第6話 レモネと偵察機

「ライム飛行機免許持ってるの!?」

「言ってなかったっけ」

「初耳よーっ!」

「そうか、内緒にしてレモネを驚かせようと思ってたんだ。忘れてた」

「今のでじゅーぶん驚いたわよっ!」


 というか忘れちゃ意味ないでしょ!

 はあはあ息をつく私。ほんと、ライムはたまに抜けているのだ。


 ……まあ。それはそれとして。


「けれど、いいの? 乗せてってくれるのは助かるけど、ライムの用事だってあるでしょ?」

「それは大丈夫。助っ人するならこんなこともあろうかと、予定は全部開けてある。全てはレモネ次第」

「待って待って、私そんな束縛しないよ!? もっと自分のこと優先して!」


 助っ人だからって気合い入れすぎ!

 けれどライムはちっとも迷惑そうじゃなくて、それどころかうれしそうに言ってくるものだから、逆に私が申し訳なくなっちゃう。

 

 ほんとにいいの……? そうなの……ありがと。

 じゃあ今度の祝日に行きましょ、このFLAPもお休みだから。

 とんとん拍子で予定も決まり、任せてと胸を張るライム。

 ライムが操縦する飛行機かあ……なんだかちょっと楽しみかも。いつもはパパの飛行機だったからね。


「……そうと決まれば早速、ぼくは飛行機のメンテナンスを――――」

「待ちなさい。束縛しないとは言ったけど、今は助っ人の時間でしょっ」


 ふらふらと帰りかけたライムをがしりとつかむ。

 飛行機好きにも困ったものだ……。






 そんなこんなで、買い出しの日がやってきた。

 お財布よし、ハンカチよし、くるりと回って服装よしっ! 買い出しとは言え、ライムとのお出かけ。ちゃんとオシャレはしないとね。

 髪型だって、いつもは後ろでまとめているだけだけど、今日はバレッタで留めてアップヘアにしてみた。

 ライムは果たして気付くかな……あ、ちょっとここ跳ねてる! いじいじ……ここも気になるなあ……。


 終わりなき戦いに入り込みかけた時、ジリリとドアベルが鳴った。カフェのではなく玄関のほう。

 はっと我に返って、トトトと階段を降りる。

 私の部屋はカフェの2階にあるからだ。

 ドアを開けたら、ライムが小さく手を挙げた。


「おはよ、ライム!」

「おはようレモネ。……準備はどう」

「ばっちりよっ!」


 がちゃ、とドアを閉めて鍵をかけて。

 早朝の優しい風の中、私たちは滑走路へ続く小道を下っていく。

 

 飛行機はもう出してあって、あとは乗り込むだけらしい。

 そしてライムはできる限り揺れないように、気を付けて操縦してくれるという。

 けれど翼が大きいから、そもそもあまり揺れない機体なんだって。

 うん。そうなのね。なるほどね。

 私はにこにこうなずきながら、次の言葉を待つ。

 ねえライム? 今の私が聞きたいの、愛機のうんちくじゃないのよ。


「…………レモネ、眠たい?」

「はあ……。もういいわ、なんでもないの」


 男子ってまだ子供だもの、しかたない。

 女の子の小さな変化なんて、見落としちゃうのが普通よね。

 ため息をついた私に首をかしげていたライムだったが、あきらめたように少し歩を早めた。


「……そういえば」

「……?」

「その髪型。……可愛いと思う」


 ……ふいうち。

 こちらを見ずに言うライム。

 ありがとっ、と返事をするのが精いっぱいで、ライムが先に行ってくれてほんとによかった。

 …………私だってこんな顔、見せられないもの。






「これが、ライムの飛行機……?」

「うん」


 朝日を浴びて、銀色の翼がきらきら光る。

 前には大きなプロペラがひとつ、そこから後ろに向かってしぼられていく細長いボディ。

 まるで泳ぐ魚のようで、特に詳しくない私でも思わず見とれてしまう。

 美しい飛行機だなあ、って思った。


「……名前は〈アクトクルス〉。3人乗りで、もともとは海軍の偵察機なんだ」

「…………ていさつき?」

「敵がどこにいるのかを見てくる飛行機のこと」

「…………ふーん。なんか、きれいな形だね!」

「空気抵抗を少なくしてスピードを出すための形なんだ。これは敵に見つかっても逃げ切れるように――――」


 あ、うんちくスイッチ押しちゃったかも……。

 長くなるかなってつい思ったけど、ライムははっと言葉を切って、こほんとせき払い。


「――――ごめん」

「……ううん、いいのよ。ライムは本当に飛行機が好きなのね」

「……うん。レモネがきれいだって言ったから、うれしくて」


 ――――なんか幼なじみがかわいいんですケド。

 それもいつにもまして。ライムも、お出かけだからわくわくしてるのかな?

 私はなんだかうれしくなって、にこりと微笑んだ。


「じゃあ、行きましょっ!」

「ん。ちょっと待ってて――――っし」


 とんっと翼に飛び乗るライム。

 ボディのくぼみに足をかけてから、ライムの手を取ってよじ登ると、照り返した朝日がまぶしかった。

 一番前の操縦席に座って、ライムは後ろを親指で指す。


「レモネは真ん中の席に座って。一番後ろの席は荷物置きにするから」

「はーい! ねえ、3人乗りなのに1人で操縦するの? なにか手伝う?」

「レモネは乗っているだけで大丈夫。本当は真ん中の人がナビ役、後ろの人が見張りと通信役だけど、今は全部コンピューター式になってるから」

「ほえ、そうなんだ」


 ちょっと残念。

 それなら大人しく運ばれるとしましょ。


 よいしょと座席に入ったら、耳当てとマイクが置いてあった。

 これはわかるよ、ヘッドセット! パパの飛行機でも使ってるから!

 かぽっと頭に付けて、スイッチを入れる。


「はーいライム、聞こえるー?」

「よく聞こえる。飛行前チェックはわかる?」

「うん、パパとやってたからわかるよっ」

「じゃあ頼んだ。まずはエルロンの動作確認から」

「おっけー」


 前席で、ライムが操縦かんをぎっぎっと動かす。

 主翼の後ろ端――――エルロンがぱたぱたと上下するのを見て、エルロンよし! とマイクに言った。


 他のところも同じようにライムと一緒にチェックしたけど、全部異常なし。

 背もたれごしにハイタッチしてから、ベルトをしっかり締める。


「後席、準備は」

「ばっちり!」

「了解。じゃあ行こう」


 いよいよだ!

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