第三話 学園生活の終わり②
「仕切り直して、寄せ書きでも書くか」
「そうね、ゼノス。いざ書くとなると少し寂しくなってくるわね」
「おや〜、ネロは俺たちと別れるのが寂しいんですか〜?」
「ええ、寂しくなるわ」
素直に答えるとユリウスが驚いた顔をする。私をなんだと思っているのか。
「なによ、その顔は」
「いや〜、めずらしくネロが僕に素直だなと思いまして〜」
思いを日頃から言葉にすることの大切さはよく知っている。ましてや、彼とゼノスは騎士となるのだ。次に無事に会える保証はない。
「日常が静かで、素晴らしいものになる気もするけどね」
「俺、そんなうるさいですか〜!?」
周りがドット笑いに包まれる。ライルが珍しく自分から口を開いた。
「それにしてもゼノスとユリウスは騎士になって、ネロは文官。俺とベスは領地か。ばらばらになってしまうな。」
「学校では毎日顔を合わせていたのに、いざ別れると不思議な気持ちになるね」
「私達が出会ったのも遠くの出来事のようね」
ベスが呟く。するとユリウスが答える。
「いや〜、まさか人魔歴史研究部にこんな変人が多いとはですね〜。」
「どこが変人かな?」
ゼノスがユリウスの肩を軽く叩く。
立場も異なる私達が出会った場は部活だった。この学園にはクラスの他に部活動というものがある。同じような興味や趣味を持つ人達が集まって、自主的に活動する場だ。この学園には少なくとも100以上の部がある。有名な部活を挙げれば「騎士部」
や「魔術研究部」、「社交部」などだ。
そんな多くの有名な部活がある中で、私が入った部活は、あまり知られていない、人魔歴史研究部だった。以前、見つけた古い本に名前があり、入学前から気になっていたのよね。人間にしては珍しく魔王ネクロマについて、あくまでも客観的に冷静な目で見つめていたからだ。しかし、同じクラスになったベスと共に部室に入ってみると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「良かった〜!これで廃部の危機を免れた!ですよね、先輩?」
「君はついに幻覚を見出したのか?ああ、僕にも見えた。どうやら二人とも気が狂ってしまったらしい。」
部員は2人だった。2年の先輩と3年の先輩1人ずつ。部屋は散らかり、ひどい状態だった。先輩方と、話してみるとやっぱり少し変だけれど話が弾んだ。歴史に対する知識や熱意はすごい人たちだったしね。そのまま、入部を即決。ベスも私がやるならと入部してくれた。
そして、必然的にライルも入部し、数週間過ごした後。ゼノスたちがやってきた。人が来ないなと先輩たちと共に廊下を見ていたところ、
「あれって、まさか1学年の首席じゃないですか?」
「1年が3人も入ってくれて、嬉しすぎて、幻覚を見ているだけだ。公爵子息様がこんな弱小部に来るわけがない。」
「ふざけたこと言わないでください。これは現実です、先輩」
ベスが冷ややかに言う。ときに冷たいベスも天使。
「失礼します、ここは人魔研究部の部室でしょうか。見学に来たものです」
「今行きますっっ!ドア開けますね!」
「先輩待ってください!」
案の定、先輩が扉を開いた途端に彼らに向かって、本の山が崩れた。
まずいと思った瞬間、従者のほうが風魔術を使って、本を浮かばせた。
すごい魔術のコントロールね。
「だっっ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。それより、この本は何処に置けば?」
「あちらにお願いします・・・」
「お願いね、ユリウス」
「了解しました〜」
とにかく彼らを椅子へと案内した。
「えっと、人魔研究部にようこそ。私は副部長のノエルですっっ!こちらは部長のネック先輩です!」
「もうおしまいだ。公爵子息に怪我をさせるところだった。こんな口も聞いて。ああ、苦しみながら死ぬのは嫌だな。かの文豪も死ぬのは睡眠薬がいいと言っていた。焼死はしたくないな・・・」
先輩は相当錯乱していた。実際、ゼノスは苦笑いしていた。
「それで、こちらが入部してくれた1年生です!」
「ベス・ルミナスです。お久しぶりでございます、殿下」
「ああ、ルミナス家の。お父君には世話になっているよ。そして貴方は確か・・・ルミナス嬢の婚約者のライル殿だったかな?」
「お久しぶりでございます、殿下。ライル・ザクセンです」
「そうだったね。それで君は・・・」
そうか、私以外がみんな貴族なのね。
「ネロ・サザンと申します。はじめまして、殿下」
「サザン!もしかして、ルイス・サザン殿のご令嬢かい?」
「えぇ。父をご存知で?」
「ああ、知っているよ。だけど、数年前に亡くなられたと聞いた。お悔やみ申し上げる」
「ありがとうございます。」
貴族の子として生まれた今世だが、両親が死んだことにより、平民となった。まだ、私も幼く、跡を継げるものもいなかったしね。
今世の両親はとても穏やかなひとだった。前世の記憶を取り戻して、少々おかしい子だったとは思うけれど、本当に立派な親だった。
「ルイス殿は優秀な歴史学者だったからね。君もその方面に興味が?」
「ええ!父の論文はすべて読んでいます!特に『闇魔術の変遷と光魔術の関連性』は・・・」
しまった、話しすぎた。慌てて私は口を塞ぐ。好きなことになると一気に話し出す。前世からの悪い癖ね。恐る恐るゼノス様を見ると俯いていた。やっぱり不敬だっただかしら。
ゼノス様がゆっくりと顔を上げた。喜色満面の笑みをうかべて。
「あれについて話せる人がいるとは!!!魔族に対する見識も深いものでないと見えない視点から、書いていて、とても印象に残ったよ!」
「分かります!闇魔獣と光魔術の優劣のみが気にされる世の中で、相互関係をしらべるとは!」
「第1章の『闇魔術と光魔術の始まりの違い』は盲点だったよ。実は闇魔術と光魔術は一つの魔術だったのかもしれないって!ソレイル神聖語の石板の意味はそうだったのかと!ああ、そういえば敬語はいらないよ。ゼノスと呼んでほしい」
「わかったわ、ゼノス!」
まさか、同類だったとは。こうして私とゼノスは友達になった。その後ユリウスともども、無事入部し一緒にやってきたというわけね。
「だって資料と1日中にらめっこして、語り合い、さらに読もうとする変人が2人。感動的なものを読むと、すぐに泣き出す涙もろすぎる人1名。ひたすらそれを慰めて、二人の世界に入ってしまう人1名ですよ。まともなのは僕だけですよ〜。」
「いや、お前も部室を魔術の研究とか言って破壊させただろう」
「それ言ったら、ゼノス様だって・・・」
全員で今までの思い出を口々に語り合った。ひとしきりに笑った後、私は口を開いた。
「また、みんなで集まりましょう。ベスとライルの結婚式が先になるかもしれないわね。」
ベスたちが照れている横でゼノスがかすかに微笑んだのが見えた。
「それじゃあね。」
「ああ、またな。」
ベスとライルが馬車に乗り込んでいく。
「では、俺も帰りますね〜」
ユリウスも馬車に乗って帰っていった。残ったのは私とゼノス。徒歩で帰る組み合わせだ。私は寮で、彼も貴族では珍しく寮ぐらし。しばらく無言のまま帰り道を歩く。お互い今までの思い出を振り返っているのでしょう。
「星が綺麗ね」
「ああ」
また無言。
その後、ゼノスが重そうに口を開いた。
「なぜ、騎士にならなかったんだ?」
私は驚く。まさかあのことを知るはずがない。
「何を言っているの?私はあなた達ほど運動神経よくないし・・・」
ゼノスは続ける。
「君、剣の使い手だろう。しかも相当の。あの日、俺を助けてくれたのは君だろう?」
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