街角のうわさ話

「ねえカイル、例の週刊ゴシップ、今週号まだ買ってないの」


 セリィは執務机に頬杖をつき、退屈そうに足をぶらぶらさせながら言った。


「王宮の売店じゃ扱ってないんだよね……ほら、買ってきて」


「はいはい、また姫様の“聖女的品格”からほど遠いお願いですね」


 皮肉を言いながらも、カイルは外套を羽織って街へ向かった。




 昼下がりの市場は人で賑わっている。焼き菓子の甘い香りと、魚屋の威勢のいい声が入り混じる中、カイルは馴染みの新聞屋の屋台へ足を運んだ。


「ゴシップ週報、まだあるか?」


「おう、ちょうど残ってるよ。……しかし、あんたも物好きだねぇ」


 新聞屋はにやりと笑いながら新聞を手渡すと、声を潜めた。


「そういや聞いたかい? ベルヴァインの王子、あの金髪の坊やさ……本当の跡継ぎじゃないって話」


「……どういう意味だ?」


 カイルの声がわずかに低くなる。


「本命は別にいてな、王宮の奥で幽閉されてるとか、もう国外逃亡したとか……ま、どこまで本当かは知らないけど」


 周囲の果物商やパン売りも、客相手に同じ話題を口にしている。


「しかも今の王様、実権ほとんど無いんだとよ。全部、あの冷酷な宰相の手の中だ」




 カイルは新聞を握る手に力がこもるのを感じた。


(……やはり、まだ変わっていない)


 胸の奥に鈍い痛みが走り、目の奥が陰る。市場の喧騒も、耳の奥で遠ざかっていった。




 ――王宮に戻ると、セリィはソファで足を抱え込みながら待ち構えていた。


「やっと帰ってきた! ほら早く開けて!」


 カイルが新聞を手渡すや否や、彼女はページをめくり、食いつくように読み始めた。


「……うそっ、この俳優、結婚したの!? あーもう私の推しが……」


 しかし次の瞬間、別ページに目を留める。


「……っきゃーーー! 見てカイル! 新しい舞台俳優! この笑顔! やだもう推し決定!」


 彼女は新聞を抱きしめ、顔を真っ赤にして転がった。




 カイルは呆れたようにため息をつきつつも、その様子をしばらく見つめていた。


 先ほどまでの胸の重さが、少しだけ和らいでいることに気づく。


(……まあ、こうやって騒いでる方が、お前らしい)


 小さく笑い、窓の外の空へ視線を移した。

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