11、波乱



「ただいま」


 あれ、この靴誰のだろう。見覚えのない男物の靴が玄関に並んでて、逆に見覚えのある靴が1足もないってどういうこと? ていうか、お父さんとお母さんは?


「うす。お帰りなさい、凛子さん」

「ただいま。龍来てたのー? お母さんとお父さんは?」

「おやっさんから聞いてないんすか」

「え、なにを?」


 相変わらずテンション低くて気だるそうにしてるのは、年下の私にも敬語を使う伏見龍。かくかくしかじかでお父さんが経営する建設会社で働くことになってもう4~5年かな? はじめて出会った時、まだ龍が今の私くらいの年齢で、私がまだ小学生だったもんな。今じゃ家族っていうか男友達みたいなもん。


「おやっさん達しばらく地方に出払うんで、俺が凛子さんの世話役押し付けられたんすよ」

「いや、言い方よ」

「だって凛子さん、なんにもできないじゃないすか」

「無粋な方ですね。凛子様は勉学と家事炊事以外はパーフェクトなお方なのです。無礼者はお下がりください」


 おい、日髙。それなんのフォローにもなってないし、しれっとディスんな無礼者が。私だってやろうと思えばできるし……たぶん。ていうか、こうなったのも全部お父さんとお母さんのせいだし。『包丁握る暇あんなら握り拳振りかざしてこい!』『洗濯のボタン押す元気あんならテッペン獲ってこい!』『掃除機引き摺ってねぇで野郎共引き摺ってこい!』等々、もうイカれてんのよ。こんな家庭環境で普通の女が出来上がるわけがないでしょ。


「誰だテメェ、凛子さんに馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ」


 あー、ダメだ。龍のあっち(柄悪)スイッチオンになってるわ。ていうか、日髙も日髙で私の腰にしれっと手添えてんじゃないわよ変態が。私は日髙の手をベシンッ! と叩いて一歩踏み出そうとした……けど、日髙の手が私の腰を掴んで離そうとしない。マジなんなの、この状況は。


「オイ、聞こえねぇのか。凛子さんに馴れ馴れしくしてんなよ、このボケが」

「ああ、貴方ですか。凛子様の番犬とやらは」

「あ?」

「僕のデータによると凛子様には番犬がいらっしゃるとのことなので」


 満面の笑みを浮かべてそう言った日髙に龍が大人しくしてるわけもなく、日髙に向かって伸ばした手を私が止めた。


「テメェ……ってなんすか、凛子さん」

「龍、こいつは無理」

「あ?」

「龍だってわかってるでしょ、無理なもんは無理」

「俺が負けるとでも?」

「はぁ。だいたいさ、無駄な喧嘩はしないって約束じゃん」

「これは無駄じゃねぇ」

「無駄」


 きっと龍だって勘で理解してるはず。日髙が普通ではないってことも、おそらく私と龍が束になって襲撃しても負けるってこと。いろんな経験をしてきたからこそ日髙の異質さに気づける。でもまあ、龍も龍でスイッチ入っちゃうとヤバいからな。日髙も無傷で……はさすがに無理だと思う。


「凛子様は僕のフィアンセです」

「あ"?」

「違いますー」

「僕と凛子様は永遠の愛を誓いました」

「そうか、死ね」


 私も私でどうやら体が鈍ってるらしい。龍の動きに反応しきれず止めれなくて日髙を殴りにかかった龍。それをニコニコしながら躱した日髙にすかさず激重なハイキックが日髙の頬にもろ直撃してガタン! と音を立てながら壁にぶつかった日髙。


「龍!!」


 絶対殺すマンになってる龍の後頭部を容赦なくひっ叩いて、壁にぶつかってうつ向きながら座り込んでる日髙を覗き込んだ。ていうか、日髙も日髙でなんで受け身取らなかったのよ。そもそも日髙なら躱せただろうし、受け身する余裕もあったでしょ。


「ちょっと、大丈夫? 日髙」

「心配ですか、僕のこと」

「いや、別に」

「ハハッ! いやぁ、やはり手強いですね。凛子様は」


 ヘラヘラしながらひょいっと立ち上がって身なりを整えてる日髙をジト目で見る私。そんな私の頭を撫でようとしてきた日髙の手を払い退けてた。こいつ、私に心配してほしくて“わざと”龍の蹴り受けたんだわ、マジで馬鹿じゃないの?


「凛子さん、マジで殺っていいすかコイツ」


 今までにないくらいブチギレの龍にヒヤヒヤしつつ、その元凶である日髙は『どうぞ? やれるもんなら』スタンスだから龍がもう爆発寸前。その前に私が爆発寸前しそうだけどね、色々と。


「龍、もうやめて。これ擬人化文房具」

「『これ』だなんて酷いなぁ、凛子様」

「日髙はちょっと黙ってて」

「僕を黙らせるには口を塞ぐしかありませんよ? 凛子様のその美しい唇でっ」

「テメェ凛子さんに感謝しろよ。じゃなきゃテメェみたいな奴とっくに殺ってる」

「そうですか、それはそれは」


 龍は高校行ってないから擬人化文房具がどういうシステムなのか知らないよね。まあ、そもそもがSSSなんてこの世に日髙しかいないわけだし、謎に包まれすぎて製造者くらいしか把握できてないんじゃない? なんていうか、なんとなくだけど日髙本人も自分自身のこと全て把握しきれてないって雰囲気が垣間見えるから、本当に私がはじめての契約者なのかも……?


「とりあえず日髙……って」

「消えましたね」


 勝手に出てくるわ、勝手にいなくなるわ、もうなんなの? あいつ。


「ごめんね、龍」

「別に凛子さんが謝ることじゃないでしょ。つかスペシャルズってあんなもんなんすか。物騒な世の中になったもんで」

「それあんたが言う?」

「俺は平和主義なんで」

「どの口が言ってんのよバカ」


 無愛想でなに考えてるか分かんないことだらけな龍だけど、なんだかんだ私のこと心配してくれてるってのは伝わってくる。まあ、過剰ではあるけどね。龍がこうなったのも、私に敬語使ったり“さん”呼びするようになったのも、おそらくあの時のこと引きずってるんだろうなとは思う。気にしなくていいって何回も言ったけど、龍はこの調子だからもう好きにさせてる。


「で? お母さんとお父さんいつ頃帰ってくんの?」


 2人でテレビを観ながらソファーで寛いで『ま、長くても1週間くらいでしょ』とか呑気に思いながらお茶を口に含んだ時だった。


「そうすね。まあ、半年はかかるんやない」

「ブーー!!」

「きったね。なにしてんすか、凛子さん」


 口に含んでたお茶を思いっきり噴射させて『は? 半年とかヤバすぎない?』と呆気にとらてる私と、噴射したお茶を気だるそうに拭き始めた龍。


「ごめん、あまりの衝撃に我慢できなかった。普通さ、そういうのってちゃんと私に言うもんじゃない? なに考えてんのかな、うちの親は」

「まあ、俺に言ったからいいだろって思ったんじゃないっす? 知らんすけど」

「んな適当な……ってちょっ、投げないでよ」


 プイッとそっぽ向いて私にタオルを投げてきた龍。


「つか着替えたらどうすか、透けてますけど」


 胸元にお茶が溢れてて、ちょっと下着が透けてるけどほっとけば乾くレベルだし大丈夫でしょ。


「え? ああ、別にこんくらいっ」

「凛子さん。そうやって女捨てんのも大概にしとたほうがっ」

「捨てたつもりは一切ないんだけど? 黙って」

「ああ、そうすか。風邪引かれても面倒なんで着替えてください」

「はぁー、ほんっと過保護か“龍お兄ちゃん”は」

「きっしょ。やめろそれ」


 ま、龍と私はだいたいこんなもん。龍が家にいることなんてザラだし、龍がいてくれるのは家事全般が死ぬほどできない私にとっては非常にありがたい。だけど、龍と日髙の相性悪すぎて面倒なことになりそうな予感しかしない。


 これは、波乱の幕開けなのかも──。

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