グルメで無敵な冒険ジジイ〜異世界人から見た地球は、食材の宝庫でした〜

高菜田中

一話 ジジイ、ダンジョンの最奥へ

 敵が弱い。

 世界最難関、神災ディザウルゴス級ダンジョンのはるか奥深くへ辿り着いた最初の感想はそれだった。


 おかしな話だ、何かの罠ではないかと勘繰る。オーガの頭を握りつぶしながら、今までの旅路を思う。


 空を覆い隠し世界から魔力を吸い上げる大木と、それを棲家にしたドラゴンたちの森、竜樹の庭園。昼は灼熱、夜は凍土。そして天地をひっくり返すような大きさのワームが縄張りとしている砂漠、あま喰らいの地平。そして身体を動かすことさえままならないほど殿と、そこに住まう残虐な悪魔たち。例を挙げればキリはないが、まさしく神災の名にふさわしいダンジョンだった。少なくとも、今生きているのは奇跡に等しいと思える程度には。



「どうなっている……」



 60年。

 その全てを乗り越えるまでに必要だった年数。その全てが無駄に終わってしまうのではないかという不安が襲いかかる。


 それほどまでに、今周りに転がっているモンスターたちはあまりにも弱く、この洞窟の環境はもはや快適でさえあった。

 トロールは少し小突いただけで身体が爆散し、オークの群れはひと蹴りで全滅。トカゲもどきは頭を踏み潰した程度で死んだ。

 弱すぎる。あまりにも。到底、あの地獄の奥の奥にある場所とは思えない。


 神災ディザウルゴスを超えし者には、楽園の扉が開く。


 数千年を生きるエルフさえいつ頃からあるかも分からない古の石板に刻まれた神の言葉。その言葉に魅せられ、人生のほぼ全てをダンジョンに捧げた。共に研鑽した友は皆置いて行った。自分以外とこのダンジョンに挑むには、彼らはあまりにも弱すぎた。


 なんの疑いもなかった。神の言葉は、あの敵たちが裏付けてくれていた。たしかにあれほどの化け物を、地獄を乗り越えてきたものには楽園こそがふさわしいと思っていた。


 だがその自信がいまや揺らいでいた。まさか、このゴミどもがいる洞窟が楽園とでも言うつもりだろうかと。


 焦燥、不安、そして怒り。


 神よ!

 あの地獄を潜り抜けたこの俺が、この程度のゴミどもに敗れるとでも思っているのか!



「うおおおおおぉぉ!!!」



 怒りのままに駆け抜ける。ゴミどもを蹴散らし、踏み潰し、殴り飛ばす。

 不眠不休でただひたすら進み続けて、そうして一月ほどの時間が過ぎた。



「は、ぁ……」



 進めば進むほど、ゴミは更に弱くなっていった。

 もはや走り過ぎるその衝撃だけで死んでいく。あまりの虚しさに、心が詰まった。


 失望を抱えながらここまで走ってこられたのは、どこかでまだ希望を抱いていたからだった。この先に楽園があるはずだという希望を。

 その希望ももはやほとんど燃え尽き、わずかな燻りが残るのみ。


 老いぼれた男は泣きそうだった。俺の人生はなんだったんだ。なんのためにこんなに強くなって、なんのためにここまで来て、なんのために……



 絶望が完全に老人の心を覆い尽くそうとしたそのとき、悲鳴が聞こえた。

 ここ数十年は聞いていない、人間の悲鳴。



 老いぼれた男の心に、火が灯った。

 全力で走る。その速さはすでに音を超えていた。そうしてすぐにウルフに襲われている少女を目にする。


 少女を傷つけぬように比較的ゆっくりと近づき、ウルフの首を掴み、へし折る。ウルフは声も上げずに死んだ。



「……っ……へ……?」



 死の恐怖から目を瞑っていた少女が目を開ける。まるで目の前の状況を理解できていないようだった。

 弱すぎる魔物。そしてそれに殺されそうになる、弱すぎる人間。


 男は直感的に理解し、そして歓喜の表情を見せる。



「楽園に住んでいるのか?」


「えっ……と……?」



 男の言葉を聞いて、少女はきょとんとしてしまう。まるで何も知らない顔だった。だが、男はもう止まらない、止まることはできない。



「お前は!楽園から来たのかと聞いている!」



 少女の肩を、激情に任せて掴みそうになる。しかしそうすれば目の前の女は死んでしまう。グッと堪え、拳を握りしめる。



「ひっ……わ、わかりません、なんのことかわかりません!楽園なんて、知りません!」


「そうか」



 興味をなくし、少女から視線を外す。だが、この女が楽園から来たというのは明らかなことだった。これほどか弱い人間が、あの地獄を踏破できるはずがない。ありえるとするなら、楽園からこちらへ踏み込む以外に可能性はない。



「ふっ……」



 このまま進めば楽園へと辿り着く。それは天啓であり、確信だった。そうしてそのまま走り去ろうとして、その背中に声が掛かる。



「あ……あの!お礼!」


「ン?」



 面倒くさそうな顔を隠さずに男は振り返る。今更なんだというのだ。



「あの!助けてくれたお礼、を、させてください!」



 声を震わせながら、男に少女が声を掛ける。男は、正直なところ感心した。自らを殺しかけた魔物を一瞬でくびり殺し、そして意味のわからぬことを怒鳴ってきた男に礼をしようという心意気が、男は気に入った。

 そして楽園から来たであろう少女にも興味が湧いてきた。



「よかろう。それで、俺は何を貰えるというのだ?」



 もちろん、お礼というのも気になる。目の前の少女は、自分に何を差し出すというのか。楽園の物にどのような価値があるのか。興味が尽きなかった。


 ぐぅぅぅぅ、と腹から地鳴りのように音が鳴る。そういえばこの一月何も食べてなかったことを男は思い出した。



「わっ……!え、えっとえっと……ひとまずこれをどうぞ!非常食で申し訳ありませんが……!」



 少女が紙に包まれたブロック上の何かを取り出し、両手で渡そうとしてくる。どうやら非常食らしい。たしかに、腹が減っている身としてはありがたいなと男は思う。

 そこらへんの魔物を食えば満たされるが、差し出されたものを無下にする必要はない。男は受け取った。



「感謝する。では、いただこうかな」


「はい!あ、ちゃんとしたお礼はあとで地上でするので……!」



 それを聞き男はニヤリと笑う。地上に出る、ということは楽園は上にあるらしい。よくよく見てみれば少女の服装は不思議なもので、自分が元いた世界では見かけたこともない。この差し出された食事もそうだ。もはや男は地上に楽園があることを微塵も疑ってなかった。



「楽しみにしているぞ。では……」



 むしゃり。男は非常食を齧った。



「うっ……!」




 その瞬間、男の口の中で未知数の旨みが爆発した。




「う?」


「美味すぎる……………ッ!」



 美味過ぎてジジイは気絶した。


 そして、気絶したジジイと少女だけが残された。



「…………………えっ?」



 少女はマジで困惑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る