第7話 死体会議
溢れ出る言葉が一つも音になることなく、お母さんは口をパクパクさせている。眉間に皺を寄せ、怒りで吊り上がった顔を小さく横に振っていた。
僕は何をしていいか分からず、その場でただ立ち尽くしたまま。少し足を動かせば、床に垂れた血液が線を描いた。足の裏が強く脈打っている。全身の重さはまだ残ったままだった。
お母さんは机の上に置かれた拳をわなわなと震わせる。そして、
「私のモノなのに、どうして……」
小さなつぶやきが空気を震わせた。世界から音を消し去ってしまったかのように、家の中から音が消える。置き去りにされた電子レンジだけが、空気も読まずに「ピピ」と僕らを呼んでいる。
父親が大きく息を吐いた。
「やっぱりそうなんだな」
僕はただ黙って2人を見つめる。世界が湾曲して、膨らんでいく。僕が小さくなってしまったようだった。エアコンの風が僕にぶつかって、体が芯から冷えてく。
「悠飛の時から、そうなんじゃないかって思ってたんだ」
「だったら何よ。分かってるならどうして私だけのモノにならないの⁉︎」
お母さんが机を叩いて立ち上がる。椅子が大きな音を立てて倒れた。
「俺は君のモノだよ。だからなんでも言うことを聞くさ。でも、それとこれとは別だろ」
唇を噛み締めるお母さんに、父親は続ける。
「もうおまじないは終えた。早ければ今日……遅くとも明日には彼女が帰ってくる」
「嘘よ。信じない。……悠飛、お父さんをどうにかして」
お母さんが僕を見下ろした。どうにか、どうにか。「どうにか」が繰り返されるばかりで、僕の体は動かない。時計の音が妙にうるさい。二人の声もどんどん大きくなっている。
「悠飛がいつか好きな人ができて、結婚する。その時も君はそう駄々を捏ねるつもりなのか? 次は俺を使って」
「そんな日は来ない! 悠飛は私のモノで、私は、あなたも悠飛も愛してる!」
「……君だって、お義母さんのモノだろ」
お母さんの目がこぼれ落ちそうなほど見開かれる。何かを言おうとした口は、開きかけのまま止まった。
「それとも、ボケたらおまじないは無効なのか?」
追い打ちをかけるように父親が言う。僕は2人を黙って見つめていた。落ちた時計が目の前に転がっている。巨大な針が僕を指して、またズレていく。時計の黒縁に僕の顔が反射した。小さくなった僕は、時計から放たれる爆音とうるさい沈黙に耳を塞いだ。
鼓膜が破けてしまうと思った。これ以上聞いてはいけないと思った。
聞いたところで、僕の日常は変わらない。ただ父親がいなくなるか、家に住人が増えるだけ。何も変わらない。だって僕はお母さんのモノなのだから、黙って望まれるがままここに住んでいればいい。
吐き気がした。視界が揺れる。僕が揺れている。耳を抑えて、目を抑えて、頭を抑えて。顔に触れる手が不快だった。酷く汚れている気がして。全身から漂う腐臭が鼻を刺して、ついに僕は鼻を摘んだ。その手も不快で、頭に繋がる首が、胴体が、腕が、足が、不快で、不快で、不快で。
80センチの僕は、その場にしゃがみ込んだ。黒縁に、死体が映ってた。
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