね?」
「私には出来るよ。だってこのビル私のだし。」
そのさりげない一言で世界が一瞬ねじれたように見えた。
犬だと思っていたそぞろが実際は檻のカギを持っていたのだから。
そぞろは金持ちだった。
話を聞けば投機の腕前がすごいらしく、何もしなくても車が買えるほど儲けているのだという。
やはり住む世界が違った。
「え。じゃあうつろを解放したいって言ったら出来るの?」
そぞろは悩んだ。
「…出来はするよ〜。するだけ。」
少しだけうつむいて答えたのだ。
その一瞬彼女の笑顔がなぜか冷たく見えた。
でも気づかないフリをした。
彼女の逆鱗には触れないようにしたいから。
高級な料理とやらは全く印象に残らなかったけど。
こうしてそぞろという心強い味方を手に入れた私。
いよいよ明日の学園祭のため、そぞろのホテルで熟睡するのでした!!
***
そぞろはむしろが熟睡したのを確認した。
彼女は気持ちよさそうに寝息を立てている。
やがて彼女は準備を始めた。
それは“うつろ”を倒す準備だった。
「むーちゃん。これは解釈違いかもしれないけど、あなたの隣は私がいいの。」
そしてそっと彼女の右頬にくちづけをした。
眠っているむしろは、夢の中で微笑んでいた。
その笑みが自分に向けられているのだと、そぞろは勝手に信じ込んでいた。
むしろが眠っていることを良いことに…。
彼女は3時まで起きていることになる。
しかし、その接吻はまだ23時の出来事だった…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます