鼻持ちならない王子様

 今日は隣国ベルヴァインからの公式使節団が王都を訪れる日だった。


 謁見の間には色鮮やかなタペストリーが揺れ、磨き込まれた床に陽光が反射している。


 その中央に、セシリアは微笑を浮かべ立っていた。


 青い瞳の奥には冷静な光を宿し、まるで絵画から抜け出した聖女のように完璧な立ち姿だ。




 ベルヴァインの王子、レオナルトは黄金の髪を軽く揺らし、ゆったりと歩み寄ってきた。


 だが、初めての挨拶から、彼の目線はどこか上から下へと値踏みするようで、口元には薄い笑みが浮かんでいる。


「お噂はかねがね。──なるほど、噂以上の美しさで」


 言葉は一見褒めているようで、微妙に人を見下した響きがあった。


 セシリアは笑顔を崩さず、礼を返す。


「ご丁寧にありがとうございます、殿下」


 しかしその瞳の奥に、カイルには小さく火花が散るのが見えた。




 会談は儀礼的なやりとりで進み、やがて終了した。


 控室に戻るや否や、セリィはドレスの裾を勢いよくつかみ上げ、半ば怒鳴るようにカイルに詰め寄った。


「何あの態度! “美しい”とか言いながら、あの目つき! まるで猫が獲物でも見てるみたいじゃない!」


 カイルは少し間を置き、淡々と答えた。


「……ああいうのが、あの国の“王子らしさ”ってやつですよ」


「いやに冷静じゃない? 普通、私より先に怒るのはあなたでしょ?」


 セリィは眉をひそめ、彼をじっと見た。


 その瞬間、カイルの表情にごくわずか、影が差した。


「……別に」


 それ以上は言わず、視線をそらす。




 午後遅く、王宮内の廊下で侍女たちがひそひそと話しているのが耳に入った。


「聞いた? セシリア姫とベルヴァインの王子が将来ご婚約なさるって……」


「ええ、もう噂が回ってきてるわ」


 セリィはぴたりと足を止め、ふつふつと怒りがこみ上げる。


「誰がそんなこと決めたのよ……!」


 頬を真っ赤にして息を荒げ、振り返ると──


 そこには壁にもたれたカイルが、いつもの軽口もなく、ただじっと彼女を見ていた。


 その瞳の奥に、深く抑えた何かが揺れていた。

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