第27話 緊急合成
「ムショク、逃げられます?」
「無茶言うな。あいつらめちゃくちゃ早いぞ?」
最初の1体がやられたのを警戒してか、ドラゴンモドキは遠巻きに俺たちを見ているだけだった。
が、その目は絶えずこちらに向き、逃げられる気配は感じられなかった。
「ちなみに、これって死んだらどうなるんだ?」
「一定時間行動不能になって、その間に別プレイヤーが蘇生すれば継続、無理ならタウンマップまで戻されます」
「下手に生きようとアイテムを使うくらいなら諦めて死んだほうがいいかもな」
だとしてもだ。
「痛いのはヤダよな……」
毒をあれだけリアルに表現したんだ。痛みも再現しているのだろう。
「えっ? 何を言っているんですか?」
ムショクのつぶやきにナヴィは驚きの声を上げた。
「いくら、バーチャルリアリティだって言っても痛みとか再現できないですよ?」
「嘘つけ! 毒とかかなりキツかったぞ!」
「嘘じゃないですよ! 仮想で痛みを表現ってかなり難しいんですよ! それに、もし可能だったとして、ショック死とかしたら責任問題です!」
確かに冷静に考えればナヴィの言うとおりかもしれない。
その瞬間、頭の中に嫌な考えが
あまり聞きたくないが、聞いたほうがいいのだろう。
「どうしたんですか?」
ムショクの表情が気になったのかナヴィが不安そうに声をかけた。
「ちなみにだ」
やはり、あまり聞きたくないが、確認を取る必要がある。
「NPCって死んだらどうなるんだ?」
「そもそも、戦闘地域に出ないですが、もちろん復帰設定なんてしていないので、死亡状態から復帰できませんね。
あっ――」
「俺は?」
俺の言葉にナヴィは険しい表情を見せた。
「たぶん、同じ目に……」
「お、お前、こんな絶体絶命のタイミングでそんなこというなよ!」
「だいたい、ムショクの今の状況がおかしいんですよ! チュートリアルは終わらないし、ログアウトもできないし、挙句、私まで巻き込まれるし!」
「逆ギレかよ! っていうか、まんま俺のセリフじゃねぇか! チュートリアルは終わらないし、ログアウトもできない。挙句、死んだら終わりとか」
「だいたい、ムショクがセクハラなんてしたから――」
遠巻きに見ていたドラゴンモドキがのそりと動き、地面を尾で打った。
「ナヴィ!」
「分かってます。なんとか生き残りますよ!
ドラゴンモドキの特徴は走り出すと方向転換できないことです」
ナヴィが警戒の言葉を発した瞬間、ドラゴンモドキが走り出した。
先ほどと違い、何匹ものドラゴンモドキがこちらに向かって走り出した。
動きが単純だと言うのは救いだ。
足元をすくうようなその牙を飛んで避けた。
「ムショク! 飛んで逃げると――」
ナヴィの言いたいことが瞬時に理解できた。
ドラゴンモドキが次から次へと向かってくる。
最初の1匹は、跳んだムショクに対応できず、そのまま後ろの壁へとぶつかった。
2匹目は、ムショクを追って顔を上げたが、その牙は届かず空を切った。
その次、その次と仲間を足場にして、ドラゴンモドキがせり上がってくる。
まるで亡者の群れのように、ドラゴンモドキの牙が向かってくる。
作成した<メルフラゴ>は威力が高いものの、着弾点が近すぎると破片が自分にも当たる。
範囲内無差別の弊害。
が、それを惜しむ状況ではない。
ムショクは着地前に<メルフラゴ>を足元に投げた。
激しい爆発音と共に砂埃が上がる。
両の耳に痛みが走り、目の前が茶色の砂の膜に覆われた。思わず目を瞑ったが、遅かった。
細かい石が目に入り、熱さとひりつく様な痛みが身体中に走った。
音と衝撃は一瞬だった。
着弾点の周囲が凹み、あたりにドラゴンモドキの死体が飛び散る。
指先の感覚がなくなって思わず握りこぶしを作った。痛みの中、そこにはたしかに指は存在した。
覚悟していたとは言えその痛みに思わず叫びそうになる。
だが、そんな暇があるわけない。
砂埃を払うように、手を振り声を荒らげる。
「ナヴィ! 巻き込まれるなよ!!」
「は、はい」
まさか、ゲームで命を賭けることになろうとは思わなかった。
つい、数日前までの現実が逆に嘘のようだ。
今は誰とも知らない場所の巨大なトカゲに食われて死ぬ。
いや、現実は<
最初の突撃に後を追って襲ってきた10匹はメルフラゴの爆発に巻き込まれて死んだ。
まだ遠巻きでこちらを見ているのが10匹。
遠巻きで見ている1匹にメルフラゴを投げた。
当たったら儲けものだが、やはり、着弾する時にはドラゴンモドキはそこにはいなかった。
最初に襲ってきたドラゴンモドキの牙は確かに届かなかった。
だが、それは最初だけだった。
「ちょっと、そんな無駄遣いしていいんですか!?」
「はは、当たれば嬉しかったんだがな」
ナヴィの声のする方を見て笑った。
「ムショク? どうしました?」
ナヴィが不安そうな声を出すが、今はそれに応える余裕がなかった。
「ムショク! どこ見ているんですか!
私はこっちですよ!」
どうやら、心配かけまいと見た方向が正しくなかった。
「はは、すまん。噛まれた。
正直、吐き気と目眩が止まらん」
目眩によりナヴィを見ようとも焦点が合わない。ピントがズレたようにボヤケたナヴィが映る。
次々とくる牙のどれかがムショクに届いた。
ベイヘル森林の時は、走って逃げられた。
だが、眼の前のドラゴンモドキははぐれキノコよりも足が速い。
逃げたところで追いつかれるのが関の山だ。
「……」
諦めそうだ。
胃の中を誰かに揺らされ続けるような不快感。
指先や足先がじんじんと熱くなり、感覚が緩くなっていく。
少しずつ、自分とそれ以外の境が曖昧になっていく。
「ムショク……お願いです……諦めないで下さい」
「無茶言うなよ」
頭痛と疲労が思考を奪う。
このまま膝をついたらどれだけ楽だろうか。
「何か、いい手でもあるのか?」
「……」
「だろ? 短い旅だったが、まぁ、面白かったぞ」
「そんなこと、言わないでください!」
しかし、思い返せば散々な人生だった。
学生の頃はまだ熱中できるものがあったが、それを仕事にしてからは大変だった。
まぁ、それなりの功績を上げて社会に貢献はしてきたが、クビになったわけだ。
挙句貯めたお金で豪遊しようとしたら、そのゲームでログアウトできないとか。
ろくなもんじゃないな。
静かに平穏に人生の幕なんてのは引けないのだろう。
横でナヴィが目を涙で一杯にしながら、必死に頑張ってと呟いている。
「ったく、なんでお前が泣くんだよ」
ムショクがここで倒れたら、ナヴィは解放されるかもしれない。
それこそ、ナヴィが願って止まないことだったはずだ。
「俺が死んだらお前が解放されるかもしれないだろ?」
「そんなの……嫌ですよ……」
「この状況見ろよ」
追い詰められ、周りにはドラゴンモドキが今もこちらを狙っている。
距離を見ながら弱っているかを
それも一斉にだ。
毒で弱っているやつを逃がさないように囲み、体力を奪いつつ一斉に襲う。
それが彼らの狩りのやり方なのだろう。
「さっきも言ったが逃げ出すいい手なんかないだろ?」
「……」
ナヴィの表情は別れを悲しむ表情ではなかった。
歯を食いしばり、にらみつけるように、そして、恨むように。
まるで、苦しみを耐え抜くかのような顔。
「お前……もしかして……」
その言葉に、ナヴィははっと顔を上げた。
見られてはいけないものを見られてしまったような真青な顔。
そこには、諦めと非難の色が見えた。
「仕方ないんです!」
何とか切り出したのは罪悪感に塗れたような言葉。ナヴィはこのピンチを抜ける方法を知っていたようだった。
「私はナヴィなんですよ!
……喋れないんです……貴方の運命を左右するものなんて……」
「どうしてもか?」
「……はい」
そこには何らかの制約があるのかもしれないであろうことは、ムショクにも想像できた。
けれど、彼女自身、自分勝手たと分かってはいるが、ムショクにこの危機を切り抜けてほしかった。
「そういや……ヘゲナの森でブレンデリアにあったときのことを覚えてるか?」
「急に何ですか?」
唐突に話題が変わってか、ブレンデリアの名前が出たせいか、ナヴィは不安そうにムショクの顔を見た。
「あの時、あの古びた館に入った時なんて言ったか覚えているか?」
「なんて言ったかですか?」
「あぁ。ここに何かいたらなんでも好きなこと教えてもらえるんだったよな」
館に入った時の約束。
この館の中で何かあったらなんでも1つ貴重なアイテムを教えること。
「それは……確かに……」
「あれだろ? クエスト報酬みたいなものさ」
ゲイルやバッカスがしたように、ナヴィもそれがクエストなら、報酬として何かを教えることは可能ではないのか。
その言葉に、険しかったナヴィの顔が緩んだ。
また、ドラゴンモドキが尾を地面に強く叩きつけた。
一斉に突進してくる前触れの音。
「あるんだろ?」
「はい!」
ナヴィは50mほど先の茂みを指さした。
「あそこに<時刻みの忘れ草>があります! それを採集して下さい!」
「って、あそこは、ドラゴンモドキのど真ん中じゃないか!」
ナヴィはやれるでしょといった笑みを見せた。
「じゃないと生き残れないんだろ?」
「はい!」
そんな声を聴かせられたら、こちらも期待に応えなきゃならない。
突進し始めたドラゴンモドキの群れに今度はこちらから向かっていく。
数歩前に向かってメルフラゴを投げる。
爆音と爆炎が上がり、破片の幾つかが、皮膚を切り裂いた。
だが、そんなものでは止まれない。突っ込んでくるドラゴンモドキを想定して、爆発で舞い上がった砂埃に飛び込む。
一瞬の闇の後、視界が一気に晴れる。砂埃が体に巻きつき、焦げた匂いが身体に染み付く。
着地したそこは、ドラゴンモドキの群れを抜けたところだった。
「<氷結草>と<時刻みの忘れ草>を絞って、<真珠岩>に。そして、最後に<精製水>を合成して下さい!」
ナヴィの指示した場所にあった時刻みの忘れ草を引き抜いた。
それ握りしめて、その汁を真珠岩に垂らす。
少し青みがかった草の汁が真珠岩に染み込むと、持っている真珠岩の温度が一気に下がった。
次に、氷結草。
白い真珠岩が時刻みの忘れ草と氷結草により、青緑に彩られる。
もう、真珠岩は氷のように冷たくなっている。
「最後の締めだ! ナヴィ、精製水を!」
ナヴィに向かって手を差し出した。
後は、ナヴィからそれを受け取るだけだ。
「えっ?」
「いや、精製水。あるだろ?」
「ないですよ? 私の分は全部飲んじゃいましたし。ムショクの分を使ってくださいよ」
もちろんのごとく、自分の分は全部のんだ。
「俺のはない!」
「はぁ? 何でないんですか!?」
「飲んだからに決まってんだろ! ナヴィこそ、何でないんだよ」
「飲んだに決まってるですよ!」
「お前、そんなちっさいなりで飲みすぎだろ」
「ちっちゃくないですよ! もう、何でもいいですから代用してください!」
包囲網を飛び越えたのが気に障ったのか、ドラゴンモドキが、怒ったように強く地面を尾で打ち付けた。
あたりを見回したが、山の岩場で水なんてない。
毒のめまいに、噛まれた傷が痛む。
次襲ってこられたら避けられる自信がない。
「あれだな……折角、生き残れると思ったのに」
一旦諦めてしまうと、体力がほとんど残ってないことに気づく。
一度切れた緊張の糸はすぐには戻らず、気を抜いたその一瞬で膝が地面に崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと!
何座ってるんですか? 死ぬつもりですか!」
ナヴィが目の前まで来ると、立つのを促すように、前髪を引っ張る。
座り込んだのが分かったのか、ドラゴンモドキがこれ以上ないというほどの唸り声を上げた。
これが彼らの狩りのやり方なのだろう。
弱らせて時間をかけながら狩る。
そして、今まさにフィナーレだ。
「ちょっと、何とか言ってくださいよ!
諦めないでくださいよ!」
ナヴィが前髪を引っ張っているのか、それとも毒での頭痛のせいなのか、もはや良くわからない。
「世界を見せてくれるって、言ったじゃないですか!
知った気でいることを見せてくれるって!」
もう前髪を引っ張っているのか顔に抱きついてるのか、分からない。
ただ、しがみついて羽を動かしてる。
ナヴィの涙で額が濡れる。
「やっとその気になったのに! 世界を見る気になったのに! こんな所でサヨナラとかイヤです!」
会った時から我儘であったが、ここまで我儘だったとは。
「……まったく」
「ムショク!」
ナヴィがムショクの顔を見て声を上げる。
それと同時にドラゴンモドキたちが動き始めた。
「生き残ったら何でも言うこと聞きやがれ!」
偉そうに言ったが、目の前が霞んでほとんど見えない。
辛うじて、目の前に飛ぶ妖精の輪郭だけは目に残った。
「もちろんです!」
ナヴィの声とともにクエスト受託の音が聞こえた。
律儀にわざわざクエストにまでしたらしい。
もう、ちゃんとは見えないがどうせ、心配そうな顔をしてるんだろう。
目の前を飛んでいる、妖精の輪郭を捕まえる。
「な、何するんですか!」
「恨むなよ!」
急に身体を捕まれ、ナヴィが驚いた声を上げた。
生き残るためである。我慢して貰おう。
逃さないように握りしめたナヴィを真珠岩に容赦なくこすりつける。
「痛い、痛い、つめたーい!!!」
ナヴィの身体を擦り付けることで、真珠岩の冷たさが一際引き締まったのを感じた。
たぶん、できた。
そう、確信できた
「助けに来たよ!」
聞き慣れない声と見慣れない影が座り込んでいるムショクとナヴィの前に立った。
ムショクは声にならない声で、「巻き込まれるなよ」と叫び、手に持っている石を投げ、気を失った。
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