買い出しと人助け
昨夜をふりかえる
激動の一日を終えて翌日の朝。
目覚ましもかけていないのに、私は昨日と同じ時間に目が覚めてしまった。
私が作った魔法の杖と相性の良い魔法使いと、初めて出会った日。その興奮と、無茶をした疲労で睡眠を取れた気がせず、あの夢みたいな出来事は本当に夢だったんじゃないかと疑ってしまう。
ベッドから自分の机を見てみる。
そこには、昨日のうちに全てを片付けた夏休みの課題が積み上げられていた。布団から抜け出し課題のノートや問題集を開くと、空欄がキチンと埋まっているのを確認できる。
つまり、あれは夢じゃない。
魔法学を含めた全教科の課題を、ほぼ一日で済ませてしまった。夏休みは一ヶ月以上残っている。魔杖技師としての研鑽を磨く絶好の機会だ。見習いとしてスタートラインにすら立てていなかった私が、学校の他の生徒に追いつくにはこの期間しかない。
自分を奮い立たせるため、カレンダーを開いてこれからのスケジュールを書き込んでいく。
魔法の杖を起動できる魔法使いを見つけられたなら、あとは実践できるよう加工技法を腕にたたき込んでいくだけ。
学校の卒業試験が、魔法の杖を使った魔法の行使の出来次第で合否が決まる。
そして、魔杖技師資格を取れる専門学校への入学試験も同様。
卒業の目処が立ったのは大きい。あとは入試対策。
希望が湧き出てくるとこうも意欲が湧いてくるのか。マジカと出会う以前は意欲もやる気もなかったかというと、そういうわけじゃないと断言できるのだけど、自分で出来ることの可動範囲が広がって目標に手を伸ばせるようになったという充足感が増した。
結論から言うと、私はマジカの依頼を了承した。
私がマジカの魔法の杖を作る魔杖技師となったのだ。
お母さんの管理監督のもと……という条件下になるのだけど。
カレンダーに予定を埋めながら、昨日のことを振り返ってみた。
――
依頼人に手を握られて、その近さに戸惑いつつ私はこう抗議した。
「ちょ、ちょっとお母さん! 私なにも聞いてないんだけど!」
「そりゃあ、ね。誰にも言ってないからさ。ま、リサとネックは気づいてたみたいだけど」
だからあのとき意味ありげに頷いてたのか。
「ゴメンねマホちゃん。少し前から師匠に、処分する杖を極力残しておくようにって言われてたの。マホちゃんには黙っておくように、合わせて口止めもされてて」
リサさんにそう弁明されて、私は何も言えなかった。
口止めする理由はわかる。だって、自分の失敗作をあえて残しておくように、なんて世界一の魔杖技師に言われたらいろいろと勘ぐるからだ。
私が作った魔法の杖と相性の良い魔法使いが来るかもしれない。そんなことを知れば。
普段の修練に集中できなくなる可能性も――
「まあ別に教えてやっても良かったんだけどね。はしゃいだあげく失敗続きで仕事道具を余計に無駄にされることを懸念したのさ。現に、この子は工房の備品を横領までしたんだからね。教えてたらどんな暴走してたか容易に想像できるよ」
「…………」
ぐうの音も出なかった。集中できないとかそんな次元じゃなくて、あくまでお母さんの足を引っ張ってしまうかどうか、それが焦点のよう。
「マヤコさんは、私がマホの杖と相性が良いと見抜いてたんですか?」
依頼人が振り返ってお母さんに尋ねる。彼女がお母さんに制作の依頼を出したのは去年だ。約一年近い順番待ちを経て商談に臨んできている。その間、お母さんは彼女の身辺調査を弟子に指示していた。調査は複数回に及ぶこともある。
経過報告のなか、私が作った杖を起動させられるかもと予想したのか。
「確証はなかったけどね。誰も起動できない杖と、どの杖も起動できない魔法使いって似てるだろう? もしかしたら、って思いついたのさ」
「はあ~?」
そん、な……論理もへったくれもないような勘で起動テストさせたの?
ウソでしょ世界一の魔杖技師マヤコお母さん。肉親ながら開いた口が塞がらなかった。
「で、どうするんだい。仕事を受けるのか受けないのか、この先はあんたの返事次第だよ」
「そりゃ受けたいに決まってるじゃん!」
即答する。だって、待ち望んだチャンスだから。私が作った杖に適正のある魔法使いが存在するのならば、彼女を基準に杖の調整ができる。彼女以外の魔法使いに、杖を作成できる希望がでてくる。願ったり叶ったりだけど。
「でも、私は四種の資格しか持ってない。顧客相手に杖を提供するのは――」
「安心して良いさ。その点はリサとネック、手が空いてれば私の管理下に置くって形であれば四種資格者の商売もできるだろう」
「……! じゃあ、やる! やらせてください!」
お母さんから直々の提案とあって、私は力強く返事をした。
四種はいわば仮免許のようなもの。四種を持っているだけじゃ商売も研究もできないけど、第一種、もしくは第二種資格者の指導のもとであれば、第四種資格者でも顧客に商品を提供が可能。よくよく考えれば、学校の先生が第二種の教育資格を有しているのだから、このような手段になるのは当然かも。
お母さんは口端をあげながら私にこう告げる。
「良い返事だね。その勢いと熱さは生涯大事にするんだよ」
続けて彼女にも。
「というわけで、マジカちゃんの杖は不肖、私の娘のマホに作ってもらうことにしたよ。形式としては『業務委託』となるわけだけど、異論はないかい?」
「ありません。よろしくお願いします!」
「それは重畳。なら、次に諸経費の話を進めたいところなんだけど……その前に私からマホに済ませてほしいことと、マジカちゃんに一つ提案があるのさ」
私と依頼人に? トントン拍子で進んでいく商談に、私は躊躇わず頷く。彼女も同様。
何だろう、と身構えてお母さんの言葉を待つ。さっそく仕事関係の話だろうかとワクワクもした。だけど、それは甘い考えで。
「夏休みの宿題を今日中に終わらせな。じゃなきゃ、この話はナシだよ」
「え……きょ、今日中!?」
急すぎでしょ。ほんの少し手はつけてあるけど、まだ一割ほどしか終わってない。確かに、夏休み残り一ヶ月ほどで進ませるペースとしては遅いけど、せっかくの初仕事なのだから優先させたいのは魔法の杖の制作。
そりゃ、学業をおろそかにするのは良くないけど、今日中は無茶では。
「なんだい。委託主の言うことが聞けないっていうのかい?」
「やりますやります。全部今日中に終わらせます」
「終わらせたものは必ず私に見せにくるんだよ。一つでも空欄を残してごらん。その場合商談は私が全て引き継がせてもらうからね。手を抜くのは一切許さないよ」
うへえ、とため息を吐きながら天を仰ぐ。選択の余地はなかった。
大きなチャンスである以上これを逃す手はないけど、立場を利用したハラスメントじゃないのコレ。
渋々了承して腹を決める。やるしかない。
そして、依頼人マジカへの提案。
これが私にとって一番の問題となった。
お母さんはさっきとは打って変わって、笑顔でこう尋ねるのだった。
「マジカちゃん。うちに住み込みで働いてみないかい?」
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