第四話 学園生活で手に入れたもの
彼の澄んだ緑色の目が私を鋭く見た。
また沈黙が少しの間、訪れる。私はため息をついた。
「気づいていたのね。」
学園生活の中でもゼノスは公爵令息ということで敵も多くいた。
物理的な敵の多くは彼自身が跳ね除けていたが、一度だけ危険な時があった。それは二年生の校外学習。ふだん冷静な彼がその日だけ変に見えて、気づかれないよう見張っていた。少し罪悪感はあったけれどね。でも、案の定、彼は夜、寮を抜け出して山の方に歩いていった。
そこにいたのは魔力で探った範囲も含め、約50人の刺客だった。話を聞くと、どうやら敵は私達に危害を加えると脅し、実際に宿泊所のいたるところに爆発を起こす魔道具をおくことで、彼を呼び寄せたらしい。卑怯なやつらね。まあ、人のことはあまり言えないけれど。
会話が終わると彼らが襲いかかってきた。しかし、稀代の天才と呼ばれる彼なら、そのくらいどうにかできたはずだった。そこが魔術無効化空間でなければ。
「では、ゼノス・グランダル。その命貰い受ける!」
膝をついた彼に向かって、刺客たちが剣を振りかぶった時、私は迷っている場合ではないと思った。隠し持っていたフード付きマントを羽織り、彼の近くにいた刺客たちを剣で倒した。
さらに、
「黒き華の円舞」
中級闇魔術。闇魔術の刃を生み出し、同心円状に広がせる技ね。そして、この技の最大の特徴は「消えない」ことだ。術者が止める。もしくは術者の魔力が尽きたり、その刃の魔力量を上回る魔術を放たなければ消えない。そのため、この魔術は術者の技量だけでなく、主に魔力に依存する。魔力が多ければ、それだけ多くの、またはより魔力の高い刃を生み出せるからだ。
この膨大な量の魔力を含む刃が結界に当たってしまえば・・・
「なっっっっ!!!」
魔術無効化空間といっても一気に膨大な魔力をあてれば、簡単に壊れる。ゼノスはまだ魔力の成長期のため、その量に達していなかった。でも私はこれでも元魔王なので、念の為魔力も小さい頃から練り上げてきた。剣もこっそりと練習していたしね。
「ひぃ。ゆっ、許して」
ドンッッッ!!!
そして、あっという間にその場所には沈黙が訪れていた。彼らの痙攣した体だけが、彼らの生存を証明していた。
しかし、私は自らの戦闘力をあまり人には見せたくなかった。バレるとまずいことになる。平和な時代に管理されていない、過ぎた戦力は危険だ。
それに・・・
私はもう戦いたくない。
だから、正体を隠すため、フードを被って、急いで逃げた。ゼノスの「待て!!」という声を無視して。
その次の朝、ゼノスとユリウスが家に先に戻ったことを知らされた。
気づいてしまったのらどうしようもない。彼相手には取り繕うこともできないしね。
「でも、どうしてわかったの?」
授業では剣術の成績は普通程度に抑えていた。手のタコも魔法で治してもらっていた。それなのになぜ?
「前々から君の体の動かし方とかに疑問をいだいていたんだ。あと、武術を学んだ物特有の目をしていたから」
「目?」
「ああ、冷静に相手の弱点を探るように観察する目だね。まあ、ただの勘でもあるけれど。君が魔術師として優秀だからだと自分を納得させていた」
ある程度、魔術の実力はみんなに見せていた。魔力は完全にはごまかせない。といってもゼノスには剣のほうも見破られてしまったわね。
「なんか悔しい、結構うまく隠せてるはずだったんだけど。けれど、あくまでもそれは勘よね。どうして、私だと確信したの?」
張り詰めていた空気がゼノスが笑うことにより一気に和らぐ。
「君は意外と抜けてるね。靴だよ。」
「靴」
「そう、靴。あの日、学校指定のもののまま飛び出してきたからな。学生だとすぐわかった。そこからはまあ、絞り込みは簡単だったよ」
「えっ?」
「立場上、観察眼は優れていると自負しているからね。まず、剣を振るった手は骨ばっていなかったし、声的に女性の手。闇魔術を使用しているので魔族もしくは混血。ここまでくるとこの学園では約50人ほど。これでも生徒会長だったし、全校生徒の顔と名前を把握しているからね。」
私は驚きの余り、無表情となる。彼はこちらをちらりと見て、話を続ける。
「一瞬見えた髪の毛は魔族の暗めの色の髪ではなく、銀色だったから、恐らく混血。この時点で約30人になる。そして、握っていた剣は刃が反り返った、両手剣。まず、片手剣をやっている人間がこれを使えるわけがない。よって、約15人。また、これを使うものに出るのが左腕の握力の偏りや肩幅の拡大。これが身体テストで見られたのが約5人。その中で銀色の髪をした人は君だけだ」
「間違いな可能性もあるじゃない」
「君、腕に3つ、三角形に並んだほくろがあるだろう」
私は慌ててめくってみる。
「本当ね・・・」
「それが決定打だよ」
すごすぎて言葉が出ない。そんなところにも目をつけているなんて。
「貴方よく気づいたわね」
「ん〜、なんというか。昔から人の特徴を捉えるのは得意だったんだよね。なんか目に入ってきて。それに、昔から、覚えたくもない貴族の名前を、覚え続けてきたからだとも思うよ」
私は少し微笑む。全く同じ事を言っていた者が前世でもいた。なんだか、懐かしくなってくる。あの部下も一瞬で誰が誰かを当てていたっけな。
前世の部下。魔王だった私についてきてくれた愚かで、そして大切な部下たち。あの部下は一体どんなに人生を送っているのかしら。寂しがり屋の子だから、私の計画を話した時、泣かれたっけな。でも、大丈夫だろう。彼女は最も信頼できる部下に預けた。彼なら私の言葉を守ってくれると信じているし。
私の様子がおかしく見えたのか、ゼノスが私を心配そうに見た。
「大丈夫かい?」
「?大丈夫よ。それにしても、どうして周りの人間に言わなかったの?」
そう、そこが謎なのよね。ユリウスやベスたちの態度に変化は見られなかった。うまく態度に出ないようにしていた可能性はあるかといわれると・・・。ベスとライルは意外と顔に出やすい。ユリウスは好奇心の強い彼の性格上、探ってくるはず。だけど、何も見られなかった。ゼノスが少しの間をおいて言う。
「君が隠したがっていそうだったから」
「えっ?」
思わぬ返答に私は驚く。自分でいってもあれだが、私があの日見せた戦闘力は、騎士団でも上位に位置していたと思う。そんな危険すぎる存在を野放しにしてくのは、騎士になるものとしてはありえない。それを私が隠したがっていたから見逃した?
「なぜ?」
思わず言葉が飛び出す。
「そうだな・・・。私は君を親友だと思っている。君はその力を悪用する人じゃない。あの時も君は自分の正体が露見するのかもしれないのに、助けてくれた。これでも、人を見る目には自信があるからね。」
「あなた、自信過剰すぎない?」
気づけば私は笑っていた。ゼノスもつられて笑う。
「でも、そっか親友か。」
親友。いい言葉ね。本当に久しぶりに聞いた。少し心の中が温まる。
「おや、君は私を何だと思っていたのかな?まさかだけど、都合のよく扱える、便利な公爵子息とか?」
「違うわよ。もちろん親友よ。」
私達はしばらく笑い続けた。笑い疲れた頃、彼は口を開いた。もうすでに寮が遠くに見えていた。
「とにかくあのことについては誰にも言わない。約束する。」
「聞かないでくれるのね」
「君が望むなら、いつだって話を聞くよ。それと・・・君はこれから、その・・・気分を悪くしないでほしいんだが、多くの差別を受けるかもしれない。」
「そんなに遠慮しなくていいのよ。平民で混血だということででしょ。」
「ありがとう。そんな困難に立ちはだかった時、俺にいつでも相談してほしい。
力になる。必要ないかもしれないけどね。」
私は目を閉じた。嬉しさのあまり、涙が出てきそうになったから。ベスもゼノスもいつでも力になると言ってくれた。その約束を申し出ることは貴族にとって、最も信頼するものにしか言わない言葉だ。
そう、私はこんな素晴らしいものを得ていたのね。
「頼りになる親友たちは、私がこの学園で手に入れた最大の宝よ」
「私も君たちに出会えて良かったよ」
そう言って、私達はそれぞれの寮へと帰った。
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