第2話 血のすする音
どうやらラミアはとある人に追われ、住む場所を点々としているらしい。
そうして俺の家にやってきた。
「案外あっさりなのね。あなた達の言う空想上の生き物なのに。」
「もう空想じゃないだろ。それにどうやらほんとに困ってるらしいしな。」
俺は家の扉を開け、家に招き入れる。
そのとき、いつの間にかラミアの背中から羽が消えていた。
「それにしても不用心すぎる気もするけど...まぁ、それに助けられたんだもの、文句は言わないわ。」
そうして俺たちはリビングのソファに腰を下ろす。なぜかわからないが横に並んで座っている。
改めて顔を見る。美形だった。
先ほどまでは薄暗く顔がよく見えていなかったが今ならはっきりと見える。
「...なに?惚れちゃった?」
ラミアは小悪魔的な表情を浮かべる。からかっているのだろう。
「そうかもしれないな」
「え?」
俺はソファに深く背をかける。
「それでさっきの話は?」
「そ、そうね。話してあげる。私達吸血鬼は200年前にはそこら中にいたわ。夜は吸血鬼が出るからうろつくななんて言われてた。だけど...」
ラミアは顔をうつむかせる。
「吸血鬼ハンターと呼ばれるものがいきなり出現した。」
「吸血鬼ハンター...」
「あなた、吸血鬼の弱点は知ってる?」
「あれか?ニンニクと日の光と水と銀のナイフ。」
「ま、大体正解よ。まぁ、ニンニクに関しては人間と同じように好みが分かれてて嫌いな奴は気絶するわね。私はなんともないけど。あと、水に関しては流れる水が嫌いなだけだから。」
そこで、とラミアは話を続ける。
「銀のナイフを持った集団が現れた。」
「もしやそれが...吸血鬼ハンター...」
「...そいつらのせいで私たちの数は2割ほどにまで減らされ、夜な夜な飯を摂取することも安心して寝ることもままならなくなった。」
「でもそれって結局吸血鬼が人間を襲っていたからじゃないのか?」
その言葉を聞き、ラミアはまたも悲しげな顔を見せる。
「確かに襲ってた。だけどそれは命にかかわるものじゃなかった。人によっては自分から差し出してくるものもいた。私たちは別にむやみに襲ってたわけじゃない。私達には血が必要。だから...そう今でいう献血。それと大差はない。死に至るようなほど血を取らない。たまに飢餓に苦しんで人が干からびるほど血を摂取した者がいるって聞いたことはあるけど、それですらごく少数。私たちは人間の害にはなりえない。そんな存在のはずなの...。なのに...あいつらは!」
「ちょいちょいちょいちょーい!」
俺は机と叩き割りそうな勢いで拳を振り下ろそうとしていたラミアの腕を押さえる。
「―!...ごめんなさい。」
「お茶、持ってくるね。」
「えぇ...。」
そうして俺は台所に向かう。
その最中にフライ?とかなんとか言ってるのが聞こえた気がした。
――――――――――――――
「お前ってさ、主食血だよね?そんなのないんだけどどうするの?」
ソファに深く腰をかけ、お茶をすする。
「え、あなたがいるじゃない」
「お、俺?」
まさかとは思うが俺の首にかみついてきたりしないよな?
「...なに?かわいい少女に首を噛まれたいの?」
「そんなこと一言も言ってないな!?」
というか自分でかわいいとか言うのか。
「じゃあそろそろお腹すいてきたし頂ましょうか。」
「何をだ!?」
俺は血の気が引くような気がした。
いや、これから起こることを考えたらほんとに血は少なくなるのだろう。
ラミアは唇に手を当て、まるで悪魔のように笑う。
「決まってるじゃない。あなたの...血♡」
その言葉を聞いた瞬間俺はソファから転げ落ち、急いで廊下へと駆け出す。
「何、どうしたの?」
すぐ背後から聞こえた。
冷や汗をかく。
だが振り返るとそこには誰もいなくて
「ぐあっ!」
気づくと誰かの手が肩に置かれていて、押し倒されてしまった。
「どうして逃げようとしたの?」
ラミアは倒れた俺に馬乗りになる。
「お、お前、人間は襲わないって――」
「バレなきゃ犯罪じゃない...。そう聞いたことない?ここには私とあなた二人だけなの。だ か ら――」
「倫理の問題だろ!」
俺は足をばたつかせ上に乗っているラミアを振り落とそうとするが、びくともしなかった。さすがは人外といったところである。
「どうせあなたにとってはご褒美でしょう?こんなの。」
「なわけ、ない!」
「そう?本当にそう言い切れる?...ふー、はー」
首にラミアの吐息が掛かる。
「ひゃいっ」
「ふふ、女々しいのね。それじゃもういいかしら?もうお腹すいてこれ以上待てないわ。」
既に俺の体は抵抗という言葉を忘れていた。
ゆっくりとラミアの顔が首に近づいてゆく。
それに比例して俺の心臓の鼓動も早くなってゆく。
息が掛かり首がくすぐったい。
「いただきまーふ」
パクリと首に柔らかな唇の感覚が走る。
歯が立てられ少し痛みが走ったがそんなものなど気にしていられなかった。
俺の脳は正常に動いてなどいなかった。
血が吸われていく。
それと一緒に触れている小さな唇が感じられる。
その時間は意外にも早く終わった。
「ご馳走様でした」
そう言うとラミアはゆっくりと離れていった。
首を触る。少し濡れていた。
「あなた...美味しいわね」
「えぇ...」
最初に言うことがそれなのか。
「というかそもそも首から吸わなくてもよくないか?」
「はぁ?そんなわけないでしょ。首は心臓に近い。つまりどの部位より新鮮なの。腕の血なんて体の老廃物結構含まれてるんだから味は全然違うわよ。」
ラミアが唇を舐める。
「それで、あなたの血。本当に美味しいわね。もう一回吸わせてくれないかしら?久しぶりよ、こんな血に出会ったの。...フレイにも味わわせたいわ。」
「フレイ?」
誰かの名前だろうか。
「...失言よ。気にしないで。ほら、もう遅いわ。人間は寝る時間でしょう?」
「まぁそうだが、こんなことがあったら寝られねぇよ」
「そう?傲慢なのね。」
「なんでそうなんだよ...。あと吸血鬼って寝るのか?」
「はぁ?何言ってるの?吸血鬼は夜行性よ?あんたらとは生きてる時間帯が逆なの。昼夜逆転?みたいなもんよ。だから寝るとしても昼真ね」
確かにそうかと納得しつつ俺はひとつの疑問を投げるとこにした。
「お前っていつまでここにいる気?」
「え?あなたの血美味しいから...ずっと?」
やめてくれ。こんなのが毎日あると思うと先が思いやられる。
「はぁ、少しだけなら泊めてやれるがそのうち出て行ってもらうからな」
「えー、なんでよ。嫌な気にはならなかったでしょ?」
「まぁ確かに」
実を言うと血を吸われた後、なんかスッキリした。なんだろう付き物が落ちたような感覚とでも言うのだろうか。
とにかく嫌な気分ではない。むしろ逆であると言えよう。
「それでも俺にはいろんな意味で刺激が強すぎるよ。」
俺は立ち上がり残っていたお茶を飲み干す。
「やっぱり寝る。冷蔵庫に入ってるの好きに使ってもらって構わないから。それじゃ」
俺はそう言ってリビングを後にしようとし、
「私、吸血鬼だから血以外食べないんだけど」
そんな困惑の声を聞いたが無視をすることにした。
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