第13話 盾とメイス
温泉の町リースは、湯治客や負傷した冒険者で賑わっていた。
この世界の回復魔法は俺の知ってる医療よりも手早くて便利だけど、骨折後に変形が残ったり、筋肉が萎縮したり、皮膚が突っ張ったりと、完全に元通りにはならず、不調が残ることも少なくないらしい。
そんな冒険者たちが、不調を整え、活力を得るためにこの温泉地に集まるんだと、ロイネが教えてくれた。
だから、町には冒険者向けの店も多く、商店街は小さな町なのにしっかりと活気があった。
俺たちは宿に荷物を置いて、そんな活気ある町を散策することにした。昨日は宿の温泉をゆっくり楽しめたから、今日はあちこちの湯巡りだ。
やっぱり露天風呂は最高だ! 2箇所の露天風呂を楽しんだ後、ロイネが次の行き場所を提案してきた。
「オルト、そろそろメイスを買いに行かない?」
「あ、そうだった! 俺、武器がないんだった」
温泉が楽しすぎて忘れてた。このリースで武器を新調する予定だった。
「Cランクになって護衛もできるようになったから、装備は重要よ。雇い主から見て、頼りになりそうな格好をしておくのもマナーみたいなもんだからね」
「強そうな格好をしてれば、族に襲われる確率も減るって感じかな」
「そういうのもあるね。だけど、オルトの場合はちゃんと防具を揃えないと、対人戦の戦闘経験がないから刃物でズバッとやられちゃうかも」
「それは嫌だな」
「でしょ」
打撃は馬鹿みたいに高くなった身体能力で耐えられても、刃物は無理だ。対人戦じゃなくてもゴブリンが錆びた剣を拾って使ってたりもするし、ゴブリン程度なら刃物を持たれてもなんとかなるけど、もっと強い魔物が刃物を持ってたら危険だ。ランクも上がったことだし、今後のことを考えて、今日は防具のことも真剣に考えよう。
武器屋は、小さな町なのに品揃えが豊富だった。短剣や剣、槍、弓、そしてメイスや斧。あらゆる種類の武器が壁にかけられ、磨き上げられて輝いている。オーダーメイドの注文をすることもできるらしい。このリースに湯治に来て、その間に装備を新調するんだろう。
「オルトの今の身体能力なら、どんなメイスだって使えるはずだから、好きなの選んでいいよ」
「じゃぁ色々触ってみようかな」
「うん、手に馴染むの探すといいよ。私、隣の店で防具見てるね」
「終わったら行くよ」
ロイネを見送った後、俺は並べられたメイスを一つずつ手にとって軽く振ってみた。ロイネが言う通り、かなり大きなメイスでも、ドルトンメイスに比べたら軽く感じた。これなら使いやすさだけで選んで良さそうだ。
「お客さん、なかなかの使い手だね。お客さんの筋力ならこれなんかどうだい?」
店主がカウンターの向こう側に飾っていたメイスを取り、俺に差し出す。そのメイスを受取、軽く振ってみる。この店で触ったどのメイスより重い。素材が違う感じ?
「これ……重いね」
「先端に特殊金属を埋め込んでるんだ」
ドルトンメイスほどじゃないけど、先端にあれと同じような質量を感じる。振ると先端の重さをずっしりと感じる構造だ。これはかなりの破壊力が期待できるかも。でも、なんか違和感がある。これまで使ってたシンプルなメイスと比べたら、ちょっとだけ振り遅れる感じがする。なんか嫌だな。慣れの問題かもしれないけど。
「これまでずっと、棒みたいなメイス使ってたんだけど、そういうのある?」
「シンプルなメイスが好みですか。それだとうちにはこれしかないですね」
店主が出してきたメイスは、俺が使っていたメイスとソックリなものだった。ナックルガードがあるシンプルな1mほどの金属棒。違いは先端が少しだけ膨らみ円錐状に尖っていることだけ。それを受け取って振ってみると、以前とほぼ同じ感覚で振ることができた。
グリップやナックルガードが完全に一緒だ。きっと量産品なんだろう。でもこの手に馴染む感じ、凄くいい。安心感がある。
「これにします。おいくらですか?」
「お客さんなら、そんな初心者用じゃなくて、もっと良いものがいいと思いますが」
「いや、俺、初心者なんですよ」
「え、本当に? 私、お客さんを見れば、その身体能力がなんとなく分かるんですが……」
「はは、体は鍛えてますが戦闘経験がほとんど無くて」
「そういうことですか。ならばシンプルな物が良いかもしれませんね」
俺は以前とほとんど変わりないシンプルなメイスを購入し、ロイネと合流するために隣の防具屋へと向かった。
防具屋に入り、ロイネの姿を探す。武器屋と違って防具は場所を取るため、店内がかなり広い。ロイネが居そうな女性防具のコーナーは店の端っこにあった。
「あれ、ロイネー……居ない?」
ロイネの姿が見えない。
「あ……オルト、ちょっと待って」
店の奥、カーテンの向こうから声が聞こえてきた。
試着コーナー?
テーブルの上にロイネの使い古された防具が置かれている。やはり試着らしい。俺の防具を見てるのかと思ってた。
防具の見た目にむとんちゃくな感じだったけど、買い替えを考えているのかな。ロイネも女性だしな。俺だけ綺麗な装備になって、自分だけボロボロなのは嫌だよな。
「オルト……見ても笑わないでね」
カーテンの向こうからロイネが恥ずかしそうに顔だけ出す。可愛い。
「ん? いいけど……なんで?」
ロイネなら実用一辺倒な防具を選ぶんだろうなって思ったけど……違うのか。
「似合わないの試着しちゃったから」
気になる。見たい。どんなの試着したんだろ。
「笑わない。約束する」
「じゃぁ出るね。似合ってなかったら正直にそう言ってね」
カーテンが開くと、そこに立っていたのは、俺の知っているロイネとは少し違う、素敵女子だった。
身体にぴったりと沿う、濃い緑色の革の胸当てが、今までの無骨さとは大きく違う。
その所々に金属製のパーツが取り付けられており、防御もしっかりしていそうだ。少しだけ胸の谷間が見えるデザインにドキッとする。そして腰回りは防具がなくベルトだけになって、ぴったりした服に着替えているせいで腰のくびれが強調され、ヒップラインへの綺麗な曲線がとても魅力的に見える。
アームガードとレッグガードも、磨き上げられた金属パーツが輝いててロイネの活発な魅力を引き立ててる。
これまでの彼女の防具は、男性用を無理やり着ているような無骨なものだった。でも、この防具はシンプルながらも女性の魅力を引き出す工夫が施された物だ。
「どう? 変かな」
ロイネが少し不安げに尋ねてくる。その表情は、いつもの自信に満ちた彼女からは想像できないほど、初々しいものだった。
「すごく……いいと思う。綺麗に見えるよ」
俺の言葉に、ロイネの顔がパッと明るくなった。
「本当? よかったぁ! じゃぁこれにする!」
心底ほっとしたような笑顔を見せたロイネが、その場で即決した。
「え、もっと色々試着しなくていいの?」
俺が尋ねると、ロイネは少し照れたように言った。
「ううん、もういい。これが気に入ったの!」
彼女はずくに防具を購入し、古いものを店に処分してもらった。そして今度は、俺の装備を選ぶ番となる。
俺は、ロイネの熱意に押されるまま、次々と防具を試着させられた。ロイネは自分の装備を選ぶ時は即決だったのに、俺の装備はあれこれ体に当てては熟考していた。
「うーん、これだとちょっと動きにくいかしら? 頑丈そうだけど、重さが気になる? いやオルトに重さなんて関係ないか。これも試着してみて」
言われるがまま試着し、軽く動くように指示されたり、ベルトを締められたり緩められたり、なかなかに時間がかかる。でも、俺にはどんな防具がいいかなんて分からないから、ロイネに全てを任せて、このデートのような時間を楽しんだ。
しかし、体幹に何かを装備すると、どうにも動きにくくて仕方がないことが分かった。元々鎧なんて縁がなかったし、身体能力が上がったとはいえ、不慣れなものを身につけることへの違和感が拭えない。まかせようと思ったけど、やっぱりそこは伝えよう。
「あの、ロイネ……やっぱり鎧は動きにくいかも。どれも違和感がひどくて……」
俺が正直に伝えると、ロイネが腕を組み、納得したように頷いた。
「そっかぁ……でも上半身何もなしもねー……あ、鎧がダメなら盾って手もあるね」
「盾、なるほど盾なら防御しやすそうだし、動きの邪魔にもならないかも」
「オルトの身体能力なら、盾も武器になるからいい選択かもね!」
防具は違和感なく使えそうな、金属パーツ多めのレッグアーマーとアームガードだけに決めて、盾を試すことになった。色々手に取ってみた結果。重さを気にせず何でも使えそうなことが分かった。
「広く守れて、それでいて持ち運びにもちょうどいいサイズとなると……この系統かな」
ロイネが選んだ盾は、立てると俺の腰までくらいある、大きめなカイトシールドだ。涙滴型で、上部が広く下部が細くなっているため、体の大部分を覆いつつも、足元への視界を確保しやすい形状だ。普通であれば、これはかなりの重量級に分類される盾らしいが、今の俺には軽く感じる。試しに盾で殴るような動きをしてみるが、しっかり握れ、腕にも固定できる構造だからか、何の違和感もなく自在に動かせた。これならロイネの多彩な攻撃でも、防ぐことができるかもしれない。
「これいいかも!」
俺はロイネにおすすめされたカイトシールドと、レッグアーマーを購入した。店員に頼んで、このカイトシールドを背負えるようにザックを補強してもらい、使わない時は背中に背負えるようにした。これで、俺の新しい戦闘スタイル、盾メイス戦士が完成だ。
「うん、ちょっと強そうに見えるよ。これなら護衛対象も安心できるわ」
ロイネがウンウンと頷く。強そうに見える……か。やっぱ俺も男だな。そんなシンプルな一言が嬉しい。
しかし、問題は俺に対人戦ができるか、人が倒せるか、いや……人が殺せるかだ。この世界に来てここまでは縁がなかったが、この世界には人を襲って生活してる「賊」が実在し、地域によっては魔物より脅威になってるらしい。そしてそういう連中は、可能ならその場で殺すのが当たり前。魔物以上に厄介な連中だから、それが当たり前なのは理解してるけど、俺にそれができるかは……正直、今は無理。その覚悟ができてない。
この問題、ロイネに話しておいたほうがいいだろうな。俺がいざその時に動けず、ロイネに迷惑かけたりする可能性もある。情けないけど、相談しておこう。
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