第6話 言語と認識
武芸の才がないらしいという衝撃の事実が判明し、落胆しながら就寝。
それでもやはり朝がくる。
起床して身体をほぐし、早速、宮内を早歩きで廻る。
結構広いので、時間はかかるがちょうどいい運動ではある。
歩き回っている時間に、能力のことを考えたのだが、やはり解らない。
日本語はわかるらしいので、あとで書庫に行くことにしよう。
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「おはようございます。父上、母上」
「おう、起きたか」「あら、おはよう」
「おはよう~。茜ちゃん」
「おはよ~、おにに~」
まだ眠そうだ。眼をしょぼしょぼさせている。
軽く朝食をとり、茶を飲みながらもこの後のことを考えていた。
書庫だ、書庫に行きたい!
今すぐに行きたい。
だが、いまは英気を養い来る飛躍の刻を待つとき。
戦士にも休息は必要なのだ。
そんな戦士の休息の刻が、茜との貴重で楽しいお遊びの時間に
もう一度言うが、あくまでも
大事な事は、二度言わねばならない。
それにしても、なんという偶然の一致。
まさに奇跡といえる。
そんなことを考えていると茜が、とてとて~とやってきた。
「おににー、あそぼー」
実に可愛いらしい声に自然と頬がゆるんでしまう。
「おー、茜ちゃん。今日はどんなおあそびがいいのかな~?」
屈みながら視線の高さを合わせて要望を聞く。
「ん~と。あ、そだ。おにには、きのう、どこにいってたの~」
「昨日? 書庫にいって、そのあとノリスの訓練を受けてたね~」
「ん~。茜も、しょこいってみた~い。おににばっかり、ずる~い」
プクッと頬を膨らてプリプリしている。全く怖くないです。
「はは、そっか。茜ちゃんも行きたいか~。わかったよ~、父上に聞いてみよっか~?」
眼を細めてデレデレしながら、ほのぼのしている光景を眺め話を聞いていた父上に許可を求める。
「いいぞ!」
即答である。考える素振りさえ見えない。
常々デキる奴は決断も早いのだと言っていたが……何か違うような気がする。
「茜、午後からはお勉強ですよ!」
それとは対照的に、締めるところは締める。さすがは、母上!
デレる父とデキる母の違いは、一目瞭然であった。
「は~い!」
元気よく答えている。
すごいぞ、茜! まさか勉強を嫌がらないとは!
おにには今、感動の渦に巻き込まれている。応援するぞ!
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さて書庫に向かうが、地上三階にあるので茜が移動するには少々距離がある。
そこでお付のスケルトンメイドが抱っこしている。
書庫に入り茜を降ろさせて、俺はお目当ての書棚へ一直線で進む。
茜は興味深そうにキョロキョロしながらも書庫を探検している。
お付のスケルトンメイドがいるので、大丈夫だろう。
早速、直筆の本を手に取り書見台に置き読もうとするが、そこに茜がやってきてピョンピョンしている。
「おにに、わたしもみたいです!」
プクッと頬を膨らませ抗議している。
「う~ん、茜ちゃんにはちょっと難しいかな~」
日本語読めないし、どうしようか。
「う~、み~た~い~」
まあ、いいか。俺が初めて来たときと同じで読めずにすぐ飽きるだろうし。
辺りを見回し、机と椅子がある場所へと移動する。
しかし机との座高が合わない。
しかたないので少々お行儀が悪いが、茜には靴を脱いでもらい椅子に立ってもらとしよう。
ニヘラっ、としている茜が実に可愛らしい。
次に本を選ぼうとするが、どの本が良いのかわからない。
当然だ、初めて読むのだから内容までわかるはずがない。さて、如何したものか考えていると茜から早く早くと、急かされてしまう。
とりあえず目についた本を取り出して茜に渡し、俺も本を取り出して読み始める。
これは『日記』だ。断言しよう。確実に間違いなく判る。
はじめの紙に『日記』と、でかでかと書いてあるので間違いない。
こちらに来てからの事が、最初は事細かく詳細に書かれている。だが日時が進むに従い大雑把になり始め、日の間隔が開き始め、次第に重要な出来事のみが書かれるようになったようだ。
しかし、これでは日記ではなく、週報または月報もしくは備忘録なのではないでしょうか? などと不遜にも考えてしまった。
も、申し訳ありません。高祖様。
ちらりと茜を見やれば、なにやら身を乗り出しながらも腕組みをして、む~んむ~ん、と悩んでいる。
そして紙を捲ったり戻したりして、またもや、む~んむ~んと悩んでいる。
やはり、読めないのかな。
可愛らしいので、その姿を眺めていると、
「おにに、『くっき~』 と 『ぽてとちっぷす』 って、どちらがおいしいのかな~?」
突如、こちらをみて問いかけてきた。
「ん? へ? クッキーとポテトチップス? どうしたの、とつぜん?」
脈絡の無いいきなりの質問に戸惑ってしまう。ちなみに茜に問われた瞬間に、クッキーとポテトチップスの造形が明確に思い浮かんだ。
今まで聞いたことも見たこともないのに……。
「え? ここにかいてあるの~。おいしそうなので食べてみたいな~、とおもって」
「え!? 書いてあることが読めるの?」
「え?! よめるよ~。茜、ちゃんと勉強してるもん!」
プクッって頬を膨らませて怒ってる。うん、全然怖くありません。
茜の手元の本を見て、日本語での記述だと確認する。
うん? ……日本語?
主上は確か、高祖様達は自動で言語変換されており、書いたり話したりした日本語は相手にはアルス語になり、書かれたり話されたりしたアルス語は日本語になるとおっしゃておられた。
んん? なにかが引っかかる。
「あの……茜ちゃん、これ何語にみえてるの?」
恐る恐る聞いてみる。
「しらない!」
まだ頬を膨らませて怒ってる。プイッとあさっての方向を向かれてしまった。
「うん、ごめんね~。茜ちゃんのお勉強があんまりにも進んでるから、おににはびっくりしたんだよ。おににが小さい頃は、そんなに勉強好きじゃなかったからね。勉強の好きな茜ちゃんに教えて欲しいな~。ね、お願い」
こちらを向き直るも、頬がまだ膨れている。
私怒ってます! というのが判る仕草だが、何故か微笑ましい。
頬をツンツンしてご機嫌伺いをしてみる。
「おににに、おしえてほしいな~。おねがい」
「……しらない」
まだ怒っているのか。これは参った。
「そっか、ごめんね。そんなに怒っちゃうとは。本当に……ごめん」
なんか黄昏【たそがれ】てしまう。
なんということだ。茜に嫌われてしまった……。
今の心情風景を詠むならば、
『おお……。吹けよ烈風、呼べよ大嵐、轟け雷鳴。いま天は墜ち、地は裂け、世は終焉の時に向けて、全力でまっしぐら。さあ、いまこそ最期の光を解き放ち、遥かなる虚空の果てにまで、その残滓を示すのだ』となる。
こんな感じで悲嘆に暮れていたころ、茜の声が
……そうか、これが福音と言うやつか……。
……蒙昧さが開けるとはこのことなのか……。
秘かに感動に打ち震える。
やはり神は実在した。……いや主上が、降臨なされておられるのだから実在しているのは当然か。
となると、これもまた主上の御業。
おお、おお……なんと、なんと偉大な。
viva、ハレルヤ、主上!
……viva、ハレルヤ? なんとはなしに出てきたが……解せぬ、どんな意味だ? うーむ……
おっと、今はそれどころではない。茜が述べた内容の方が重要だ。
「ううん、ちがうの。しらない文字なの」
「しらない文字?」
え? どういうこと? 茜が知らない文字だとすると……アルス語以外という事?
現実に引き戻されて、茜との会話ができることに安堵していると、今度はその意味に動揺を誘われる。
「そう、しらない文字。だけどよめるの」
エヘンッ!、と胸を反らして腰に手をやり、スゴイでしょう! をしている。
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いろいろなページを捲り聞いてみた結果、完全に読めている。
俺も読めているが、茜も読めている。
困惑していると、かなりの時間に渡りこの書庫にいたようで、スケルトンメイドが呼びに来た。
そうか、茜は午後からお勉強の時間が入っていたのだった。
「茜ちゃん、休憩の時間だよ。今日はこれくらいにしよう?」
熱心に読みふけっている茜に声をかけ、促す。
「ん~、わかった。この本? 面白いー。おにに、またつれてきてねー」
茜も熱心に読みふけってはいたが、疲れても来ていたのだろう。
素直に本を閉じて、う~んと伸びをして体をほぐしていた。
「あーい、そだ。茜ちゃんにお願いがあるんだ。この本が読めるのは父上にも母上にも皆にも内緒にできるかな~」
「え~、なんで?」
純真すぎて、心が痛む。
「ん~、それは茜ちゃんのお勉強が進んで、父上と母上に驚いてもらうためだよ。それで、いっぱいお勉強した茜ちゃんをみて喜んでもらうんだよ~」
「わかった! 茜、いっぱいお勉強する!」
うん、純真すぎて、心が痛む。
子供は嘘に敏感だが、実際嘘はついていない。
直筆の本が読めて理解できていれば、父上も母上も驚くし喜ぶだろう。
若干論点がズレている気がするが、そこは誤差の範囲としておこう。
スケルトンメイドに連れられて、書庫から出て行く茜を見ながら俺も退出する準備をする。
既に幾枚にも渡って書き写しているのだが、興味は尽きない。
最後に日記の数頁を日本語で書き写しておく。
ついでにある試みをすべく簡単な文章を
自ら日本語を書きながらも、感慨に耽ってしまった。
書ける! 書けるぞ!! この私にも書ける!!!
淀みなく書け、書き写した文も問題なく読めている。
書き写しが終わり、最後に誤りがないかと軽く読み流して確認する。大丈夫なようだ。
本を丁寧に書棚に戻してから書庫から退出すべく歩を進める。
何気なく振り返り書棚を見渡す。相当の量が収蔵されていた。
書付の束を持って錬兵場に赴くが、そこで、目当てのノリスを見つけて近づく。
ある試みをするためだ。
そのための想定問答は、昼餉【ひるげ】を取りながら組んでおいたのだ。
フフフ、抜かりは無い……はずだ。
さあ、いざ尋常に勝負! と意気込む。
そのお目当てのノリスと言えば、どうやらスケルトンたちの教練をしていたようだ。
「よし、やめ! 休憩とする」
近づくこちらに気づいたのか、休憩に入り時間を取ってくれるようだ。
もっとも休憩と言っても、スケルトンなのでここで待機というか佇んでいるだけなのだが。
「リン様、本日の修練の予定はありませんが、いかが致しましたか?」
「師匠、これを」
「師匠と呼ぶのは修練の時だけです」
「あー、ノリス。これを見て欲しいのですが、なんと書いてあるか解りますか?」
アルス語で書いた文章を渡す。
「拝見。えー、『ライフィン山地の麓に、ドワーフ達の集落があり移住をお願いするも断られた。やはりあの酒がいる。』と書かれております」
「では、こちらは読めますか?」
今度は日本語で書かれた全く同じ文章を渡す。
「えー、……すみませんが、全く読めません」
ノリスが返してくる羊皮紙を受け取り、告げる
「そうですか。では読み上げますから、よく聞いていて下さい。『ライフィン山地の麓に、ドワーフ達の集落があり移住をお願いするも断られた。やはりあの酒がいる。』」
「はァ。全く同じ内容ですね」
怪訝な表情を浮かべている。
「そうですね。……ところでいま読み上げたとき、私は何語を話していたのでしょう?」
自分で言うのもなんだが、実に奇妙な質問だと思う。
いや、はっきり言って、事情が分からなければ頭の中身を疑われそうな質問だろう。
あ、そういえば……事情は説明していない……。
「はァ? アルス語ですね」
案の定、
気落ちしながらも、もはややり通すしかあるまいと決意し、
「そうですね、アルス語です。では、いま一度読み上げるのでよく聞いていてください。『ライフィン山地の麓に、ドワーフ達の集落があり移住をお願いするも断られた。やはりあの酒がいる。』……どうですか?」
日本語で読み上げたつもりだが、どうだろうか。
「いまのはどこの言語ですか? 全く聞いたことがありません」
「そうですか、ノリスでも聞いたことが無い。実はいま諜報に使うための言語を作っているのです。そうですか、聞いたことが無い。うん、これは使えるようですね。時間をとらせてしまい、すみません。教練を続けてください」
まるでとってつけたような理由を付けながら、平静を装いその場を足早に去る。
なんのための想定問答だったのか……抜かりが有りすぎだ! と、一応は反省しておく。
足早に自室に向かいながらも考え込む。
これはすごいぞ。使用言語が、自動変換ではなく任意変換になっている。
おそらくは、これが主上の仰られていた『修正』なのだろう。
これで、日本語を伝え残す事ができる。
あとは『統合』された能力の方だが、発動条件がわからない。
何にせよ、日本語が鍵になっているはず。
そうであるならば、日本語に習熟するしかないだろう。
無意識下での使用となると相当に時間はかかるが、これは仕方がない。
自室に向かう予定を変更して、再び書庫に向かうことにする。
早速、日本語習熟のために書庫に行くべきと考えたからだ。
『継続は力なり』というではないか。
まただ……いや、大丈夫だ。問題ない。
そうだ、地道な訓練こそが近道。
そう、これは訓練なのだ。決して好奇心で書庫に赴くわけでない。
事実、足取りは羽毛のように軽いのだから。
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