【第1話】計画外の少女

 村は祭りの熱気に包まれていた。

 広場に吊るされた魔晶灯が、淡くゆらぐ光を放ち、夜空の下に色とりどりの影を描き出す。

 子供たちの笑い声や、旅楽団の笛の音が入り混じり、広場を満たす空気は浮き足立っていた。


 屋台では、香草で香りづけされた焼き獣肉や、蜂蜜を絡めた小麦団子の甘い匂いが漂う。

 煙が空へと昇り、どこか懐かしい暖かさを運んでくる。


 リオはその喧騒の中、木製の剣を握りしめていた。

 まだ十歳にも満たない彼にとって、これは人生で初めての剣術試合だった。

 小さな身体は緊張で震え、額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 「よし、負けるなよ」

 父の言葉が遠くから聞こえ、リオは強く頷いた。


 広場に集まった村人たちの視線が一斉に彼に注がれる。

 誰もが、伝説の勇者になるかもしれない少年の姿に期待を寄せていた。

 だが、彼の動きはぎこちなく、時折剣が手から滑り落ちる。

 相手の子供に簡単に押され、何度も転倒した。


 その様子を、私は天の上から見守っていた。

 彼の運命は私の掌中にある。

 計算し尽くされた人生。すべてが予定通りに進んでいるはずだった。


 しかし、その均衡を破るように、広場の片隅から一人の少女が現れた。


 リリア――森で偶然リオが助けたあの子だ。

 リリアの髪は、柔らかな光沢を帯びた黒髪を基調としている。

 右側だけに、耳の後ろからまっすぐ落ちる一本の細い髪束があり、他の髪よりも長く、胸元近くまで届く。

 その束は黒ではなく、雪のように白い毛に、澄んだ青が糸のように絡み込んでおり、光の加減で氷の欠片のような冷ややかな輝きを見せる。

 左右非対称なその髪型は、整然とした美しさの中に、どこか異質な印象を宿していた。


 彼女は静かに木剣を手に取り、まるで獲物を狙う狩人のようにリオに近づく。

 その動きは軽やかで無駄がない。

 小さな身体からは想像もつかない鋭さを感じさせた。


 「どこでそんな技を覚えたの?」

 私は心の中で問いかけた。


 二人は手合わせを始めた。

 リオはまだ子供らしい雑な攻撃を繰り返す。

 しかしリリアは一切の感情を見せず、まるで計算機のように的確にリオの弱点を突いた。


 何度も倒されるリオ。観客の歓声が笑い声に変わる。

 それでも彼は諦めなかった。

 心の奥底に燃える希望の灯火が、どんなに打ち砕かれても消えなかった。


 私はその様子を見て、胸にざわめきを感じていた。

 リリアの存在は、明らかにこの計画の外にある。

 彼女は計算され尽くした勇者の運命を揺るがす異物だ。


 試合が終わり、リリアは何事もなかったかのように広場から去っていった。

 その後、私は夜の森へと降り立ち、彼女の行方を追った。


 焚き火の前でひとりたたずむリリア。

 火の揺らめきが彼女の顔を赤く照らし出す。

 彼女は静かに呟いた。


 「今度は、うまくいく」


 その言葉には、過去の挫折と決意が凝縮されていた。

 まるで世界の秘密を知り尽くした者のような、冷たく凛とした響きだった。


 そして彼女は暗闇の中から、私の存在を捉えたかのようにじっと見つめた。


 その視線に、私は底知れぬ恐怖を覚えた。


 「この少女は、ただの子供ではない」

 私の胸に走る警鐘。


 世界の均衡を守る私の使命に、異端の影が忍び寄っていた。

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