第14話 獣人の依頼

 新しい装備に身を包んだ俺たちは、それから2日間、ギルドの訓練場でみっちり汗を流した。新しいメイスは、ほぼ同じ形状だったおかげで問題なく手に馴染んだ。アームガードとレッグガードも、丈夫なものを選んだのに、高くなった身体能力で重さを忘れるくらいになった。

 ロイネは新しい防具が体に馴染むまで、様々な動きを確かめるように繰り返し、その後、木製のメイスと槍で模擬戦を繰り返した。


 訓練場には、湯治でこのリースに滞在している冒険者たちもいた。彼らは皆、体がなまらないように訓練を続けているらしく、訓練場には冒険者がそれなりに居て、皆が俺たちの戦い方を見ては目を丸くしていた。


「おいおい、あいつら本当にCランクか?  動きがCじゃねぇぞ」

「あの盾のヤツ。鉄壁すぎるだろ。どんな反射神経してんだよ?」

「槍の女も、えらく速いぞ。槍さばきが普通じゃねぇ」


 そんな声が聞こえてくる。

 俺の身体能力は盾と相性がいいらしく、ロイネのトリッキーな攻撃をたまに受ける以外、ほとんどの攻撃をしっかりと防御することができた。

 そしてロイネは、そんな俺に攻撃を当てようと技術に磨きをかけてる。フェイントやトリッキーな動きを多用してガンガン攻めるスタイルは、冒険者からみても珍しいらしい。


「盾、正解だったね。オルトをよく知ってる私じゃなけりゃ、オルトに一撃を入れるのはかなり難しいと思うわ」

「そうなんだ」

「うん、私はオルトが人に本気で攻撃できないって知ってるから、攻めまくってるからね」

「あ、気づいてたんだ」

「そりゃ気づくわ。手加減失敗して私が大怪我したら困るからでしょ?」

「はは、その通りです」


 俺の身体能力だと、木製のメイスでも大怪我させかねない。だから軽く攻撃することはできても、本気で振ることはできない。適度な威力に加減して訓練する技術がない。

 ロイネはそこをわかった上で、防御の硬い俺に攻撃を当てる技術を高めることに集中してたんだろう。

 いや、俺のことを思ってのことかも。俺には人が殺せないかもって話したからな。殺せなくても生き延びるための防御技術を身に着けさせようとしてくれてるのかも。


「ロイネ、人を殺さずに無力化する技術も教えてほしい。ロイネに迷惑かけたくないから」

「そうね。そういう技術は必要ね。やりましょ!」


 ロイネが嬉しそうに笑った。




 4日目、ロイネが訓練は十分だと判断し、そろそろ次の仕事をギルドの掲示板から探そうとした……その時、ギルドの扉が勢いよく開き、一人の女性が飛び込んできた。

 灰色の体毛、ピンと縦に伸びた獣の耳、そして脛まである尻尾。人ならば皮膚であるはずの場所にも短毛。


 これは……獣人だ!

 武器は腰の両側に短剣、いや大きめのナイフ。防具は革製のアームガードとレッグガードのみ。胴体は胸と腰回りを隠す服のみ。だけど、人なら皮膚の部分が短毛に覆われてるから露出が多いようには見えず、とても身軽そうに見える。


 俺は思わず息を呑んだ。アニメや漫画でしか見たことのなかった獣人が、目の前にいる。実物が手の届きそうな場所に存在する! 俺は感動で体が震えた。同時にその女性の、いや、獣人女性の整った顔立ちや引き締まった体を見て、得も言われぬ興奮が胸に去来した。


 この世界って、人間以外の種族も居たんだ! 今まで一度も見かけなかったな。


「村が獣人狩りに襲われた。村の女がさらわれた。誰か一緒に来てくれ!」


 彼女がその美しい顔に悲壮感を漂わせ訴える。ギルドの職員も、ざわつく冒険者たちも、誰もが困惑した表情を浮かべている。やがて、ギルド職員が重い口を開いた。


「申し訳ないが、その依頼は受けられない」


 え……どういうこと?


 その拒絶の言葉に、獣人女性の顔が絶望の表情に変わる。そして次の瞬間、眉間から鼻に、肉食獣のようなシワを造り、怒りの声をあげる!


「お前ら人間は、私たちから奪うだけか! この土地も仲間も奪って、助けを求めても見殺しか!」


 獣人女性が叫ぶ。


 俺は訳が分からなかった。なぜ助けない?


「ロイネ、どういうことだ?」


 ロイネが俺の問いに、静かな口調で説明してくれた。


「このサリウス王国は、百年くらい前まで獣人に凄く厳しい国だったの。もっと昔は獣人が多く住むエリアだったらしいけど、それを倒し、殺し、追い払って国土を広げてきた歴史があるの。その後、人が必要な平地は全て手に入れたから、無駄な戦闘を防ぐために『獣人狩り』は禁止されたわ。でも、友好的な関係とは言えなくて、差別もあって獣人からの依頼は基本受けないのよ」


 全く知らなかった。というか獣人が存在することも知らなかったからな。ロイネが獣人女性に気の毒そうな目を向けている。


「私たちの先祖は、お前らへの恨みを捨て、土地を諦め、この国に従ってきた。なのにお前らは……なんでだ!」


 獣人女性は、誰にとも無く、怒りと不満を訴えている!


「獣人は人間より身体能力が高いけど、人口がとても少ないから、このままじゃ滅びかねない存在なの。しかも、一部の裕福な層が、その独特な美しさに目をつけ、捕まえてこっそり監禁して、性奴隷にするという事件が後を絶たない。獣人狩りは、そういう連中を相手に稼いでる連中よ。気持ちとしては助けてあげたいけど、奴らの背後に居るのは間違いなく権力者。依頼を受けられないのは、獣人だからって理由だけじゃないの」


 俺は言葉を失った。まさか、そんなことが黙認されてるなんて。この国では、獣人に人権がない。それが「当たり前」なのだろう。俺がロイネが身近に居たからか、これまでこの世界に優しいイメージを持ってた。でも、たった今、これまで見てきたこの世界のイメージが一変した。ここまで、魔物ばかり相手にして、人の争いを見てないからな。

 獣人という存在に感動していた俺の心に、怒りが湧き上がる。そんな俺にロイネが説明を続けた。無知な俺へ、知っておくべきことを伝えるように。


「ドワーフやエルフも、同じ理由でこの国から消えたわ」

「ドワーフやエルフもいるのか!」

「居るわよ。もっと少数種族もいる。他国には」


 亜人種が当たり前に存在する世界だったとは。しかし、その感動を怒りが押しつぶす。そんな貴重な種族なら、大切にすべきだろ……と。


「この依頼、俺が受けるよ」


 俺は迷わずそう言った。獣人女性の耳がピクリとこちらを向く。耳がいいらしい。彼女が印象的な青い目を俺に向ける。そしてまっすぐに向かってきた。


「私の名は、グレイシア。白狼族の戦士。お前は?」

「オルト、Cランクの冒険者だ」


 近くで見るグレイシアは、灰色の体毛と青い目、そして獣の耳が印象的で、短毛に覆われた顔は人とは違う美しさを感じた。


「オルト……」


 ロイネが微妙な表情を浮かべる。彼女はこの世界の現実を知っているからこそ、微妙な表情になってるんだろう。


「依頼を受けるというのは本気か?」


 グレイシアがすがるような目で俺を見る。その目からは不安と怒りが感じ取れる。


「俺にできることなら」

「一緒に来てくれるだけでいい、一緒に獣人狩りを倒したということにしてくれるだけでいい。奴らは私が始末する。報酬は全てやる」

「来てくれるだけでいい?」


 一緒に戦ってくれって話じゃないのか?


「知らないのか? 獣人は獣人だけでは人に手が出せない。相手が悪人であっても手を出せば悪者にされて、村が討伐対象にされるんだ」


 グレイシアが顔に獣のようなシワを作る。さらわれた仲間を助けに行くだけで討伐対象にされるとか、そんなの酷すぎる。


「そんなことが……わかった。俺が行く。ごめん。ロイネはここで待ってて」


 この人を助けたい。この人の状況はあまりにも理不尽過ぎる。俺は周囲にどう思われてもいい。もともと価値観が違う世界から来たんだ。この国の歴史も知らないし、どうせ余所者なんだから、困ったことになったら他の国に逃げるって手もあるしな。でもロイネはこの国の人で、支えたい人もいるからな。巻き込めない。


「はぁ……私も行くわ」

「でも、困ったことになるんじゃ……」

「い・く・わ!」


 俺の浅い配慮は強く拒絶された。

 まぁいい。この世界どころか、この国のことも、よく知らない俺の考えなんて、なんの参考にもならない。ロイネの判断にまかせよう。周囲の「うわ~、あいつらよくやるよ」って目線が気になるけど、今はそれもどうでもいい。


「グレイシア、私たちが協力するわ」

「ありがとう。感謝する!」


 グレイシアがそう礼を言い、すぐにギルドを出る。俺とロイネもそれを追った。




 リースを出て走り続ける。走りながらグレイシアが事の経緯を説明してくれた。グレイシアの村は、このリースからさらに山奥に入った場所にあり、日頃は人と交流せずに暮らしていた。

 しかしそこに、これまで見たこともない魔獣が複数現れ、村の戦えるものが対応してた隙に若い女がさらわれたらしい。

 グレイシアは、嗅覚が鋭いらしく、一人でも獣人狩りを追跡できたが、獣人だけで人間を殺してしまうと、今度はサリウス王国の兵士に村が襲われる可能性があり、それを避けるためにギルドに助けを求めに来たらしい。

 俺はこのサリウス王国のことも、亜人種の境遇のこともほとんど分かってないが、ロイネから聞いた内容だけでも、その境遇を考えると胸が痛くなった。この世界には、こんなにも過酷な境遇の人がいるのか……と。




 俺たち3人はグレイシアの嗅覚を頼りに走り続けた。グレイシアが俊敏な動きで先導し、草原、丘、森の中を獣のように駆け抜ける。

 俺は高くなった身体能力のおかげで、その走りに問題なく追従できた。だが、ロイネに限界が来た。


「はぁはぁ……ごめん、オルト……グレイシア……私、もう無理……」


 森を抜け、街道に出たところでロイネが立ち止まり、肩で息をする。彼女の走りは速いし、俺と一緒に行動するようになってから身体能力が強化されてるから、きっと平均よりはずっと走れてたんだと思う。でも、かなり苦しそうにしている様子からも、限界なのが分かる。どちらかといえば、体力より瞬発力だもんな。ロイネは。


「悪いが休む暇はない、待てない」


 グレイスが先を急ごうとする。


「わかってる……はぁはぁ……少し休んで……追いかけるから……先に行って」

「もし合流できなかったら、リースで合流しよう!」


 ロイネと約束を交わし、俺はグレイシアと共に再び走り出した。


「まだなのか?」

「匂いが薄い。まだ遠い」


 グレイシアの嗅覚は、親しくしていた村の娘の匂いを捉えているらしく、その走りに迷いはなかったが、距離はまだまだあるらしい。こりゃロイネが追いつくのは無理かも。


 かなりの距離を走り抜けてきた。さすがのグレイシアも、疲労困憊の様子で荒い息をしている。

 獣人の走りには負けるかと不安に思ってたけど、どうやら俺の体力はそれ以上らしい。


「グレイシア、少し休もう」

「必要ない……はぁはぁ……もう少しだ」


 グレイシアは休むことを拒否して走り続けた。その青い瞳には、故郷の仲間を思う強い決意が宿っていた。そして、グレイシアの言葉通り、そこから少し走った場所に、獣人狩りが隠れていると思われる廃墟があった。

 俺たちは、身を隠しながら進んだ。グレイシアはそういった動きが得意らしく、低い茂みの中を地を這うようにして進み、俺を置き去りにして廃墟の壁に張り付いた。俺もその動きを習って、静かにゆっくり近づこうとしていた。しかし……。


「いやーーー!」


 廃墟の中から、布を切り裂くような叫び声が響く。その声を聞いたグレイシアが、俺が近づくのを待たず、廃墟の中へと飛び込んだ。


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