第12話 揺らぎの詠唱、目覚める片鱗

個人戦──それは、ただの技術比べではない。


己の全てを、ただ一人で試される瞬間だった。


悠真の対戦相手・風見清志は、初等部でも上位の成績を誇る火系術者。

技巧派でありながら、性格は粗く、相手を見下す発言も少なくなかった。


試合開始の合図とともに、清志は素早く間合いを詰めてくる。


「《火牙弾》──」


生成されたのは、二重構造の熱球。

内核に圧縮した炎を封じる技巧型。威力よりも、連続性を重視した戦闘スタイルだ。


(上手い……見た目以上に、魔力の流れが洗練されてる)


悠真は息を詰めながらも、足を止めずに後退。

ただし逃げるのではない。相手のリズムに呑まれないよう、距離を計っていた。


(来る……!)


地面を蹴り、詠唱を走らせる。


「火よ、砕け──《火種・破裂陣》!」


瞬時に地表に刻まれる魔法陣。だが──


「……っ!?」


魔素の流れが乱れた。


爆発の発生点が、設計よりも0.5メートルほど前方にズレる。さらに、魔力が飽和状態に近づき、発動の余波が広がる。


炸裂した炎が予想以上に膨張し、悠真自身の足元へ衝撃が迫った。


「──っ!?」


反射的に魔力で衝撃を受け流すが、バランスを崩し膝をつく。


(制御できない……? いや、“何か”が混じってる──?)


魔力の中心が、自分の意志とは異なる「うねり」を持って暴れているような感覚。


それは、以前の演習時にはなかった。

理央に「粗い」と評された時点でも、ここまでの異常はなかった。


(これは……自分の魔力じゃない? でも……確かに、僕の中から出ている……)


清志が悠真の隙を逃さず攻めてくる。

二発目、三発目の《火牙弾》が発動され、直線軌道で迫ってくる。


悠真はとっさに詠唱へ入る──が。


「火よ……ひ、──」


声が詰まる。


喉の奥が熱い。魔力の通路が、自身の制御を無視して暴れ始める。


(ダメだ……このままじゃ……!)


その瞬間──


「──そこまで!」


外周から教師の声が轟く。

場に展開されていた結界が明滅し、両者の間に保護障壁が割り込んだ。


清志の放った火弾は空中で消え、悠真の周囲には抑制陣が張られていく。


「演習中止。神谷悠真、魔力制御異常の疑いあり。即座に診断を行う」


悠真は、膝をついたまま、その言葉をただ呆然と聞いていた。


(……僕は……何を……?)



◆ 魔力診断と“共鳴”の兆し


試験後、悠真は医務棟の魔力診断室に案内されていた。

淡い光を放つ魔導結晶が浮かび、彼の身体から流れ出る魔素を細かくスキャンしていく。


「……異常値、確かに出てますね。魔力量が試験直前から約1.6倍に膨れ上がっている」


教師は眉をひそめた。


「しかも、魔素波形が“混在”しているように見える。これは……“共鳴現象”の初期段階かもしれません」


「共鳴……?」


「複数の魔素属性が混じり合う現象。生まれつき素質のある者か、外的影響を受けた者に稀に起こる。特に属性同調率が高い時に──魔素の暴走を引き起こすこともあります」


「……僕は……炎属性しかないはずなのに……」


「その“はず”が揺らいでいる、ということですよ」


悠真は、肩を落とした。

だが、心の底には──恐れではなく、どこか高揚に似た感情が芽生えていた。


(何かが目覚めかけている……もしこれが、“僕にしかない何か”だとしたら……)



◆ 見つめる綾乃


一方、試験後の訓練場。

綾乃は、一人残って片付けられていく演習場を見つめていた。


(……魔力の波が、確かに変わっていた。あれは……ただの暴走じゃない)


その時、誰かの足音が近づいてくる。


「綾乃、帰らないの?」


それは、同じ選抜組の女子だった。

彼女は周囲の様子をうかがいながら小声で続ける。


「神谷くん……何か“普通じゃない”って、先生たちも話してたよ。血統調査をした方がいいんじゃないかって」


綾乃は表情を変えないまま、ぽつりと呟く。


「……血統、ね」


風が吹いた。


綾乃の長い髪がふわりと揺れ、彼女の背に付けられたネームタグがちらりと見える。


──そこには、やはり苗字の記載はなかった。


(私が“隠しているもの”と……悠真くんの“何か”は、きっと……無関係じゃない)


彼女の瞳は、まっすぐに虚空を見据えていた。


(どうして……悠真くんが“神谷”なのか──)


その胸に、静かな不安と確信が、同時に灯り始めていた。

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