第8話 レモネと商談

 大きな滑走路に向かって、飛行機はふわふわと降りていく。

 地面が近付いてきて、緑一色だった景色の中に、車やお店や歩く人が見えてきた。

 停めてある飛行機もたくさんだ。


「――――祝日はやっぱり人多いねえ」

「ああ。いつもより後も詰まってる」


 バックミラーをのぞくライム。

 振り返ると、私たちの少し後ろにはもう、次に降りようとしている飛行機の列が続いていた。

 こんなに人が来てるんだ! タンサン島の滑走路とは大違いね。


 足元からぐーんと音がする。

 ライムがしまわれていた車輪を出したのだ。

 見てわかるほどに、流れる景色がゆっくりになった。


「――――着陸する」


 耳当てからブツッと声がして――――すとん、とおしりに振動が来た。

 機体がことこと、小刻みに揺れ始める。

 地面の感触だっ!






「ライム、操縦ありがとね」

「どういたしまして」


 駐機スペースに飛行機を停めて、ライムはパチンとエンジンを切った。

 しゅるしゅるとプロペラが止まってから、風防を開けて外へ出る。むわ、とぬるい潮の匂い。


 カルボン王国本土の端っこ、港町〈ハジケ〉。

 貿易の中心地で、珍しい品物や食べ物もたくさん! 舶来品を取り扱うお店や観光で栄えている街なのだ。

 来るのは1年ぶりくらい? パパに連れてきてもらった時以来かなあ。


 飛行場を出て、ライムと大通りを進んでいく。

 貿易の街というだけあって、すれ違うのも追い越していくのも外国の人が多い。

 私たちより真っ白な肌の人、反対に真っ黒な肌の人。そしてその真ん中、褐色の人。

 いろんな国から来た人が楽しそうに行き交っているのを見て、私はなんだかうれしくなった。


「――――ライムは、行ってみたい国とかある?」

「エリアナ共和国。あとはマシレロア王国かな」

「おう即答だね!? どうして?」

「どちらにも有名な航空博物館があるんだ。特にマシレロアの飛行機はデザインが美しくて――――」

「……………………」


 …………また飛行機が理由だったよ。

 やっぱり少しあきれちゃうぞー。


 パパに教わった道を思い出しながら脇道に入って、なんとかお目当てのお店へ。

 うちのオリジナルブレンドを作ってもらっている卸売り業者さん、〈ハジケコーヒーロースターズ〉の直売所だ。

 カランカランとドアを開けると、ふわっと香るコーヒーの匂い。ここは私たちみたいなお店向けだけでなく、一般のお客さんに向けた商品も売っている。

 たとえばそこの棚にずらりと並んでいる、ドリップパックのコーヒーとか。


「いらっしゃいませ――――あら。あなたは確かFLAPさまのところの……」

「はいっ、レモネといいます! 今はパ……父の代理でマスターをしていてっ、お世話になっています!」

「あらあら、しっかりしたお嬢さんですわね。わたくしはロゼ、こちらこそお世話になっておりますわ」


 オーナーのロゼさんは、私たち子供にも丁寧に対応してくれる。

 さすが、いろんな人がやってくるハジケのお店!


「本日はどのようなご要件かしら? タンサン島への発送はたしか、2日後のはずですけれど……」

「そう、それなんですけど。……えっと、FLAPのオリジナルブレンドが足りなくなっちゃって、お急ぎで5キロくらい購入することってできますか?」

「なるほど。少しここでお待ちを」


 一礼して、カウンター裏のドアに消えるロゼさん。

 すき間からばい煎所がちらりと見えた。


「だって。ライム、ちょっと待ってよっか」

「ああ。――――レモネはここによく来るの」

「お店に来るのは3回目……くらい? いつもは配達してもらってるから、お店にはあまり来たことないよ」


 ……だから結構新鮮なんだよね!

 私とライムは店内を見回した。うちで使っている器具もあれば、見たこともない外国メーカーのおしゃれな器具も売られている。

 スリムな銀色のコーヒーミル、美術品みたいに繊細なサイフォン、巨人用? って疑うくらい大きなポット。

 なんだかわくわくする。


「……これ、いいな」

「んーどれどれ?」

「ほら」


 ライムが目に留めたのは片手サイズの小さなミル。

 どこへでも持ち運べて、好きな場所でコーヒーがひけます――――と売り文句が書いてあった。


「へえー、かわいいね!」

「これがあればどこでもカフェができる。移動カフェとか、できるかもしれない」

「移動カフェっ!? それいいじゃんっ!」


 つまり空飛ぶカフェになれるってことだよね!?

 たとえばイベントにお呼ばれしてコーヒーをお出ししたり、お祭りに出店したりっ!

 えーすっごく素敵じゃない!


「やろっ、ライムそれやろうよ! 私がマスターに慣れたら絶対やるわよ!」

「お、おお……その前にレモネのパパが戻ってくると思うけど……」

「あっそっか! じゃあ私がパパの後を継いでからで――――10年後くらい!」

「……そうだな。その時は飲みに行くよ」

「なに言ってるの、ライムも一緒にやるのよ?」


 まさか辞めるつもりじゃないでしょうね……?

 ライムがいなきゃ飛べないんだから、移動カフェにならないじゃないの。

 むすっとそれを伝えたら、なぜかほっとしたように表情を緩ませるライム。

 わかった、なんてうなずいたからよしとするか。


「――――お待たせしましたわ。少しお時間を頂いてもよろしいなら、今日中にFLAPさまのブレンドをご用意できます」

「ほんとですか!? よかった……!」


 戻ってきたロゼさんの言葉に、私は胸をなでおろす。

 はあぁ、なんとか首の皮がつながったよ……だって残り1日分しかお店にないのよ。

 そんな私の隣でライムが尋ねた。


「出来上がるまで、どれくらいですか」

「そうですわね、だいたい2、3時間くらいですわ。――――よかったら出来上がるまではハジケの観光をなさるのはいかが?」


 優しそうに目を細めるロゼさん。

 それはとっても魅力的だけどっ……いいのかな?

 悩みかけた私に、ロゼさんは微笑んで言った。


「……お帰りの際に取りに来て頂ければ、なんにも問題ないですわ」

「っ! じゃ、じゃあそうします! ありがとうございますっ!」

「いえいえ。存分にお楽しみくださいまし、お若いお二人さん♪」


 お茶目なウインクに見送られて、私たちはお店を後にする。

 ……なんか含みがあるお見送りだったな。ロゼさん、まるでジンジャーみたいにニヨニヨしてたし。


 まあいっか。

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